46.調査の終わった後
コニーとジェムが応募票を書いてから三日が経った。
「落ちました!」
支援会の建物の外で壁に寄りかかっていたオウルに、コニーは明るく言った。声こそ明るかったが、口元はだいぶん不満そうだ。
オウルは少しも驚かなかった。
「だろうな」
「ひどくないですか? ちょっとは期待してくれてもいいじゃないですか!」
「いや、通るほうが変だろ」
「条件は満たしていたそうですけど……」と、ジェムが横から補足する。
「条件ってのはただの足切りだろ?」
コニーは言い返そうとして、口を閉じた。
言われてみれば、その通りだ。条件を満たしたパーティーがいくつもあれば、選ぶ側は少しでも面倒の少ないほうを選びたいだろう。赤等級や橙等級といった初心者混じりの即席パーティーよりも、中堅ぞろいで実績のあるパーティーを選ぶのは当然だった。
「そういえば、あの異臭調査ってどうなったんですか?」
コニーが聞いた。
「ほら、倉庫の裏が臭うっていう、銀貨一枚の」
「ああ。あれは終わった」とオウルが答える。
「倉庫裏の排水口に、腐った獣脂だの古い布だの鼠の死骸だのが詰まってただけだ。どかしたら臭いはだいぶ消えた」
どんな臭いだったのだろう、と考えてしまって、コニーは顔をしかめた。
そこへ、ジェムが不思議そうに口を挟む。
「それなら、解決したんですね」
「書類上はな」
オウルはそう言って、支援会の建物にちらりと目をやった。
「ただ、詰まり方が変だったんだよな。誰かがゴミを押し込んだみたいだったんだよ。鉄格子にも新しい傷があったし」
ジェムが小さく首をかしげる。
「排水口を塞ぐために、誰かが詰まらせたってことですか?」
「かもしれねえな」
「それで、追加の依頼を?」
「依頼人は、臭いが戻るのも困るし、倉庫の裏を勝手に使われてるならもっと困るって言ってさ。パーニアいわく、継続調査ならすぐ通せるってことで受けてきた」
コニーは首を傾げた。
「またオウルさんが行くんですね。掲示板には出さないんですか?」
「出すより早いだろ。おれが場所を知ってるんだから」
そう言って、オウルはにやりと笑う。
ジェムは小さく首をかしげた。
「その排水口、用水路に繋がってますか?」
「さあな」
「ぼくも見ておきたいです。エスさんの礼拝堂も用水路の奥にありますから……」
オウルは肩をすくめた。
「じゃあ今から行くか? ここから近いぜ」
目的の場所は、探索者支援会からさほど遠くない裏通りにあった。
オウルが案内したのは、太い梁と黒ずんだ木扉でできた、いかにも頑丈そうな倉庫だ。オウルはその裏手に回った。石壁と隣の建物の間には、人ひとりが通るのがやっとの狭い道が続いている。
建物の陰に入った途端、コニーは鼻を押さえた。
「まだ臭いますね」
石積みの壁の根元に、半分ほど地面の土に埋もれた排水口が口を開けている。太い鉄格子がはめ込まれており、その下には暗く細い水路が奥へと続いていた。周囲の石畳は、長年染みついた汚水で黒ずんでいる。すぐ脇に置かれた空の木箱には、昨日オウルが水路から掻き出したという詰まりの残骸――腐って変色した布切れや、固まった獣脂の塊が乱雑に押し込まれていた。取り除かれたとはいえ、まだ鼻をつく生臭い臭いが漂っている。
「ま、昨日よりはずいぶんましになったよ」
オウルは排水口の前にしゃがみこみ、鉄格子を指で軽く叩いた。
コニーは、顔をしかめながらカンテラを下げた。
「もっと近づけろ。低めに」
「こうですか?」
言われた通り、コニーはカンテラを膝の高さまで下げた。火が揺れ、鉄格子の影が石壁に伸びる。
「あー、もうちょい下かな」
「はい」
言われるままに灯りを動かしているうちに、コニーは自分でも何を照らしているのかわからなくなってきた。臭いが鼻について、目も少し痛い。排水口の奥は暗く、光を当ててもすぐに黒く潰れてしまう。
「見えるか?」
「えっと……汚いですね」
オウルはただ笑って、鉄格子の端を指で示した。
「そこだ。格子の横」
コニーが灯りを寄せると、鉄格子の横、石枠に差し込まれているあたりに、細い傷が見えた。格子の端を石に擦れさせてできたような傷だ。
ジェムが少し身を乗り出した。
「少し変ですね」
「そうだなあ」
オウルはしゃがみ込み、詰まりを取り除いた排水口の奥を覗き込んだ。
「どこがですか?」とコニーが聞く。
ジェムは鉄格子の端を指差した。
「無理にこじ開けたって感じではなさそうなんですよね。道具を差し込んだような跡がないので」
オウルは鉄格子に指をかけた。軽く引く。格子は動かない。もう一度、今度は少し力を入れて引くと、石の奥で小さくギシギシと金属が鳴った。
「埋め殺しじゃねえな。外れるようにできてそうだが……」
オウルは格子の横端を確かめ、少し持ち上げた。錆と泥が噛んでいたらしく、最初は重かったが、何度か揺らすと鉄格子は石枠からずれた。
引き抜くとき、格子の端が石に擦れて、細い音を立てる。
オウルは外した鉄格子を壁際に立てかけた。排水口は、小柄な人間がひとりようやく身をねじ込めるほどの穴になった。
「少し狭いか」
オウルは自分の肩幅と穴の大きさを比べ、それからコニーを見た。
「コニーなら通れるかもな」
「えっ!?」
コニーが仰天した声を上げる。排水口からはまだ、泥と腐敗物の混じった冷たい風が吹き出しているのだ。コニーはオウルを見上げたが、オウルはただしれっと立っているだけだ。
その横で、ジェムが少しむきになって一歩前に出た。
「コニーさんが通れるなら、ぼくだって通れます」
何に対抗しているのかわかりかねる反論だ。その生真面目な顔をオウルは面白そうに見やってから口を開く。
「ばか、神官を排水口に突っ込むわけねえだろ」
「えっ、わたしはいいんですか!?」
「そりゃ、特攻は魔法が使えないおれらの役回りだろ」
その言葉に、コニーは肩の力を抜いた。前衛の仕事だと言われれば、納得するしかない。コニーは短く息を吐き、意を決したようにカンテラをもう一度低く構え直した。泥で汚れた穴の縁に手をかけ、頭から中へ潜り込もうとする。
その動きを見て、オウルは腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、本当に行くやつがあるか? こっからいきなり入るわけねえだろ、コニー! おまえはちょっと蛮勇すぎるぜ!」
コニーは穴の縁にかけていた手を慌てて引っ込め、勢いよく振り返った。
「だって、オウルさんが入れって言ったんじゃないですか!」
「言ってねえよ! 通れるかもなっつったんだ!」
オウルが腹を抱えて笑い続けるので、コニーは顔を熱くしながらカンテラを持ち直し、不満げに唇を尖らせた。
ジェムがため息をついて言った。
「……この排水口のことを、依頼人に確認したほうがよさそうですね」
「ああ」と、オウルも頷く。その顔にはまだ笑いが残っていて、コニーは抗議するように肘で小突いた。
「いったん依頼人に聞くか」




