64.引き渡し
東の空が薄ら青くなり始めたころ、荷馬車は礼拝所へ続く坂道へ入った。
暗い街道で馬を急がせることはできず、街を出てからかなりの時間が経っていた。
やがて、坂の上に、礼拝所の屋根が見えてきた。
荷馬車が正面の階段前で止まると、礼拝所の扉が開き、片手にランタンを提げた管理人が出てきた。僧衣の腰に棍棒を差している。目の下には濃い隈ができていた。
眠らずに見張りを続けていたらしい。
管理人は御者の顔を見て安堵したが、荷台に転がされている二人の男へ気づくと表情を強張らせた。二人とも両手を後ろで縛られ、荷台へ横たわっている。
「そ、その二人は?」
「道中で会いまして。そちらで拘束している方々のお仲間かと」
パーニアは荷台から降りた。
「昨夜、木箱を運んだ者たちが戻らないので、様子を見に向かう途中だったそうです」
トッドも荷台から飛び降りる。
「トッドさん。その二人をお願いします」
「ああ」
トッドは道中で捕らえた男の襟を掴み、荷台の端へ引き寄せた。
パーニアは先に礼拝所へ入る。
正面の広間には、左右に長椅子が並んでいる。
入口から三列目の長椅子に、オウルが横たわっていた。
丸めた外套を枕にし、片腕を顔の上へ載せていた。剣は鞘に収めたまま、長椅子と壁の間へ置かれている。手を伸ばせばすぐ柄を掴める位置だ。革の胸当ては床へ置いてある。
荷馬車の音で目を覚ましたのか、パーニアが近づくと、顔に載せていた腕が上がった。
「起きてるよ」
声は低く、掠れている。オウルは腕を下ろした。目を薄く開き、パーニアを見る。
「遅くなりました」
「早ぇほうだろ」
「捕まえた五人はどこにいます?」
「地下に」
「運び込まれた箱は四つですよね。中身は確認しましたか?」
「まだ」
パーニアは、オウルの脇腹へ視線を落とした。
「戦闘になったようですが、具合はどうです?」
「問題ない」
そう言って、オウルは目を閉じた。
「おれはもう少し寝る。起こすなら、飯か火事のときにしてくれ」
それきり返事がなくなる。
トッドが礼拝所へ入ってきた。片手で、縛った男の腕を掴んでいる。長椅子で眠るオウルをちらりと見て、そのまま男を奥へ連れていった。
パーニアは管理人へ尋ねた。
「エスさんは?」
「納骨室に。捕らえた者の傷を見ています」
管理人が先に立ち、広間の奥へ向かった。
祭壇の右側にある扉を開く。
その先は、地下へ続く石段だった。壁へ取りつけられた油皿が、階段の途中を薄く照らしている。
納骨室では、三人の男が別々の柱へ縛られている。
一人は頭へ布を巻かれ、柱にもたれて目を閉じていた。もう一人は肩から胸へ包帯を巻かれている。残る一人は目を覚ましており、床へ座ったままトッドを睨みつけた。
エスは包帯を巻かれた男の前にしゃがんでいた。脇には、薬草籠と水差し、血のついた布が置かれている。
「おはよー」
エスが顔を上げた。元気そうだったが、目の周りが少し赤い。
「応援に来てくれたんだねぇ」
「遅くなりました。ところで、オウルは負傷してるんですか?」
「ああ、うん。矢が刺さってね。深くはないよ。熱が出なければ大丈夫だと思うけど」
「治癒の呪文を使うほどではなかったんですね」
「使ったほうがいいとは思うけど、そんな余裕もうないよ。しばらくは祈れないな」
エスは立ち上がり、腰を伸ばした。
「あれ。そっちの二人は?」
「礼拝所へ向かう途中で捕らえました。昨夜の五人が戻らないので、確認に来たそうです」
「合計で十人か。いっぱいだねえ」
エスはあっけらかんと言った。
トッドは二人の男を、空いている柱へ連れていった。腰縄を柱の周囲へ回す。結び目を二度引き、緩まないことを確かめる。
パーニアはエスへ向き直った。
「まず、アルヴェインさんから依頼されていた調査について、確認させてください。封印扉は開きましたか?」
