48.荷のゆくえ
オウルは水路の奥へ向かって歩き出した。
コニーはカンテラの光を前へ向け、足元の泥に気をつけながらその後に続く。一番後ろをジェムが歩いた。
水路の床はどこも同じように泥が堆積しており、先ほど見つけた四角い跡や引きずったような溝は、少し進むと水たまりの中に消えてしまった。
「跡が途切れましたね」
ジェムが言う。オウルは立ち止まり、水路の先を見た。
「水が溜まってる場所じゃ、跡は残らねえな」
コニーはカンテラを低く構え、両側の石壁を照らした。
しばらく光を滑らせていると、右側の壁の低い位置に、うっすらとだが石の表面が削れたような跡が見えた。
「オウルさん、これ……」
コニーが光を当てると、オウルが泥水を跳ねさせて近寄ってきた。オウルは指先で石の表面を撫でた。
「どうだろうなぁ」
これが荷を引きずった跡だという確証はない。水路はこの先も続いているが、これ以上進んでも目ぼしい跡は見つかりそうになかった。
ジェムが水路の奥を見据えたまま尋ねた。
「……この方向は、用水路の本流につながってるんですよね」
「ああ」
「エスさんの礼拝堂は、この方向にあるはずです。この水路がそっちへ繋がっているなら、エスさんが何か異変に気付いているかも」
「なるほど。じゃあ、あの草狂いに聞いてみるか」
三人は点検口から倉庫の奥へ這い上がり、倉庫番に「もうちょっと調べてくる」と伝えて外へ出た。そのまま街の裏通りを抜け、用水路の奥にあるエスの礼拝堂へと向かう。
礼拝堂の扉を開けると、エスはいつものように祭壇の前で薬草を仕分けしていた。
オウルが「最近、このあたりの水路で変な音を聞かなかったか?」と尋ねると、エスは草の束を置いた。
「うーん……。昨日かな。水路のあたりがうるさくってね。ごと、ごと、って。壁に何かが当たるみたいな音がするんだよね」
エスは小首を傾げた。
「小さい魔物でも棲んでるのかなって思ってたんだけど」
ジェムは水路の壁に残っていた擦れ跡を思い出して、つぶやいた。
「……荷物を運んだ音かも」
「えー。誰かがわざわざ水路を通ったの?」
オウルは腕を組んで、しばらく黙り込んだ。
「荷はどっかで上げるよなぁ……」
ぽつりとつぶやき、そのまま考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「おまえらはエスに、いつ音がしたか詳しく聞いとけ」
オウルはそう言って、礼拝堂の出口へ向かって歩き出した。
「えっ、オウルさんは?」コニーが慌てて呼び止める。
「おれは用事を思い出した」
振り返ることもなく答え、コニーが何か言い返すよりも早く、オウルは出て行ってしまった。
***
オウルは用水路沿いの裏道を抜けて工房通りへ向かった。
水路組合の詰め所がある周辺には、水を汲み上げたり資材を下ろしたりするための、石段のついた広い点検口がある。
オウルは点検口の縁にしゃがみこみ、足元を見た。
乾いた石畳の上に、黒ずんだ泥が落ちている。倉庫裏の点検口や、水路の床に張り付いていたのと同じ、ひどく臭う泥だ。
泥の汚れは点検口の縁から始まり、やがて二本の細い轍となって、街の門のほうへ続いている。
オウルは立ち上がり、轍を追って門前広場へ向かった。
門の前は騒がしかった。
支援会を騒がせ、コニーが落ちたことを悔しがっていた「北東街道・旧監視塔跡の物資回収」の公募に選ばれた冒険者たちが集まっている。四人から六人で組まれたパーティーが複数あり、それぞれが荷車を用意していた。ただの物資回収にしては、予想以上に大掛かりな編成だ。
オウルは広場の端に立ち、出発準備を進める隊列を遠巻きに眺めた。
冒険者たちが、荷車に木箱をいくつも積んでいる。回収品を詰めるための空箱だろう。いくつも積まれる箱の動きを追っていたオウルの目が、そのうちの一つで止まった。
空箱にしては、妙に汚れている。
他の箱は真新しい木の色をしているのに、その箱だけ、底や角の隙間に黒い泥がこびりついていた。門前広場の乾いた土とは違う。最近は雨が降っていない。街道を通っただけでは泥はつかないだろう。
さらに目を凝らしてみる。箱の角には、硬いものに擦ったような傷もあった。先ほど水路の石壁で見た、低い位置の擦れ跡と、高さは合う。
「……」
確証はないが、妙ではある。
オウルは小さく首をかしげた。
これから回収作業に行くらしい荷車の箱が、もう汚れている……。
「……ああ。そっちか?」
回収用の箱に紛れ込ませる気か。
同じ大きさの箱なら、荷車に積んでしまえば目立たない。街の外へ持ち出すのも、公的な依頼の顔をして堂々とできる。
公募隊の冒険者たちが門番に書類を見せ、連れ立って門を抜け始める。
オウルは隊列の動きを見送ると、人の波をすり抜けるようにして自分も門外へ出ようとした。
「おい」
門番の一人が、通り過ぎかけたオウルを呼び止めた。
オウルはうっとうしそうに振り返る。
「あ? なんだよ」
「今日も暇ならやろうぜ」
誰だろうとよく見れば、死の山から泥まみれで着いたオウルに水をぶっかけた門番だった。オウルは服が乾くまで彼らとカードをやり、勝ち越していたことを思い出した。
「残念、今日は野暮用があってな。帰ってきたらやろうぜ」
オウルは片手をひらひら振りながら、荷車を引く荷車の列よりも歩調を速め、北東街道を進んだ。




