65.見知った顔
パーニアは鉄扉へ近づいた。トッドは盾を左腕へ通し、扉の横へ移動する。外から扉を開けても、すぐには姿が見えない位置だ。
扉の向こうから、男の声がした。
「早く開けてくれ。朝の作業が始まる前に戻さないと、また小言を言われちまう」
パーニアは眉を寄せた。聞き覚えのある声だ。
「どちらへ運ぶのですか?」
「ん? あんた誰だ?」扉の向こうの声が、怪訝そうに聞く。
「探索者支援会のパーニアです」
「えっ。パーニア? なんでここに?」
知り合いに出くわしたような反応だ。トッドは盾を構えたまま、パーニアを見る。パーニアは短く頷いて閂を外し、鉄扉を手前へ引いた。
扉の向こうにいたのは、。茶色い作業着を着た、四十前後の男だった。腰には革手袋を挟み、片手で二輪の荷車を引いている。荷台は空で、荷物を固定するために長い縄が結んであるだけだ。
男はパーニアを見て、「やっぱりあんたか」と言った。パーニアもまた、男の顔を知っていた。探索者支援会の北倉庫で、荷物の移動を担当している人夫である。
「珍しいな。なんでお前さんがここにいるんだ?」
「それはこちらの台詞なんですけどね」パーニアもまた、困ったように答える。
「なぜこちらにいらしたんです?」
「なぜって……」男は空の荷車を振り返った。
「四箱を北の倉庫へ戻せって言われたんですよ」
「箱の中身を確認したことは?」
人夫は怪訝そうにパーニアを見た。
「そんなことしたら事でしょう。何かあったら疑われるのはこっちじゃないか。俺は運ぶだけだよ」
パーニアは、地下室に並ぶ七箱へ目を向けた。
「箱は、倉庫のどこへ置くよう言われました?」
「奥のほうですね。在庫なんで」
「入庫の記録もつけないんですか?」
「そりゃあつけませんよ」男はますます不思議そうな顔になった。何を当たり前のことを聞くんだ、という顔だった。
「もう倉庫にあることになってるんですから」
パーニアはますます嫌な予感がした。人夫にとって、これは帳簿の上ではすでに北倉庫にある品を、実際の倉庫へ戻すだけの作業なのだ。
「以前にも、同じ仕事をしました?」
「まあね。ここから運ぶのは、これで二度目だ。俺はな」
「前回は何箱でした?」
「一箱だよ。男が二人いてね。荷車へ載せたら、そのまま帰っていきましたけどね」
「あなたは、箱を北倉庫の奥へ置いたんですね。主任の指示で?」
「そうですけど……」
男はそこで、鉄扉の中を覗き込んだ。床に広がった白い脂。横倒しになった樽。散らばった四つの木箱。縄で縛られた五人の男。
何かただならないことが起きたことくらいはわかったのだろう。男の表情に、不安が浮かんだ。
「あの、何があったんです? 俺は何も……」
「そうでしょうね」パーニアは頷いた。「事情を知っていたら、ここまで喋らないでしょう」
男は息を吐いた。
「主任に言われただけですって。夜明けにここへ来て、四箱を奥の棚へ戻せって。昨日、仕事が終わる前に言われたんです」
「ほかに誰か聞いていましたか?」
「倉庫番はいたけど、聞いてるかなあ」
そのとき、通路の奥から、複数の足音が聞こえた。金属同士が擦れる音とともに近づいてくる。
「パーニアさん!」管理人の声が響いた。「警備詰所の方々が到着しました!」
言うが早いが、鉄帽をかぶった警備兵が入ってきた。後ろには槍を持った兵が二人、さらに縄と拘束具を抱えた兵が続いた。
先頭の男は、地下室を見回した。
「……聞いていたより少ないな」
「あとは納骨室にいます」パーニアは答えて、鉄扉の外にいる人夫を示した。
「こちらの方は、四箱を北倉庫へ運ぶよう指示されて来たそうです」
警備兵が人夫を見る。「わかった。事情は詰所で聞こう」
他の警備兵が、拘束された男たちを一人ずつ低い鉄扉から外へ連れ出していく。
「ここは警備隊へ任せましょうか」
パーニアはトッドにそう伝えて鉄扉をくぐり、外へ出た。
すでに日は昇りきっていた。
***
それから数日後。
探索者支援会の――もう冒険者ギルドという呼び方が定着しつつあるが――広間の隅では、オウルが革の胸当てを長机へ広げていた。
脇腹に近い革紐を引き、切れかけた箇所を指で曲げて確かめている。
マルク・ローデンは、先渡し契約で受け取った前金を、以前の契約の履行に回していた。足りなくなるたびに新しい契約を増やし続け、ついには約束した蜜蝋を用意できなくなったらしい。
死亡前に押印されていた納入書を番頭が提出し、北倉庫主任が偽の蜜蝋を在庫へ混ぜた。主任は、本物の蜜蝋を検査や引き渡しのたびに別の箱へ移し、帳簿上の不足を隠していた。
納入を受け付けた職員や、礼拝所と倉庫の間で箱を運んだ者たちは、いずれも事情を知らなかったようだ。
「と、いうのが事の顛末ですね」
「ふーん……」
オウルは革紐を引っ張った。半分まで裂けていた革が、音を立てて完全に切れた。
「あ」
「ところで、礼拝所の調査と捕縛について、追加の報酬が出ます」
切れた紐を指先に提げたまま、オウルはパーニアを見た。
「先に言えよ」
パーニアは報酬袋と受領証を、オウルの前へ置いた。




