56.参加資格の剥奪条件
翌朝、オウルは足音で目を覚ました。オウルは固い寝台の上に横たわり、目を瞑ったまま、その音を聞いていた。
ほどなく留置房の格子戸が開き、昨日とは別の警備職員が入ってきた。日に焼けた中年の男で、片手に折り畳んだ書類を持っている。
「起きろ、ダウングリーン。探索者支援会へ行くぞ」
オウルは身体を起こしてから、開いた格子戸の向こうを見た。
「まだ話を聞くことがあるのか?」
「冒険者ギルドから、処分を言い渡す」
職員はそれだけ言って、廊下へ出るよう顎をしゃくった。
オウルは丸腰で警備詰所を出て、職員のあとについて歩いた。
探索者支援会へ着くと、広間を通らず、一階の奥にある小会議室へ連れていかれた。
応接室よりやや狭く、長方形の机と、背もたれの低い椅子が六脚置かれている。壁際には書類棚があり、棚板ごとに紐で綴じた帳面が詰め込まれていた。
机の向こうには、アルヴェイン・ロスカが座っていた。濃い色の上着には皺一つなく、髪も朝からきっちりと整えられている。その右にパーニアがいた。セロウは机の端で、羽根ペンとインク壺を前に座っている。
扉をくぐると、すぐ脇にガレウスが立ったまま控えており、オウルと警備職員の背中を見送った。
「おはようございます、オウル・ダウングリーン」
アルヴェインが正面の椅子を示した。
「どうぞ、お掛けください」
オウルは椅子を引き、脚を投げ出すように座った。
「で、罰金はいくらだ?」
警備職員は顔色も変えずに答える。「金貨一枚」
「高くねえ?」
「これまでお前がやらかした小競り合いは、示談で終わったものが多いからな。今回は街の依頼を遂行中の隊を襲っているだろう。さらに数日拘束してもおかしくない暴挙だぞ」
「なのに、もう釈放か?」
それに反応したのはガレウスだ。ガレウスは腕を組んだまま、わずかに頷いた。
「隊に紛れ込んだ不正な荷を発見したことも、処分を決める際に考慮された」
「蜜蝋の件はどうなったんだ?」
オウルが尋ねる。答えたのはパーニアだった。
「偽物の蜜蝋と、排水口から回収された脂は、現在比較を依頼しています。倉庫担当者と納入品を受け取った職員への聞き取りも始まりました」
パーニアは指を折りながら話を続ける。
「死者名義の納入書については、街の警備側が調べます。先渡し契約や商人間の支払いについては、市の商取引を扱う部署と商人組合へ資料を渡しました。サルヴィエさまからも、契約書の控えを提出していただいています」
「おれがやることは?」
「ありません」パーニアは即答した。
「必要な証言は、昨日までにすべて記録しました。新しく確認することが出れば、警備側から呼び出しがあるでしょう」
「わかった。じゃああとは勝手にやれよ」
オウルは椅子の背へだらりと身体を預けた。
蜜蝋の売り先が何軒あったのか。誰が偽物を倉庫へ入れたのか。死んだローデンがどこまで関わっていたのか。答えが出れば聞いてみたいとは思うが、自分で一つずつ調べる気はない。一介のロクデナシが介入できる範疇はもう超えている。
次に口を開いたのは、アルヴェインだ。
「では、次に冒険者ギルドの登録者としての処分についてお話しします」
「はあ。まだあんのかよ」
「先ほどの罰金は、ニックブレード・タウンの規則に対する処分です。冒険者ギルドの登録者が公募隊を襲った件を、何も記録せずに終わらせるわけにはいきませんからね」
アルヴェインは懐から書類を取り出すと、最初の行に視線を落とした。
「……あなたは公募の手続きによって選ばれた隊を外部から襲い、その任務を中断させました」
「まあ、箱が怪しかったからな。異臭調査の続行も依頼されてたし」
「結果として、あなたの疑いは正しかった。ですが、疑わしい荷を見つけたからと言って、公募隊を襲撃してよいことにはなりません」
「そんなの当たり前だろ。何が言いたいんだ?」
アルヴェインは机上の事故報告書を指した。
「今回、負傷者が出なかったのは、ドランベルクさんが殺害を禁じ、隊員が命令に従い、あなたも拘束されたあとに抵抗しなかったためです」
オウルは扉のそばに立つガレウスを見た。
「だってさ」
「事実だ。お前でなければ殺していた」ガレウスはしれっと答えた。
「だがお前は、死を覚悟したら限界まで抵抗するだろう」
「ばかばかしい。しねえ奴がいるのか? そんなの死体と何が違うんだよ」
「だから、隊員の身の安全を考えて止めた」
「……現行規定で、登録者へ科せる処分は四つあります」アルヴェインは、指先で処分案の項目を順に示した。
「注意。一定期間の依頼参加停止。等級の降格。そして、登録の停止または抹消です」
「なら、登録を抹消するか?」
「それは重すぎます。黄等級への降格を検討してはおりますが」
オウルは何もない胸元へ目を落とした。革札はまだ警備職員が預かっている。
「黄でも何でも、困りゃしねえよ」
「いや、降格には反対だ」
意外にも、ガレウスが声を上げた。ガレウスはアルヴェインを正面から見据える。
「ダウングリーンの能力が、昨日の襲撃で黄等級に落ちたわけではないからな」
その言葉に、アルヴェインが眉を寄せた。
