68.ニックブレードの異変
ニックブレード・タウンへ戻る街道で、異変に気づいたのはコニーだった。
「今日は、町から来る人がずいぶん多いですね」
家具や麻袋を高く積んだ荷車の横を、山羊の群れが歩いている。町の方角から来る荷車は、これでもう六台目だ。
「何かあったんでしょうか?」
「町に着けばわかるだろ」
オウルはそう答えたが、七台目の荷車が見えると、いたく怪訝そうに街道の先へ目を細めた。
七台目の荷車は、家財や食料をたっぷり積んでいた。鳥籠には鶏が二羽押し込まれ、その隣に子どもが一人、膝を抱えて座っている。
向こうの御者が、炭屋の顔を見て手綱を引いた。
「おい。これから町へ戻るのか?」
「ああ。何があったんだ。朝から出てくる荷車ばかりじゃないか」
「北側が騒がしいんだよ。家畜を町へ入れる場所が足りなくて、南に親類がいる奴は、そっちへ移れって言われてさ」
「魔物でも出たか?」
「ああ。一種類じゃないらしい。みんな町のほうへ下りてきてる。ゴブリン、狼、大穴熊、小せえのならなんでもござれってさ」
荷車の後ろに立っていたオウルが、御者へ顔を向けた。
「そいつら、何か襲ったか?」
「いや。妙なのはそこだよ。狼は山羊や羊を無視するわ、ゴブリンすら人を襲わねえわで。俺が見たわけじゃないけどな」
「北門はもう閉鎖したのか?」
「いいや。ただ、町へ入る荷車を一台ずつ調べてるぜ。ありゃあ、南門も昼には混むぞ」
御者は、後ろから来る荷車を振り返った。話している間にも、家財を積んだ別の馬車が近づいている。
「悪いが、先行くぜ。暗くなる前に宿へ着きたいんでな」
「ああ。気をつけろ」
荷車は再び動き出した。
荷台の子どもは、ずっとニックブレードの方角を見ていた。
「大穴熊……」
コニーが言った。オウルは、ニックブレードへ続く道の先を見た。
「おれたちが見つけた奴だけじゃなさそうだな」
ニックブレード・タウンの外壁が見える頃には、街道を行き交う荷車はさらに増え、南門の前には長い列ができていた。木柵を置いて、入る荷車と出る荷車の通路を分けなければならないほどだった。
町へ入る者は、一人ずつ出発地と道中の様子を聞かれていた。
荷台の上で横たわっていたオウルは、ゆっくりと身体を起こして、その様子を眺めた。
「こりゃあずいぶん厳しくなったな」
炭屋は荷車の手綱を引き、列の最後尾へついた。
ずいぶん待たされて、ようやく木柵の前まで進むと、警備兵が片手を上げて止めた。
「どこから来た?」
「南西の炭焼き場だよ。木炭を積んでる」
「道中で魔物を見たか?」
「街道では見てないな。ただ、炭焼き場に大穴熊が来てたらしくてな。薪置き場へ潜り込んでたんだとよ。詳しいことは、この二人に聞いてくれ」
炭屋が荷車の後ろを示した。警備兵はオウルとコニーを見た。二人の武器と装備を順に確認し、問いかける。
「ああ。探索者なら、登録証を出せ」
まず、コニーが赤い革札を差し出した。オウルも首にかけてあった緑の革札を引きずり出す。
警備兵は二枚を受け取った。
「大穴熊は倒したのか?」
「いや。もういなかった。南へ逃げたらしいな」
「北では何が起きてるんですか?」
コニーが尋ねると、警備兵は肩を竦めた。
「さあてね。ただ、魔物が山から下りてきている。ゴブリン、狼、大蜘蛛、山蜥蜴。種類も縄張りもばらばらだ。町を襲うためってわけじゃあなさそうだが」
警備兵は二人の登録証を差し出しながら続けた。
「町へ入ったらすぐ冒険者ギルドへ行け」
「なんで?」オウルが訊き返す。
「登録者の所在を確認している。町へ戻った者は、全員支援会へ顔を出すよう市政庁から通達が出た」
警備兵は後ろに並ぶ荷車を見た。話し込んでいる時間はないらしい。
「詳しいことは支援会で聞け。登録者は全員な」
南門をくぐると、門の内側にも人が集まっていた。町を出ようとする住民に、警備兵が南の街道の状況を説明している。
三日前に町を出たときには、ここまで賑やかではなかった。
「先に炭を届けてくるよ」炭屋が言った。
「あんたらは冒険者ギルドへ行くんだろ?」
「はい、どうやらそうみたいです……」コニーが、困惑したように答えた。
探索者支援会の建物も、普段とは比べものにならないほど騒がしかった。
入口の外まで登録者が並び、開いた扉から何人もの話し声が聞こえている。中へ入ると、待合用の長椅子は壁際へ寄せられ、空いた場所に机が三つ並べられていた。
一つの机では、支援会の職員が登録者の名前と現在の体調を確認している。別の机では、護衛組合の腕章をつけた男たちが、町周辺の地図を広げていた。北門、街道、避難所として使う倉庫などに印がつけられ、集めた者をどこへ送るか話し合っている。
ここまで騒がしいのは、冒険者ギルドの設立が発表されて以来だ。
コニーが目を白黒させていると、
「オウル・ダウングリーンさんと、コニー・ヘイスローさんですね」
等級査定試験の説明を担当していた職員だ。名前は確か――
「おっ、久しぶりだな、セロウ」
「お久しぶりです、オウルさん」
セロウは以前と同じく落ち着いた身なりをしていたが、服が少しくたびれている。
「登録証を確認させてください」
二人が登録証を渡すと、セロウは名簿に何か書き込んでから、登録証を返した。
「現在、市政庁から冒険者ギルドの登録者へ招集が出ています。登録者は、北門周辺の防衛、市内の救援、物資の運搬などへ協力することになりました」
「おれは謹慎中だから、公募依頼には出られねえんだけど」
「そのはずなんですけどね……」セロウはそこで初めて、困ったように眉尻を下げた。
「今回の招集は、公募ではないんですよ」
「いや、ギルドが隊を組むんなら一緒だろ」
「今回の指揮は、市政庁からの要請で、護衛組合が担当するそうです。冒険者ギルドと探索者支援会は、登録者の所在確認と招集のみ行っておりまして」
オウルは、広げられた地図と、建物の中に集められた登録者たちを見回した。
オウルは呆れたように笑った。
「名前を変えただけじゃねえの?」
「まあ……」セロウは否定しなかった。
「市政庁による臨時徴用、ということになってます」




