62.待ち伏せ
オウルは樽の陰から出て、鉄扉の脇へ移動した。
正面の壁際には、昼間から置かれていた木箱が三つ並んでいる。右端の一箱は、先ほど中身を調べた偽の蜜蝋箱である。
鉄扉の内側には、横へ渡す太い閂がある。
オウルは音を立てないよう、両手で閂を持ち上げた。壁際へ立て掛けてから、扉の取っ手を引く。
鉄扉は、人一人が通れる程度に開いた。
地下室の内側へ、扉が開く。オウルは開いた鉄扉と壁の隙間へ入り、外から姿が見えないよう身体を隠した。
覆いを絞ったランタンの光が、入口から細く差し込む。
鉄扉の前には、木箱を抱えた男が立っていた。頭へ布を巻き、両腕を箱の底へ回している。
「四つだ」外にいる別の男が言った。
「入れ」オウルは声を低くして答えた。
先頭の男は箱を抱えたまま、低い鉄扉をくぐった。敷居へ箱をぶつけないよう、腰を曲げ、身体を横向きにして入ってくる。
男は正面の壁へ向かって進んだ。昼間から置かれていた三箱の前で足を止める。
二人目の男も、同じ大きさの木箱を抱えて入ってきた。先頭の男の左隣へ並び、箱を抱えたまま止まる。
「おい、何で真っ暗なんだよ」
「燃料が切れてな」
三人目が鉄扉をくぐった。
三人が並ぶと、地下室の正面側は、人と箱でほとんど埋まった。互いの肩が触れそうな距離である。
四人目も箱を抱えて入ってきた。
これで、今夜運び込まれる予定だった四箱が、すべて地下室へ入った。
四人の両手は箱で塞がっている。腰のナイフや剣へ手を伸ばすには、まず箱を床へ下ろさなければならない。
最後に、ランタンを持った男が姿を見せた。
ほかの四人とは違い、荷物を持っていない。
革の上着を着て、腰には短い剣を下げている。ランタンを持っていない方の手には、書類を入れる細長い革筒を持っていた。
男は敷居をまたぎ、地下室へ入る。
ランタンを持ち上げ、絞っていた覆いを開いた。
橙色の光が地下室へ広がる。
壁際に元から置かれていた三箱と、その前に並ぶ四人の背中が照らされた。
ランタンの男が、鉄扉の陰にいるオウルへ顔を向けた。
「……お前。誰だ」
「ん? おれか?」オウルは鉄扉から手を離した。
木棚の脇で、エスが詠唱を始める。「〈御口より出でし言葉は……」
ランタンの男が腰の剣へ手を伸ばす。
それより早く、オウルは足元の縄を強く引いた。――待っている間、暇だったので、罠を作っていた。罠といっても、ありものを組み合わせたイタズラめいた子供だましだ。鉄扉の近くに小ぶりな樽を横倒しにしてある。中には、偽の蜜蝋から掻き出した獣脂と、砕いた蝋の塊を詰めた。円形の蓋は固定せず、口へ浅く押し込んだだけ。
しかし、密室で、ランタンの灯りを頼りにするしかない状況であれば、そこそこ役に立つ。
「留守番だよ」
横倒しにしていた樽が、板張りの床を転がる。鉄扉の脇から正面へ走り、箱を抱えて並ぶ男たちの脛へ横からぶつかった。
「うおっ!」
衝撃で、樽の蓋が外れた。中に詰めていた白い獣脂と、割れた蝋の塊を床へぶちまける。
先頭の男が膝を折った。抱えていた一箱目が腕から外れ、底から床へ落ちる。
隣の男は避ける場所がなかった。一箱目へ足を取られ、自分の抱えていた二箱目も取り落とす。
二つの木箱が続けて落ち、男たちは互いにぶつかって倒れた。
三人目は、三箱目を抱えたまま後ろへ下がろうとして――床へ広がった獣脂を踏む。足が前へ滑り、背中から四人目へぶつかった。四人目も四箱目を抱えたまま、鉄扉側へ押し戻される。
「……これに逆らうことあたわず〉。――伏せろ」
エスが詠唱を終える。
二進も三進もいかないほど狭い場所だ。外しようがない。
途端に最後尾にいたランタンの男の身体が硬直した。剣の柄を握ったまま膝をつき、両手を床へつく。
