57.アルヴェインの依頼
小会議室を出ようとしたオウルを、アルヴェインが呼び止めた。
「今から、少々お時間をいただけますか」
「さっきの話か?」
「ええ。場所を移しましょう」
アルヴェインは廊下を挟んだ向かいの扉を開けた。
そこは書類の確認や聞き取りに使う部屋らしい。窓はなく、中央に細長い机が一つ置かれている。壁際には、灰色の上着を着た男性職員が立っていた。胸元から下がる金属製の聖印に片手を添えている。
オウルが椅子へ座ると、アルヴェインは向かい側へ腰を下ろした。
「確認しますが、その聖印は本物ですか?」
「本物だよ」
「どこかから盗んだり、奪ったりした物ですか?」
「いや。賭けで勝ったから、もらった」
アルヴェインは背後の職員へ顔を向けた。
「虚偽はありません」と職員が答える。
「わかりました。では、本物の聖印を正当に受け取った、ということですね。そして、あなたは神官ではない」
「言っただろ。おれは祈らねえよ。で、要件はなんだ」
「神官として、ある依頼へ参加してください」
オウルは理解できず、怪訝な顔でアルヴェインを見つめた。
「おれは呪文遣いですらねえぞ」
「ええ」
「なのに、クレリックのふりをしろってか?」
「正確には、あなたがクレリックとして扱われるかを確認したいんです。嘘をついたり、自分からクレリックだと名乗ったりする必要はありません」
「なんでそんな面倒なことをするんだ?」
アルヴェインは小さく咳払いした。
「冒険者ギルドでは、登録者の職分をどのように確認するか検討しています。その中でも、クレリックに関しては少々厄介でして」
「クレリックかどうかまで、お前らが調べんのか?」
「いいえ。ただ、依頼によっては、クレリックであることを条件として指定される場合があります。実際、クレリックでなければ達成できない依頼も多い。呪いやアンデッドへの対処、宗教施設への立ち入りなどですね」
アルヴェインは机の上で両手を組んだ。
「今回調べたいのは、本物の聖印を持ってさえいればクレリックとして扱われ、宗教施設の封印まで開けられるのか、ということです」
「はは。もうそういう奴がいんのかよ」
「疑いのある登録者は一人います。その者は、クレリックを含むことが条件の依頼へ参加し、聖印を使って封印された納骨室を開けました」
「じゃあ、本物のクレリックだったんじゃねえの」
「しかし、依頼の終了後に祭具が一つなくなっていることがわかりました。本人の所在も不明です」
「それで、同じことをおれにやらせるのか?」
「ええ」
アルヴェインは、オウルの胸元へ視線を移した。
「それで、なんでおれなんだ? 誰かに聖印を貸してもらえばいいんじゃねえの」
「そういうわけにもいかないんです。聖印が持ち主を選ぶ、という話を聞いたことはありますか?」
「ねえな」
「聖印は、他人へ貸すことができないそうです。貸したつもりでも、いつの間にかその者の手元を離れ、持つべき者の前へ現れるのだとか」
オウルは呆れ顔を隠そうともしなかった。「おとぎ話か?」
「神殿ではそのように扱われています。そして、少なくとも、この街で確認した範囲では、本物の聖印を正当に所持している非神官は、あなた以外に見つかりませんでした」
そこで、廊下側の扉が二度叩かれた。アルヴェインが「お入りください」と返事をすると、扉が開く。
入ってきたのは小柄な女ノーム――エスだ。生成りの僧衣に継ぎはぎの前掛けを重ね、片腕には蓋つきの籠を抱えている。乾燥した草と、湿った土の匂いが一緒に部屋へ入ってきた。薬草採取をしたその足で、ここまでやってきたらしい。
「おはよー」
エスは部屋を見回し、オウルを見つけると目を丸くした。
「あれ? なんでここにいるの?」
エスはオウルの隣の椅子へ座り、籠を足元へ置いた。
「エスさんには、以前から別の調査をお願いしていました」
アルヴェインが説明を再開する。
「西門の外に、使われなくなった葬送礼拝所があります。古い納骨室と、祭具の保管庫が残されている建物です」
「この前、片付けの依頼を出してたところだろ?」
オウルが言うと、アルヴェインは苦笑した。
