44.前衛の役回り
パーニアがオウルをひっ立てて探索者支援会の建物に戻ってきたとき、時刻はすでに昼を過ぎていた。
「ほら、入りなさい」
「どーも」
オウルはまったく悪びれた様子もなく、自分の上着についた土埃をパンパンと払った。
一方、パーニアは疲労困憊していた。眉間には深い皺が刻まれて、身体を引きずるように歩いている。荷役場の殴り合いに割って入り、怒り狂う船乗りと荷役に頭を下げ、事態を収拾してから元凶の男(と、疲れ切ったパーニアは断定することにした)を引っ張ってきたからだ。
なにもかもが事務の仕事ではない。
パーニアはカウンターの中へ戻ると、一つ深く吐き出し、オウルを睨みつけた。
「オウル・ダウングリーン。まず、山羊飼いの依頼の精算を。報酬受領欄に署名しなさい」
「はいはい」
オウルは手近な羽根ペンを取り、差し出された書類に自分の名を走り書きした。
カウンターの端には、まだコニーとジェムがいた。コニーは無事に戻ってきたオウルを見てほっとしたような、しかしパーニアに引きずられてきた惨状に呆れたような、複雑な顔をしている。ジェムは何か言いたげにオウルを見つめていたが、口を開くことはなかった。
トッドもまだそこにいた。彼は壁際の掲示板から一枚の依頼票を剥がし取り、それを片手で持ったまま立ち尽くしていた。
パーニアはオウルから書類を受け取り、確認してから銀貨三枚をカウンターに置いた。
「次からは、先に完了報告をするように。お願いしますよ」
「気が向いたらな」
オウルは銀貨を無造作に革袋へ放り込んだ。そして、ふと視線を横へ滑らせる。
「あれ。トッドじゃねえか。久しぶりだな」
「お前が来る前に退散したかったんだがな」
トッドは苦々しげに言い、手元の依頼票をテーブルの上に裏返して伏せようとした。
――遅すぎる。
戦闘中に盾を上げるときはここまでのろまではない。だが、ここは支援会の窓口で、目の前にいるのは敵ではない。しかも、たぶん後ろめたいところのあるらしい相手だ――と、オウルはちょっと笑った。つくづく損する性格だよな、こいつは。
伏せようとした依頼票が、ほんの一瞬こちらに向いた。
依頼名。条件。報酬。――それだけあれば十分だ。
オウルはトッドのほうへ歩を進め、
「やめとけば? それ」と、軽い調子で言った。
「適当言うんじゃねえよ」
不機嫌そうなトッドから視線を外し、オウルはテーブルに伏せられた依頼票に目をやった。
「……『黄等級以上の前衛、盾持ち歓迎。同行者は手配済み。報酬は班全体へ支払い』。いやぁ、きな臭すぎるだろ」
「勝手に読むな」と、トッドが顔をしかめる。
「あんまりのろのろ隠すから、見てほしいのかと思ったぜ」
そう言って、オウルはひょいと依頼票を取ろうと手を伸ばし――直前、トッドの手が依頼票の上に叩きつけられた。さっきまでの鈍さが嘘のような、迷いのない動きだった。
「触るな」トッドが低く言う。
「なぁんだ、できんじゃん」
オウルはむしろ楽しげで、トッドは苛立たし気に舌打ちをした。
「まったく。お前はそういうところが嫌われるんだ」
「パーティーには嫌われ役がいたほうがいいだろ? それだってそうさ」
そう言って、オウルはトッドの掌の下にある依頼票を指差す。
「……? 何の話だ」
「パーティーじゃ、前衛は前に立つってだけじゃねえだろ。決断するって役回りだ。戻れ、触るな、荷を捨てろ……。剣握って強がってんのに、いざ探索が始まったら、まだなぁんにも起きてないうちからグチグチ水を差す臆病者さ」
「だが、言わなきゃ全滅する」と、トッドが反論する。
「そんなこと、誰が理解したがる?」オウルは鼻で笑った。
「そうやって生かした連中からは嫌われるってわけだ。おれにとっては気楽でいいけどな」
トッドは黙って依頼票を見下ろした。
同行者は手配済み。報酬は班全体へ支払い。そして、前衛は一名。
たしかに、それは護衛の募集ではあった。だが、護衛と書かれているだけで、前衛にどこまでの判断権があるのかはわからない。
同行者が奥へ進みたいと言ったとき、止められるのか?
荷を捨てるべきだと判断したとき、従わせられるのか?
――撤退を決めたとき、その責任を誰が負うのか?
そこを曖昧に濁したまま、前衛を一人だけ求める依頼。
トッドは、依頼票の上に置いた自分の手を見た。
嫌に身に覚えのある曖昧さだった。
「護衛組合を通さずに、前衛たった一人だけ欲しいって依頼してくる時点でまともじゃねえよ」
オウルは、依然としてトッドの掌の下にある依頼票を指差した。
「腕の立つ奴が欲しいだけじゃない。揉めたときに、嫌われ役に徹する奴を一人置きたいって意味でもあるだろうさ。いざとなったら切り捨てやすいしな」
「はっ、俺も嫌われろってか?」
「向いてるんじゃねえの? 顔怖いし」
「余計なお世話だ」
オウルはおかしそうに笑った。
「まあ、護衛の仕事は護衛組合からもらったほうがいいぜ。とくにあんたはな」
そう言って、オウルは踵を返した。背中越しに手を振り、そのままコニーとジェムのもとへ向かって、何やら話し出す。
トッドはその背中をじっと見ていた。