ランタンが指から離れ、板敷きの上へ横倒しになる。金属製の覆いが衝撃で閉じ、地下室を照らしていた橙色の光が弱くなり、あたりが一気に薄暗くなる。
オウルは鉄扉を蹴って閉めた。壁際へ立て掛けていた閂を持ち上げ、受け金へ落とす。
鈍い金属音。――出口が塞がった。
オウルは振り向きざまに、床へ伏せたランタンの男へ近づいた。
男はすでに顔を上げ、身体を起こそうとしている。〈命令〉の効力が切れれば、最初に立ち上がるのはこいつだ。
オウルは剣を抜かず、左手でランタンの男の肩を押さえた。右手で剣の柄を握り、柄頭を男の顎へ下から打ち込む。
男の頭が後ろへ跳ね、そのまま横倒しになり、動かなくなる。
「――何だ、こいつら!」
四人目の男が叫んだ。
抱えていた四箱目をオウルへ突き出す。オウルは正面から受けず、箱の角へ肩を当てた。身体をひねり、箱を横へ弾き飛ばす。
四箱目は木棚へぶつかり、男の腕から落ちた。その隙に、オウルは空いた左手で男の襟元を掴む。手前へ引き寄せながら、剣の柄頭を横から顎へ当てた。
男の膝が折れる。
オウルは襟を掴んだまま床へ下ろし、後頭部を板へ打ちつけないよう手を離した。
三人目が、獣脂に足を滑らせながらも腰のナイフへ手を伸ばしていた。
オウルは床へ落ちた一箱目を踏み越える。
男がようやくナイフを抜いた。
だが、踏ん張ろうとした右足がまた滑る。腕だけが前へ出て、身体が横へ傾く。
オウルはその手首を剣の腹で打った。
ナイフがからん、と床へ落ちると同時に、男の胸元へ肩を入れた。壁へ押しつけ、剣の柄でこめかみの脇を打つ。
男は壁を擦りながら崩れ落ちた。
残る二人は、落とした一箱目と二箱目の間で重なっている。上になった男が、下の男を踏み台にして起き上がろうとしていた。
右側の男は、身体の下へ手を入れ、腰のナイフを抜こうとしていた。
エスは鞘から光るナイフを抜き、男の顔の前へ突き出す。暗闇に慣れていた男は、眩しさに目を閉じて顔を背けた。
「駄目だよ~」
エスは男の手首を踏みつけた。男の指からナイフを抜き取り、木箱の下へ蹴り込む。
「こっちは押さえておくね」
「はいよ」
オウルは、下から這い出そうとしている最後の一人へ向き直った。
床へ転がっていた蝋の塊を蹴る。黄色い塊が男の手の甲へ当たり、ナイフを抜こうとしていた手が止まった。オウルは足を伸ばし、男の手首を床へ踏みつける。
「離せよ」
男はナイフを握ったまま、オウルを睨み上げた。
オウルが少し体重を掛ける。男が苦痛に顔をゆがめる。指が開き、ナイフが床へ落ちた。
それを遠くへ蹴り、剣の腹を男の側頭部へ打ちつけた。
男の身体から力が抜ける。
その間に、エスは押さえていた男の背へ膝をつき、片腕を後ろへねじり上げていた。
「降参してくれる?」
「する! するから!」
「そっか。ねえ、この人――」
エスが話しかけるより先に、オウルは男の後頭部へ剣の柄を打ち当てた。
「ありゃりゃ……」
男の身体は、そのまま動かなくなる。
「起きたままだったら誰かしら見張りが要るだろ。おれはもう眠てえんだよ」
地下室の床には、今夜運び込まれた四箱が散らばっていた。
一箱目と二箱目は、最初に倒れた男たちのそば。三箱目は獣脂の上へ横倒しになり、四箱目は木棚へぶつかって止まっている。
エスは光るナイフを掲げたまま、倒れた者の顔と胸の動きを順に確認する。
「全員生きてるね」
「そりゃそうだ。おれだって人間をばかすか殺したくねえし。頑張ってんだよ」
軽口を叩きながら、オウルは剣の柄についた脂を、倒れた男の上着で拭った。
「まあ、四人なら必ずやるって言ったけどさぁ」
そう言って、床へ転がった樽を足先で止める。
「何人でも一緒だったな」