「ご存じでしたか」
「掲示板で見た。骨を運ぶ割に、報酬が安すぎるよな」
「その依頼は、クレリックを一名以上含むことが条件でした」
アルヴェインは机の引き出しから、紐で綴じた数枚の報告書を取り出した。
「所属証明を持たない登録者が、例外の確認手続きを経てクレリックとして参加しています。その者が聖印を使ったところ、納骨室の奥にある封印扉が開いたそうです」
「じゃあ、本物だったんじゃねえの?」
「わかりません」
アルヴェインは報告書の一枚をめくった。
「依頼の終了後、保管庫にあった祭具が一つ不足していることがわかりました。また、礼拝所を管理する神殿からは、遺骨を移す際に必要な祭儀が行われていない、という苦情が出ています」
「そんなに大事なら探索者に頼むなよな」とオウルはぶつくさ言った。
「で、そいつが盗んだのか?」
「わかりません。本人は依頼を終えて報酬を受け取ったあと、登録時に申告した宿を引き払っています。祭具の不足が判明したのは、その翌日でした」
「逃げたのか?」
「その可能性はあります。ただ、本人はもともと旅の途中で、この街に長く滞在するとは申告していませんでした。現在、所在は確認できていません」
「本当に宗派が違うだけで、予定どおり街を出ただけかもしれねえしな」
「ええ。クレリックだと虚偽申告したのか、本物のクレリックへ依頼主が不適切な役割を求めたのか、現時点では判断できません」
エスは机の上へ身を乗り出し、報告書の文字を横から読んだ。
「わたしは、残ってる遺骨と祭具を見ればいいんだよね?」
「はい。祭儀が行われた痕跡、封印扉の仕組み、それから納骨堂内に危険が残っていないかを確認していただく予定、でした」
「でした?」
エスが首を傾ける。
「最初は、エスさんお一人に、祭儀と封印の確認をお願いするつもりだったんです。しかし、ダウングリーンさんが本物の聖印を所持しているとわかり、調査をより詳細にできるのではないかと考えました」
オウルはアルヴェインとエスを交互に見た。
「おれにも納骨室へ行けってのか?」
「ええ。エスさんと一緒に礼拝所へ行ってもらいます。クレリックとして」
アルヴェインは報告書に描かれた礼拝所の見取り図を開いた。
「現地では、封印扉にエスさんとあなたの聖印を、それぞれ試していただきます」
エスはオウルの胸元へ手を伸ばした。
オウルが聖印をつまんで見せると、エスは表面へ顔を近づけた。
「おー、本物なんだね。しかも、君のだ」
「わかるのか?」
「これくらいはね」
エスはすぐに興味を失ったように、聖印から顔を離した。
「彼にも扉が開けられたら、封印が判断してるのは本物の聖印かどうかだけってこと?」
アルヴェインは頷いた。
「前回の者が封印扉を開けたという事実は、現在、クレリックであることの根拠となっています。しかし、ダウングリーンさんにも同じことができるなら、その根拠は失われますね」
オウルは椅子の背へ身体を預けた。
「お前はもともと、エスに現場を調べさせるつもりだった。そこへ、たまたま本物の聖印を持ったロクデナシが出てきたから、ついでに試すことを増やしたわけか」
「まあ、おおむねそのとおりですね」アルヴェインは悪びれずに肯定した。
「もとの調査依頼は金貨一枚です。取り分は、エスさんと相談して決めてください」
「まあ、それはなんでもいい」
「うん? やるの?」
エスが聞いた。
「断る理由がねえし。クレリックを騙るのは楽しそうだしな」
「彼がクレリックだったら、わたしは何?」
「エスさんは、祭儀と現地調査を担当する正式なクレリックです」
アルヴェインが答える。
「うーん。つまんないよね」
「おれが神官なら、お前は助手だろ」
「じゃあ神官サマ、遺骨の処置よろしく~」
「いいぜ。骨は粉々にしてもいいのか?」
「だめ~」
アルヴェインは、立ち上がったオウルとエスに言った。
「では明日の朝、西門に来てください。荷馬車を手配しておきます。納骨堂の管理人には、調査員が一名増えると伝えておきます」
「了解」
「じゃあね~」
二人はアルヴェインを部屋に残し、並んで廊下へ出た。




