54.取引拡大の理由
太陽が西へ傾き始めたころ、北東街道を進んでいた公募隊は、ニックブレードの街へ向けて引き返していた。
オウルの両手は体の前で縛られている。すぐ横を歩くガレウスに歩調を合わせながら、オウルは前方を進む荷車を見ていた。
問題の木箱は、別の縄で厳重に固定し直されていた。箱の周囲には見張りの隊員がついている。襲撃者として捕らえられたオウルよりも、件の箱のほうがよほど厳しく監視されていた。
ほどなく、ニックブレードの北門が見えてきた。
街へ戻ったオウルは、ガレウスに連れられ、探索者支援会の奥にある応接室へ通された。
「襲撃犯を応接室に通すとはね」
部屋ではパーニアが待っていた。隣の席には、ミレナ・サルヴィエの姿がある。奥では、記録係のセロウが小机の前に座っていた。
ガレウスはオウルに続いて部屋へ入り、扉の脇に立った。
オウルは縛られた両手を膝の上に置き、堂々と対面の椅子へ腰を下ろした。
パーニアは、その両手を一瞥してから、ため息をついた。
「……事の顛末は、ドランベルクさんからの報告で聞いています」
「あの蜜蝋は何なんだよ?」
「発端は、あなたたちが地下水路で見つけた死者の印章です」
パーニアは、死んだ商人マルク・ローデンの名義で、先週ギルドへ金蜂印の精製蜜蝋八塊が納入された記録があることを説明した。
さらに、サルヴィエ染物商会も同じ養蜂業者の蜜蝋八塊を先渡し契約で購入しており、代金の一部を支払ったまま、納品を待っている状態だという。
「冒険者ギルドとサルヴィエ染物商会の両方に、同じ蜜蝋を納入するつもりだったのではないかと考えています」
パーニアは、机上の納入書を指先で押さえた。
「一度ギルドの倉庫へ納めた蜜蝋を、公募隊の空箱に紛れ込ませて外へ持ち出し、別の相手へ納品しようとしたのかもしれません。一箱の二重売買です」
オウルは鼻で笑った。
「その程度で、公募隊の荷車に紛れ込ませるほど追い詰められたってのか?」
「……どういうことです?」
「なんで公募隊が出る前の晩になって、泥まみれで水路の中を引きずり回す羽目になったんだ。倉庫の正面から堂々と持ち出せばいいだろ」
パーニアが怪訝な顔をする。
「持ち出せなくても、納期までに同じ蜜蝋を買い足すか、納品の延期を頼むか、違約金を払うかすりゃ済む話じゃねえのか」
「それができない事情があったと?」
「二重じゃ済まなかったってことじゃねえの」
オウルはミレナへ顔を向けた。
「あんた、サルヴィエだろ。最近、ローデン商会は契約を増やしてたか?」
「ええ。以前よりも取引先を広げていましたわ」
ミレナは少し考えてから続けた。
「前金を多く支払う相手には、商品の価格を値引きすることもありました。仕入れ先を十分に確保しているからだと思っていましたけれど……」
ミレナは机上の納入書へ視線を落とした。
「いいえ。前金そのものが必要だったのかもしれませんわ」
「金に困っていたということですか?」
「一件分の商品が不足していたとしても、先渡し契約で受け取れるのは代金の一部だけです。それだけでは、新しく同じ品を仕入れるには足りません」
「じゃあ、一箱分を埋めるために、何件も新しい契約を取る」
「ええ。ですが、その何件にも、いずれ現物を渡さなければなりません」
パーニアが眉をひそめた。
「不足が、前より増える……」
「一度始めれば、取引を増やすのをやめられません。止めた時点で、それまでの不足が表に出ますもの」
オウルは納入書へ目を落とした。
「だが、前金を払わせるには、本当に品を持ってると思わせなきゃならねえだろ」
「大口の取引なら、見本や在庫の確認を求められますわね。金蜂印のような高級品なら、なおさらです」
「なら、この八塊を使い回してたんじゃねえの」
パーニアは眉をひそめた。
「同じ蜜蝋を、納入検査や在庫確認のたびに見せていたと?」
「そうかもしれねえな」
「推測だけでは、何とも言えませんね」
「記録を調べればいいだろ。金蜂印の蜜蝋が、今まで何度納入されたことになってるか」
パーニアはすぐにセロウへ顔を向けた。
「最近の支給品納入記録と、在庫台帳を持ってきてくれますか。金蜂印の精製蜜蝋について、ローデン商会以外の納入記録もすべて。公募準備が始まってからの支給記録もお願いします」
「承知しました」
セロウが席を立ち、応接室を出ていく。しばらくして、数冊の台帳を抱えて戻ってきた。セロウは小机へ台帳を置き、該当する記録を探していく。パーニアも一冊を受け取り、ページをめくった。
「……ありました」
パーニアの指が、一つの品目で止まる。
「直近二か月で、ローデン商会を含む三つの商会から、金蜂印の精製蜜蝋が合計五箱分納入されています。八塊入りが三箱と、十六塊――二箱分の納入が一件です」
ミレナが身を乗り出した。
「そのうち、公募の準備が始まってから納入されたものは?」
「五箱のうち四箱分です」
パーニアは在庫台帳へ持ち替えた。
「ですが、倉庫から正式に払い出された記録は一箱分しかありません」
部屋の中が静かになった。
「……つまり、帳簿の上では、倉庫に四箱残っているはずです」
オウルは口元をゆがめた。
「ふーん。急に増えたじゃねえか」
「同じ規格の品が続けて納入されること自体は、ありえないことではありません」
パーニアは台帳を見ながら考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……以前の支援会では、冒険者が自分で必要な物資を買うことが多くて、支援会から支給する場合も、依頼ごとに少量ずつでした。帳簿にある在庫を、一度に大量に動かすことはほとんどありませんでした」
「それが、公募が始まって変わったのか?」
「ええ。今は複数の隊へ支給品をまとめて用意します。倉庫の在庫を一括で確認し、実際にそこから物資を出さなければなりません」
オウルは頷いた。
「それで、ない物が必要になったわけか」
書類の上でどれほど在庫を増やしても、実際に支給する品は出てこない。
公募が始まったことで、帳簿と現物の差を隠せなくなった。だから犯人は、公募隊が出発する前の晩になって、慌てて蜜蝋を動かした。
別の検査へ回すつもりだったのか、公募隊への支給品として処理するつもりだったのか。
目的までは、まだわからない。
「すべて憶測だ」
ガレウスが扉の脇から言った。
「だから、さっさと倉庫を見てこいっつってんだよ」
「お前は来ないのか?」
何食わぬ顔で尋ねたガレウスに、オウルは呆れたように首を振った。
「おれが行くのは留置所だろ」




