51.鉢合わせ
ニックブレードを北門から出て旧監視塔跡へ続く道は、もとは兵や物資を運ぶために整備された道だ。
街を出てしばらくは放牧地が続くが、森林に入ると途端に足場が悪くなる。
とはいえ、監視塔が廃止されてからも街道としてぽつぽつと使われ続けていたので、荷車一台なら問題なく通れた。監視塔付近は誰も通らなくなったので、近づくほど悪路になっている。
森林に入ると、坂が続くとはいえ視界はよかったので、視力のいいオウルは難なく隊列の後を尾けていけた。
旧監視塔跡へ向かう連中――いわゆる公募隊は、複数のパーティーが集まった集団だ。人数が多い。直接荷車に近づいて箱の中身を確かめる隙はなさそうだった。戦闘になればますます不利だ。奇襲をかけてもいいが、荷を見たいだけなのに全員をぶち殺すのはさすがに頭がおかしい。
森林に差し掛かると、道の左右には背の高い草、崩れた石垣や古い側溝など、死角が増えてきた。身を隠しながら並行することもできそうだ。
近くによれば、隙を見つけられるかもしれない。
……しかし、オウルには隠密の経験がない(気づかれたらぶん殴ればいいだけなので、これまでこそこそ隠れる必要がなかった)。
仕方なく、見よう見まねで木立や石垣の裏側に身を隠し、隊列に近づいてみる。
オウルが崩れた石垣へ足をかけたときだった。
踏み込んだ石が崩れ、足元から滑り落ちた。石は音を立てて、街道沿いの深い側溝へ転がり落ちた。
荷車のすぐ後ろを歩いていた後衛の冒険者が、ピタリと足を止めた。
彼は音のした石垣のほうへ顔を向け、すぐ前の者に短く声をかける。その声を聞いて、隊列の数人が武器に手をかけ、周囲の茂みや石垣へ警戒の視線を向けた。
「止まるな、先を急ぐぞ」
隊列の前方から指示が飛んだ。日暮れが近いこともあり、公募隊の歩みは止まらない。荷車はそのまま街道を進み続ける。
代わりに、後衛から一人の男が隊列を外れた。彼は隊列の最後尾からさらに後ろへ下がり、石垣のほうへゆっくりと歩み寄ってくる。
オウルは石垣の裏で身を屈め、男の視線が通り過ぎるのを待った。
足音が遠ざかり、男が街道のほうへ戻っていく気配がした。オウルは再び立ち上がり、隊列を見失わないように少し距離を置いて追跡を再開した。
木立の陰から街道の隊列を確認する。
あれ?
そこでオウルは、隊列の配置が変わっていることに気づいた。先ほどまで荷車の後ろに戻ったはずの男の姿が、どこにも見当たらない。
「……?」
どこ行った?
そう考えた直後、右側の斜面にある茂みから、がさりと音がした。
振り返ると、そこには男が立っていた。丸盾を半ば構え、右手を剣の柄に添えている。街道へ戻ったと見せかけて、石垣の裏を通り、尾行者の側面へ出たのだ。
「……何してるんだ、オウル」
トッドが硬い声で問う。
やっぱ慣れないことはするもんじゃねえな。
オウルは小さく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。
「なぜ我々の後を尾けている?」尋ねるトッドの声は硬い。
「誰かに頼まれたのか」
トッドから見れば、隊列をつけ回す不審な部外者だ。
オウルはため息をつき、隠し立てせずに答えることにした。
「まいったな。どこから説明すりゃいいのか。そうだな……トッド、おれはさ、よく水路とか地下の仕事を受けるんだよ。なんでかわかるか?」
「知るか」
「後ろ暗い連中が秘密裏の取引に使ってることが多いからだ。そういう場面に鉢合わせたら楽しいだろ?」
「で? 俺たちを尾行しているのとなんの関係がある」
「支援会の近くにでけぇ倉庫があるだろ。そこの地下水路を見てたら、重い荷を引きずった跡があった。工房通りの点検口までな。そこで引き上げて、荷車に載せて運んだような跡があってな。追いかけてみたんだよ。どこに向かっていたと思う?」
「……。まさか、北門か?」
「ご明察。そしたらおまえらが出発準備をしてるじゃねえか。荷車をざっと見たら、積まれた空箱の一つに、泥と擦り傷がついていた。変だろ。それって回収用の空箱じゃねえのか? こりゃあウケるなと思って追ってきた次第だ」
トッドは、すぐには返事をしなかった。オウルの顔をじっと見たあと、剣の柄からゆっくりと手を離した。左手の丸盾も少し下げたが、完全には構えを解いていない。
トッドはオウルから視線を外し、木立の向こうを移動していく荷車を見た。
「その箱は、どの荷車に積んである?」
「後ろから二番目。右側のいちばん下だ」
オウルが具体的に答えると、トッドはもう一度、振り返った。荷車はもう見えない。
「……お前はどうせ公募に応募していないな」
「誰がやるかよ」
「なら、ここから動くな」
トッドは低い声で命じた。
「俺が戻るまで、絶対に姿を見せるなよ」
トッドはそれだけ言うと、身を翻して街道へ戻っていった。
オウルは隊列へ向かうトッドの背中を見送ってから、石垣の裏にしゃがみこんだ。
トッドは、本当に箱を調べるのか?
あのクソまじめのことだ、隊長へ不審者がいると通報するか、他の仲間を呼びに行くというのも考えられるが。
通報されたら逃げればいいしな、と結論して、オウルは待つことにした。




