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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第三章 冒険者ギルドの公募

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53.先渡し契約

 探索者支援会の二階奥にある小さな応接室で、ミラ・パーニアは客を迎えていた。サルヴィエ染物商会を取り仕切る女商人、ミレナ・サルヴィエである。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。サルヴィエさま」

「とんでもございませんわ」


 武骨な木製のローテーブルには、すでに白磁の茶器と、焼き菓子を載せた小さな皿が用意されている。パーニアはミレナをソファへ促し、自分も向かいのソファに腰を下ろした。


「それで、ご用件はなんでしょう」

「まずは、こちらをご覧いただけますか」


 パーニアは手元の小箱を開き、布に包まれた銀の指輪を取り出した。オウルとコニーが地下水路で拾った印章指輪だ。


「この印章指輪は先日、地下水路で遺体とともに発見されました。印は、先週受理された支給品納入書に押されたものと一致しています」


 続いて、パーニアは懐から納入書を取り出し、指輪の隣へ置いた。


「指輪の持ち主は、ローデン商会の代表者、マルク・ローデンです」

「ローデンですって?」ミレナが声を上げる。どうやら知り合いだったらしい。

「なんてこと。本当に、本人なのですか?」


「ええ。遺体は家族と番頭によって、マルク・ローデン本人と確認されました。損傷が激しかったそうですが、古傷と、以前に骨折した指の形が一致したそうです」

「……つまり、この書類が受理された時点で、ローデンはすでに亡くなっていた、とおっしゃりたいの?」


「ええ」と、パーニアは頷いた。「サルヴィエ染物商会との取引記録が残っていたため、サルヴィエさまにお話を伺いたく、お越しいただきました。ローデン商会の最近の商売の様子や、本人以外に印章を扱えた者について、何かご存じではありませんか?」


 ミレナは、銀の印章指輪へ視線を落とした。


「……荷の受け渡しは、古くからいる番頭に任せることが多かったようですわ。わたくしどもの商会でも、実際の納品には番頭や使用人が来ていましたから」


「契約の書類にも、その番頭が印章を押していたのですか?」

「いいえ。少なくとも、わたくしどもとの契約では、印章を押したのはいつもローデン本人でした。荷を受け渡す権限と、商人本人の印章を使う権限は別です。番頭であっても、勝手に持ち出して押せるものではありません」


「最近、商売が行き詰まっていたような話は?」

「そのような噂は聞いていません。むしろ以前より多くの契約を引き受けていたように思います」


 パーニアは納入書を指で示した。


「では、この取引の内容自体はいかがでしょう。数量や価格に、不自然な点はありませんか?」


 ミレナは納入書の品目と数字の列を順に目で追った。


「薬師組合の乾燥薬材が四包、青鷺印の精製灯火油が三樽、そして金蜂印の精製蜜蝋が八塊……。いずれも現在の市場価格から大きく外れてはいません。この規模の納入としては、不自然ではございませんね」


 取引には、何の問題もない。正規の価格で、相応の量の物資が納入されているだけだ。

 ただし、それを納入したことになっている商人は、すでに死んでいた。


 そのとき、応接室の扉が二度叩かれた。

 パーニアが顔を上げる。


「どうぞ」


 扉が開き、普段は一階の受付にいる職員が姿を見せた。急いで階段を上ってきたらしく、肩を小さく上下させている。片手には、封蝋のついた折り畳み書状を持っていた。


「お話し中、失礼します。北東街道の旧監視塔跡へ向かった公募隊から、緊急の報告です」


 職員は部屋へ入り、ローテーブルの脇まで歩み寄ると、書状をパーニアへ差し出した。


 パーニアは封書を受け取ってから、向かいの席にいるミレナへ「失礼します」と短く断りを入れた。封を切り、中に入っていた報告書に素早く目を通す。


 公募隊の荷車が襲撃された。襲撃者は――オウル・ダウングリーン。


 パーニアの視線が、その名前の上で止まった。

 数秒の沈黙のあと、紙面から目を上げないまま、書状を届けた職員に尋ねる。


「……死者は出ていませんね。負傷者は?」

「いません」

「襲撃者も?」

「ええ。無傷だそうです」

「馬と荷車は?」

「どちらも無事です」


 パーニアはこめかみを押さえた。

 ……なぜあの男は、何かを確かめようとするたびに、正規の手順から最も遠い方法を選ぶのだろう?

 だが、考えても仕方がない。パーニアは報告書の続きを追った。


 ガレウス・ドランベルクの几帳面な字で、発見された箱の特徴が記されている。箱の底や角に泥がこびりつき、擦りつけたような傷が残っていた。中には、精製された蜜蝋が詰められていたという。


 パーニアは、昨日コニーとジェムから受けた水路の調査報告を思い出した。二人はオウルを追うためにドワーフ(てっきり名無しと思っていたが、コニーは「イチロクさん」と呼んでいた)へ協力を求め、水路に残された運搬の痕跡を調べていた。律儀な子たちである。


 二人の案内で現場を確認したイチロクは、重い木箱が倉庫側の点検口から水路へ下ろされ、工房通り側から地上へ引き上げられたと判断していた。


 工房通りから地上に出たとしたら、ニックブレードの北門から出るのがいちばん近い。


 北門から出発した公募隊の回収箱には、高価な蜜蝋の詰められた箱が紛れ込んでいた。

 ガレウスが報告した箱は、水路を通って運ばれたものかもしれない。

 パーニアは、ミレナに向き直った。


「サルヴィエさま。北東街道へ向かった公募隊の荷車に、搬出書類に記載のない箱が一つ、紛れ込んでいたそうです」

「中身は何ですか?」


「精製された蜜蝋です。大きな塊が八つ、木箱に詰められているそうです」


「八つ?」


 ミレナが顔を上げた。


「……それは、レンガに似た四角い形で、上面に蜂の印がありませんでしたか?」


「え、ええ。そのように書かれています」

「では、金蜂印の蜜蝋ですわね」

「えっ……本当ですか?」

「品質を証明するために、専用の鋳型(いがた)を使うのですよ。高級品ですもの」


 ミレナは言いながら、机上の納入書へ視線を戻した。その指が、品目の一行で止まる。


「……この納入書にも、金蜂印の精製蜜蝋が八塊とありますわね」

「ええ。こちらでは、すでに納入済みになっていますが」

「サルヴィエ染物商会でも、同じ養蜂業者の蜜蝋を、同じ規格で買い付けています。先に代金の一部を支払い、後日受け取る契約です。ですが、現物はまだ届いておりません」


 いわゆる先渡し契約だ。品物を受け取る日と価格をあらかじめ決めておき、買い手は手付金を払う。売り手は期日までに現物を用意する。

 まだ手元にない品でも契約できるが、約束した量を用意できなければ、売り手は不足分を別に買い集めるか、違約分を支払わなければならない。


「正確な荷印を確認しなければ、同じ品だとは断定できません。ですが……」


 ミレナは、パーニアが示した納入書の「金蜂印 精製蜜蝋 八塊」の字を指差した。


「偶然にしては、条件が揃いすぎていますわね」

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