49.オウルの行方
エスの礼拝堂に残されたコニーとジェムは、オウルが出て行った扉を呆然と見つめていた。
「用事って、何でしょう」
「さあ……」
ジェムは手元の皮紙に目を落とし、気を取り直すようにエスへ向き直った。
「エスさん。その音がしたのはいつですか? 一度だけでしたか?」
「昨日の夕方から夜にかけてだよ。一度だけじゃない。何度か」
エスは草を弄りながら答えた。
方向は反響のせいでわからない。ただ、夕方から夜にかけて、何か硬いものが水路の壁に当たるような音が、何度か響いていたらしい。
ジェムは皮紙に書き留めながら、再び聞いた。
「この近くの水路で、広い点検口はどこにありますか?」
「それなら、工房通りの水路組合の近くにあるよ。水を汲んだりするのに使うところ」
ジェムは少し考え込んだ。
「音が響いた方向はわからないですよね……」
「うん。反響しちゃうからね」
「なら、まず広い点検口のほうを見てみようかな……。荷物を上げるなら、それなりの広さが必要でしょうし」
コニーは礼拝堂の扉を見た。
「オウルさん、どこへ行ったんでしょう」
「わかりませんが、ぼくらはぼくらで確認しましょう」
エスの礼拝堂を出たあと、コニーとジェムは工房通りへ向かった。
水路組合の詰め所の近くには、たしかにエスが言っていたような、石段のついた広い点検口があった。昼間の工房通りは荷車や人足の行き来が多く、石畳にはいくつもの轍が重なり合って刻まれている。
「これじゃ、どれがどれだか……」
ジェムが困ったように言う。
コニーはしゃがみ込み、石畳の隙間を見た。たくさんの靴跡や轍に踏み荒らされているが、その中に、乾いた土埃の上に重なるようにして、黒ずんだ泥が細く残っている場所があった。
「あの、これ」コニーは点検口の縁を指差した。
「水路の泥じゃないですか? ほら、こっちにも」
点検口の近くに、泥が落ちている。コニーはその場所に立ち、点検口と、そこから続く薄い轍を見比べた。
「水路の泥とは限らないですが……」
「でも、最近はずっと晴れだったし、地上で泥はつかないと思うんです。ほら」
コニーは、自分たちが来た道を指差した。
石畳に、黒い泥が点々と落ちている。工房通りの乾いた土埃とは色が違う。
ジェムはコニーの指先を追って、眉を寄せた。
「……確かに。道の泥ではなさそうですね」
コニーはもう一度、点検口と、そこから続く薄い轍を見比べた。
「オウルさんも、ここを見たんでしょうか」
「でも、この轍はどこへ行ったのか……」
ジェムは身を屈めて、轍を目で追った。通りには轍が四重五重と重ねっていて、すぐに追えなくなってしまう。
コニーは周囲をきょろきょろと見渡して、近くで縄束を運んでいた作業員に声をかけた。
「あのっ、すみません!」
「なんだ?」
「短剣を持った、若い男の人を見ませんでしたか? 髪がぼさぼさで、態度が悪くて……」
「はあ。そんなのニックブレードにゃごまんといるが」
「ええと……。たぶん、この点検口を見ていたと思うんです。名前はオウルっていうんですけど。オウル・ダウングリーン」
作業員は荷を肩に担ぎ直し、少し考えた。
「ああ、オウルか。カードの強ぇ兄ちゃんだろ。北の門のほうに行ったよ」
「門……って、城門ですか?」
「ああ」
コニーとジェムは互いに顔を見合わせた。
オウルは、ただ点検口を確認しに来ただけではない。何かを見つけ、そのまま門のほうへ――おそらくは、街の外へ向かったのだ。
だが、いったいどうして?
「追いかけましょう!」
コニーが立ち上がって言ったが、ジェムは首を横に振った。
「待ってください! それだけではオウルさんがどこに行ったかわかりません」
「でも、」
「それに、もう日が暮れます」
ジェムの言葉に、コニーは押し黙った。
コニーとジェムは赤等級と橙等級の二人だけだ。しかも、オウルがどこへ向かったかはわからない。
これで飛び出すのは、あまりにも危ない。
「……でも、オウルさんは」
「日暮れに、見習いが街道へ出る気か?」
背後から、不機嫌そうな声が降ってきた。
二人が振り返ると、そこには使い込まれた革の道具袋を下げた、恰幅の良いドワーフが立っていた。
イチロクだった。
ジェムは警戒するように一歩下がる。
「……あなたは?」
「坊主は知らんが、そこのカンテラ娘は知ってる」
イチロクはコニーに目をやった。
「またあの阿呆の厄介事か?」
コニーが事情を話そうとすると、イチロクは「いい」と言って首を振った。
「素人が突っ立って眺めても腹は膨れんぞ」
イチロクは自分の腹を叩いた。
「腹に何か入れてからにするんだな。考えるのはそれからでも遅くなかろう」




