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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第3章 冒険者ギルド発足

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41.山羊飼いの小屋

 オウルは、探索者支援会を出てすぐ谷へ向かった。急ぐでもなく、散歩のようにのんびり進む。


 ニックブレード・タウンを出て二時間ほど歩くと、両側を山肌に挟まれた谷へ出た。谷底には浅い川が流れていた。ところどころに頭を出した石を伝えば、向かいの斜面へ渡れそうだ。

 見上げると、こちら側の斜面には人が一人やっと通れるほどの細道――山羊道が続いている。もう片側は、岩の露出した斜面だ。


 山羊道をゆるやかに登っていくと、カラン、カランと乾いた鈴の音が聞こえてきた。

 視線を上げると、向かいの斜面の途中で、灰色の毛並みをした山羊が放牧され、草を食んでいるのが見えた。さらに上のほうには、放牧犬と山羊飼いがいる。


 山羊飼いはオウルの姿を認めると、手を振った。それから山羊のあいだを抜けて斜面を下り、浅い川を慣れた様子で渡ってオウルのそばへ来た。


「おう、来たな。早かったじゃねえか」


「支援会で受けて、そのまま来たからな」


「そりゃ助かる。とりあえず、小屋に来いよ。休んでいけ」


 山羊飼いの小屋は、山羊道の先の少し(ひら)けた場所にあった。丸太を組んで石で隙間を埋めただけの簡素な造りだが、長年の風雨に耐えたような傷や修復痕が残っていて、大事に使われてきたようすが(うかが)える。


 中に入ると、獣と焚火の匂いがした。

 山羊飼いはオウルを木の椅子に座らせると、さっそく(かまど)に火を入れ、小鍋を温めはじめる。


「腹減ってるだろ。食ってけ」


 出されたのは、温かい山羊乳、硬い黒パン、塩気の強い山羊乳のチーズ、豆と根菜をごった煮にしたスープだ。腹を満たすには十分だった。


「じゃ、遠慮なく」


 オウルは素直に答えてパンをスープに浸し、山羊乳に口をつける。


「あんたみたいに話が早い奴がいりゃ、わざわざあんな紙を出す手間もねえんだがなァ」

 山羊飼いは、チーズを削りながら言った。

「最近は勝手が違って、どうもやりづれえ」


 オウルはスープの豆をすくいながら笑う。

「で、ハーピーの居場所は?」


「谷のずっと奥だ」と、山羊飼いは小屋の窓から、谷の奥を指差した。


「谷の突き当たりに岩壁があってな。中腹に岩棚が張り出してるとこなんだが……。そこから先に居ついていやがる。だが、谷に歌が反響しちまって、どこにいるかまではよくわかんねえんだ」


「なるほどな」


 オウルはパンの最後の一切れを口に放り込んだ。


「谷の突き当たりのほうへ、鳴子と忌避剤を仕掛けてきてくれ」


 山羊飼いは、部屋の隅に置いてあった袋を引き寄せる。袋の口を開けたところで、オウルも中身を覗き込んだ。

 イチロクが研ぎ直した鉄杭と、エスが見繕った忌避剤、それに音を鳴らすための鳴子が入っている。


「わかった。腹も膨れたし、これから行くよ」


「いや、今日は寝てけ。今は風が強すぎて、煙を焚いても流れちまいそうだ」


 山羊飼いはそう言って、小屋の奥に積んである乾いた藁を顎で示した。厚い毛布も一枚置いてある。

 オウルは「なら明日にしよう」とあっさり頷いて、袋を枕元に置き、藁の寝床に転がった。



 翌朝、オウルが起きると、竈にはもう火が入っていた。

 山羊飼いは、昨夜のスープを温め直したものと黒パンを出して外へ出た。オウルが黙々と食べていると、山羊飼いは外から戻ってきて、戸口で手を払いながら言った。


「風は落ち着いてる。煙も流されすぎねえ。行くなら今だな」


 オウルはパンを口へ放り込み、袋を肩にかけた。


「じゃ、さっさとやるかぁ」


「頼むぜ。あんたが死んだら依頼料が跳ね上がんだよ」


 山羊飼いが軽口を叩き、二人でひとしきりゲラゲラ笑った後、オウルは一人で小屋を出た。




 オウルは、水流をさかのぼるように山羊道を登り、谷の奥へと向かった。歌が届くという谷の突き当たりまでは、まだ距離がある。しばらく進み、視界を遮る岩を回り込んだところで、オウルはふと足を止めた。


 谷を挟んだ反対側の斜面に、さっき別れたはずの男がいる。山羊飼いは犬を一匹連れ、向かいの斜面の高いところをゆっくりと歩いていた。


 オウルはそちらを見上げて、声を張った。


「見張りなしじゃあなかったのか?」


 谷の斜面から、山羊飼いの声が降りてくる。


「俺ぁ山羊を見てるだけだよ!」


 そう言い返した山羊飼いの指先は、首から下げた犬笛を弄んでいる。

 オウルは喉の奥で軽く笑った。


「そうだったな。じゃ、山羊の番を頑張れよ」


 オウルは短く手を上げ、谷の突き当たりへ向かって歩き出した。

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