「うん。わたしの聖印でも、彼の聖印でも開いたよ」
パーニアは微妙な顔になった。
「……では、あの封印は、持ち主が神官かどうかを確かめてはいないわけですね」
パーニアは小さな帳面を取り出し、エスの言葉を書き留める。
「不足していた祭具は見つかりましたか?」
「うん。銀の聖骨箱でしょ? 奥の部屋に隠してあったみたい」
管理人が、壁際へ置かれた布包みを示した。
布の中には、銀製の小箱が入っている。背面には、壁の金具から無理に引き剥がした際の傷が残っている。
「封印は無事です」と管理人が言った。
「盗んだ者も認めています」
柱へ縛られた男が、顔を背けた。
「わかりました。当初の調査依頼については、達成したものとして報告しておきます」
「おー。よかった」
「ここからは別件です。地下を見せてくださいますか?」
エスが納骨室の奥へ向かう。エスが光るナイフを鞘から半分だけ抜く。白い光が、石の床を照らした。
パーニアとトッドは、エスのあとに続いた。通路は低く、トッドは頭を下げなければならない。
短い石段を下りた先に、小さな地下室があった。
最初に目へ入ったのは、床へ広がった白い脂だ。靴で踏み延ばされたように汚れている。
その上に横倒しの樽が転がっていた。
正面の壁際へ三箱が並べられていた。そして、それとは別に、散らばった木箱が四つ。
二箱は入口寄りで並ぶように倒れ、一箱は獣脂の上へ斜めに傾いていた。最後の一箱は木棚へぶつかり、角の一部が潰れている。
合計七箱。
五人の男は、左右の壁に分けて縛られている。
手首と足首を別々に縛ったうえで、腰へ回した縄を壁の荷留め金具へ通してあった。
二人は目を覚ましていたが、パーニアたちが入ってきても反応しない。
残る三人は、壁へ背を預けたままだ。
エスが一人ずつ胸の動きを示す。
「みんな生きてるよ」
トッドは縛られた男たちの前を歩いた。
手首の縄を引き、結び目を確認する。腰縄が通された金具にも手を掛け、壁から外れないことを確かめた。
パーニアは木箱へ近づいた。
壁際の箱には、乾いた青灰色の泥がついている。
床へ散らばる四箱には、まだ湿り気の残る黒い泥と、草の切れ端が付着していた。
夜のうちに別の場所から運ばれてきたことが、汚れの違いからもわかる。
パーニアは荷札を読む。
『精製蜜蝋』
『冒険者ギルド北倉庫』
『ローデン商会』
その下には、赤い〈受領済〉の印が押されていた。壁際の三箱にも、同じ荷札と印がある。
パーニアはしゃがみ込み、塊を見る。
上質な蜜蝋を薄く表面へ塗り、中身を別の油脂でかさ増ししている。
倉庫で見つかった四箱と同じ作りだった。
「昨夜来た四箱はこっちですね」
「落としたから、割れてるかもしれないけどね」
エスが付け足した。
「警備側と、品を調べられる者が揃ってから確認しましょう」
パーニアは木棚から革筒を取った。
紐を解き、中に入っていた紙を引き出す。
折り畳まれた紙は二枚あった。
一枚目には、品目と数量が記されている。
『精製蜜蝋 四箱』
二枚目は、受け渡しの確認に使う書式だった。受取人と引渡人の欄は空白だ。
パーニアは紙の端と、印を押すための空欄を確認した。冒険者ギルドで使っている受領書と、同じ形式だった。
パーニアは二枚の紙を革筒へ戻した。
エスが、地下室の右側にある鉄扉を指した。
大人の腰ほどの高さしかない、横長の扉だった。内側には太い閂が渡されている。
扉の下から、細い光が差し込んでいた。外では、もう日が昇り始めているらしい。
パーニアは革筒を腰の書類入れへ差し込んだ。
「警備が到着するまで、ここを動かさないようにしましょう」
ごん。
地下室にいた全員が、扉へ顔を向ける。
短い間を置いて、もう一度。
ごん。
トッドが盾を背から外した。
三度目の音が、鉄板を通して響いた。
ごん。




