67.薪荒らしの犯人
南門を出たところで、オウルとコニーは炭屋と合流した。
炭焼き場は、ニックブレード・タウンから南西へ半日ほど歩いた場所にある。
途中までは、南門から延びる広い街道を進む。その先で西へ分かれる細い道へ入り、低い丘を二つ越える。荷車が何度も通るためか、地面は均されていたが、雨が降れば車輪が泥にとられかねない道だ。
「で、どんなふうに荒らされたんだ?」
オウルが聞くと、炭屋は口を開いた。
「最初は積み方が悪かったんだろうって思ったんだよ。だけどな……」
最初の異変は、寝小屋の外壁についた傷だ。
何か硬いもので何度も掻いたような傷だった。夜番の男がそれらしき音を聞いて戸を開けたが、何も見つけられなかったという。
薪置き場が荒らされたのは、その翌日だ。
薪は、成人男性の背丈ほどの薪棚に差し込んでいるのだが、それが崩れていた。動物や魔物の仕業を疑いはしたが、薪は一つもなくなっていなかった。
次の日も、同じことが起きた。
今度は、薪の間へ何かが入り込んだ跡があった。風穴でも空いたように、中央近くの薪が外側へ押し出されて散らばっていた。
薪の表面には樹皮を削った跡があり、地面には動物らしい足跡も残っていた。だが、炭焼き場では日中に何人もの人間が薪を運ぶ。おまけに、その日は雨に降られた。足跡も轍も雨が流してしまっていた。
「いったい何のために荒らしているのか、ちっともわかんねえんだよ。炭焼きたちもすっかり気味悪がっちまって」
「家畜すら襲ってないってのが妙だな」
「ああ。食料や薪が持ち去られたわけでもねえしさ」
昼を少し過ぎた頃、一行は炭焼き場へ着いた。
森を切り開いた斜面に、炭窯と作業小屋が並んでいる。住居を兼ねた寝小屋は、炭窯から少し離れた場所にあった。
その横に、屋根を掛けた薪置き場がある。薪は同じ長さに切り揃えられ、横向きに薪棚へ差し込まれていた。
しかし、一部が大きく崩れて、薪が地面に散らばっていた。
オウルたちが近づくと、ちょうど薪を取りに来た炭焼きが片手をあげた。
炭屋は重く息を吐いた。
「なんだ、今日もやられたのか」
「ああ。まったく、気味が悪いったら」
薪は無秩序に落ちているように見える。オウルは薪置き場の周囲をぐるりと一周してみる。
炭焼きたちが何度も様子を見に来たため、薪置き場の前は踏み固められている。魔物の足跡らしい窪みもあったが、踵や爪の部分は、靴跡に潰されていた。
オウルは次に、寝小屋の壁を調べた。
炭屋から聞いていたとおり、板壁の下部に何本もの引っ掻き傷がある。残っている傷の多くは横向きで、地面に近いところへ集中していた。動物が壁を登ろうとしたなら、爪痕は下から上へ伸びるはずだ。
コニーにもこの違和感はわかったようで、傷を覗き込みながら、首を傾げた。
「この魔物は、小屋の中に入りたかったんですかね?」
「中か、下か……」
オウルはしゃがんだまま、壁と地面の隙間を覗いた。傷のついた場所からみて、脅威になるほど大きくはない。せいぜい大型犬くらいだろうし、それならば魔物であっても、近接戦ができるオウルとコニーの敵ではないだろう。
夕方になると、炭窯の作業が終わった。
オウルとコニーは、薪置き場から少し離れた物置小屋で待つことにした。
炭焼きたちは道具と食料を寝小屋へ運び、家畜を柵の内側へ入れた。今日だけは決して外へ出ないよう言い含めてある。
コニーは物置小屋の戸口近くへ座った。
月明かりは弱かったが、薪置き場まで障害物はない。何かが動けばすぐにわかる。必要になったときに火を入れられるよう、火口箱とカンテラは手元へ置いておき、短剣の柄に手をかけた。
オウルは短槍を手元に置いて、物置小屋の外壁へ背中を預けている。
炭屋の依頼も、まずは正体の確認が第一だ。
人や家畜を襲っていないので、追い払うだけで済む可能性が高い。
森の中では、ときどき枝の折れる音がした。小動物が落ち葉の上を走る音も聞こえたが、薪置き場へ近づくものはいなかった。
結局、何も現れないまま夜が明けてしまった。
森に入り、物音が聞こえたほうを調べていると、見慣れない足跡が残っていた。
掌に似た形だ。指は五本あり、指先に長い爪が生えているようだった。犬や狼よりも横幅があり、踵の部分が地面へ深く沈んでいる。
足跡のそばに、短く硬い毛が落ちていた。黒と灰色が混じった毛だった。
オウルは毛を拾って、コニーの前に掲げる。コニーはそれをしばらく見つめて、自信なさげに言った。
「……大穴熊?」
「ぽいよな」
山林や岩場に穴を掘って暮らす魔物である。
アナグマに似ているが、身体は大型の犬よりも大きく、前脚に長い爪を持つ。普段は木の根や虫、小動物を食べる。家畜や人を積極的に襲うような魔物ではないが、巣穴へ近づいた者に対しては激しく抵抗する。
コニーは、薪置き場のほうへ目を向けた。
「薪置き場を、巣にしてたんですかね?」
「巣穴だと思ってたんなら、おれたちに襲い掛かってきそうなもんだが」
足跡は森の北東側から現れ、薪置き場の近くを通り、そのまま南西へ抜けている。
足跡の歩幅は広い。地面へ深く爪を立て、急いで移動している。ときどき後脚が前脚の跡を越えており、走っていたことがわかる。
そのまま、さらに南へ移動したらしい。
オウルとコニーは薪置き場の前へ戻った。
崩れた薪を一本ずつ退け、積み山の内側を調べる。炭焼きたちが元へ戻してあったが、薪の中央、地面に接するところには、細かな木屑が集まった場所があった。その下の地面は、浅く窪んでいる。窪みの中には灰色の毛が何本も残っており、土にはまだ獣の臭いが残っていた。
「大穴熊が寝るにはちょうどよさそうだ。無理やり突っ込んだみたいだな」
「ああ、だから薪の樹皮が剥がれてたんですかね」
樹皮を食べたのではなく、薪の隙間へ身体を押し込んだ際に、爪や背中の針が擦れたのだろう。
小屋の床下へ潜ろうとした爪痕。食べ物や家畜には手を出さず、薪の中で身体を丸めた形跡。そして数日後、その場所を捨てて南へ走っている。
コニーはますます首を傾げた。
「巣を作るつもりでもなく、餌を探して来たわけでもない? 隠れただけ? なんで?」
オウルは、足跡が来た方角へ顔を向けた。
北東には低い林が続き、その先にはニックブレード・タウンの北側へつながる山地がある。ここからは丘に遮られ、死の山は見えない。
「隠れ場所にしようとしたが、どうにもうまくいかずに逃げた」
だが、別の大穴熊と争った形跡はない。単に同族と争ったなら、ほとぼりが冷めたら縄張りへ戻ってもおかしくないのに、この足跡は戻るどころか、さらに先へと進んでいる。そもそも、怪我をした痕跡はまったくない。
「何から逃げようとしたんだ?」