「しかし、緑等級として扱うには危険があります。今回の行動で、その点は明らかになったでしょう」
「それは能力の問題ではない。隊へ入れてよいか、指揮下で行動できるかという問題だ」
「等級は、登録者へどの程度の依頼を任せられるかを示すものです」
「一人で依頼を遂行できることと、即席の隊で命令に従えることは同じではない」
ガレウスはオウルを指差した。
「こいつには、一定の探索能力がある。危険な場所で何度も生存した経験がある。現場で異常に気づく判断力がある。だから緑等級になった。それを、荷車を襲った罰で降格するのか」
「ですが、彼を隊へ入れる危険が大きいではないですか。それを判断するために……」
「ならば、隊へ入れるかどうかは別に判断しろ。いちいち等級に押し込むな」
ガレウスは、机の上を指で一度叩いた。
「能力が高くても、即席の隊へ入れるには不向きな者はいる。逆に、黄等級でも周囲の指示を聞き、協調できる者はいる。集団においてはダウングリーンよりも赤等級のほうが使い物になることさえある」
オウルは背もたれに深く身体を預け、そのまま頭を後ろへ反らした。逆さになった視界の中で、ガレウスを見る。
いつだったか、代筆屋で「護衛依頼では等級と別に適性を確認しろ」という要望書を置いていった男だ。今回は、オウルのやらかしを実例にして、自分の案を通すつもりらしい。
いいように使いやがって、とオウルは内心で笑った。
「……確かに、おれを黄色にしたら、他の登録者が迷惑がるだろうな」
オウルが頭を後ろへ反らしたまま言うと、アルヴェインがこちらを向いた。
「どういう意味です?」
「能力が足りなくて黄色留まりの奴と、素行が悪くて黄色に落とされた奴を、どうやって見分けるんだよ」
オウルは体を起こした。指先で、自分の胸元にあるはずの革札の形をなぞる。
「色だけじゃ、腕が足りねえのか、何かやらかして落とされたのか、わからなくなるだろ」
パーニアは机上の処分案を引き寄せた。
「それに、降格しても公募への参加を止めることにはなりません」
アルヴェインが視線を向ける。
「今回の公募条件は、緑等級以上を一人含む四名から六名のパーティーでした。オウルさんが黄等級になっても、別の緑等級の登録者と組めば応募できたはずです」
「……それは、確かに」
アルヴェインは処分案の余白へ目を落とした。
「等級を下げても、制限にはならない……」
「おれの場合、誰がおれと組みたがるかって問題はあるけど」
「それは処分とは別の問題です」
パーニアが言った。
アルヴェインはしばらく黙っていた。机の上には、等級降格と書かれた処分案がある。ガレウスは腕を組んだまま待ち、セロウは羽根ペンを持ったまま、話が展開するのをジッと待っていた。
やがて、アルヴェインは処分案を裏返した。
「わかりました。降格は行いません」
セロウがペンを走らせ始めた。
「オウル・ダウングリーンの等級は維持します。そのうえで、本日から三ヶ月間、公募依頼への応募を禁止します。ギルドが複数のパーティーや登録者を選んで編成する隊への参加も、同期間禁止します」
「普通の単独依頼は?」
「支援会の掲示板から個人で受ける依頼や、依頼主が直接あなたを指定する仕事までは制限しません」
「じゃあ、何も変わらねえな。もともと公募に出る気はねえよ」
「あなたが不便を感じるかどうかは、処分の内容とは関係ありません」
アルヴェインは言った。
「同じギルド登録者への襲撃を認めないことを、規則として明確にするための処分です。今回の行為は、内部の事故記録にも残しますからね」
「好きにしろ」
処分が決まると、警備職員が部屋の隅に置いていた木箱を机へ運んだ。蓋を開け、中からオウルの所持品を一つずつ取り出す。
鞘に収めた短剣。
緑色の革札。
探索者支援会の古い金属タグ。
《欺き》の聖印。
小さな布袋。
オウルは短剣より先に布袋を取った。口紐を解き、サイコロを手のひらへ転がす。
角の欠けた六面体が一つ、白い骨製の四面体が二つ。
「全部ありますって」
パーニアが呆れたように言った。
「同じやつとは限らねえだろ」
「あなたのサイコロを入れ替えて、誰に何の得があるんです?」
「さあ? 振ってみなきゃわからねえな」
オウルはサイコロを袋へ戻し、腰紐へ結びつけた。次に短剣を受け取り、最後に革札と金属タグをまとめた紐を首へ通す。
暗い緑色の革札は、昨日までと何も変わっていない。
金属タグと一緒に、《欺き》の聖印が胸元で小さくぶつかった。
アルヴェインの視線が、そこへ止まる。
「……あなたは聖印をお持ちなのですね。失礼ですが、神官には見えませんね」
「おれは祈らねえよ。今度は何だよ?」
アルヴェインは言いにくそうにしていたが、結局口を開いた。
「……別件で、ご相談させてください。今日の処分とは関係ないことですが」
オウルは胸元の聖印を指で持ち上げた。
「それに聖印がいるのか?」
「ええ。絶対に」
オウルは聖印をつまんだまま、指を止めた。
「絶対に?」
「はい」
オウルは少しだけ口元をゆるめた。
「じゃあ、話は聞いてやるよ」




