40.割に合わない依頼
竈の火加減を見ていたオウルと山羊飼いのやり取りを傍らで黙って聞いていたコニーが、口を開いた。
「今回は、ついていけなさそうですね」
「当たり前だ」
「じゃあ、お土産話をお待ちしてます」
オウルは火から顔を上げ、嫌そうに眉をひそめた。
「はあ? なんでだよ」
「どうやって勝ったのか、帰ってきたら聞かせてください!」
コニーが嬉々として頼み込んでくる横で、山羊飼いは「じゃあ、支援会にこの条件で出しておくからな」と念を押し、足早に礼拝堂を出ていった。
***
数日後。着々と冒険者ギルドに変わりつつある支援会の窓口で、ミラ・パーニアは山積みの書類仕事に追われていた。
冒険者ギルドが発足して以来、新しく作られた等級の規定に合わせた依頼票の処理が急激に増えている。依頼主は勝手がわからず無茶な条件を書き込み、探索者――冒険者たちは少しでも実入りのいい仕事を探して窓口に群がる。
頭痛をこらえながら台帳に目を通していると、カウンターの前に一つの影が立った。
「よお、ミラ。面白そうな仕事はあるか?」
顔を上げなくても、その軽薄な声だけで誰かわかった。パーニアは深いため息を一つ吐いてから、オウル・ダウングリーンを見上げた。
今日は、あの妙に懐いている赤等級の不憫な少女はいない。オウルは一人だった。
「パーニアさんと呼びなさい。……面白そうかどうかは知りませんが、あなたの等級で受けられる依頼は山のようにありますよ」
パーニアは手元の束から、まだ誰も受けていない依頼票を二、三枚引き抜いてカウンターに並べた。
「東街道の荷運びの護衛。報酬は銀貨四枚。それから、北の森での薬草採取。こちらは指定の薬草を見つけた量に応じた歩合制です」
オウルは依頼票にざっと目を落としたが、すぐに興味を失ったように視線を外してしまう。
パーニアは淡々と依頼票を引っ込め、別の束に手を伸ばした。
オウルがどんな仕事なら乗るのか、パーニアには見当もつかない。この男の行動原理は金でも名誉でもないからだ。割に合わない汚れ仕事を進んで引き受けたかと思えば、誰もが羨む条件のいい依頼を平気で蹴ってしまう。
「じゃあ、これはどうです。谷向こうの山羊飼いからの依頼です。困っているようなんですが……」
パーニアは、一枚の依頼票をカウンターに滑らせた。
ハーピー避けの忌避剤と鳴子の設置。依頼の目的自体は珍しいものではない。だが、パーニアは依頼票の備考欄を指差して、渋い顔をした。
「これ、条件が厳しいんですよ。『単独、同行者なし、見張りなし、討伐禁止、声を出さずに自衛できる者』。はあ……。こんなの、掲示板に貼っても誰も受けませんよ」
極めつけは、依頼料が銀貨三枚。
安すぎる。
ハーピーに餌をやりたくないのか、単に金がないのか。
同行者なし、見張りなし……などとわざわざ書かなくたって、とても同行者を連れていけるような金額ではない。
とはいえ、ハーピーを討伐するだけなら、遠くから攻撃できる者で対応できるだろう。弓手でもいいし、攻撃呪文を扱う神官や魔術師でもいい。
だがこの依頼では、必要以上に刺激したくないと言って、討伐を禁じている。
一番まずいのは、『声を出さずに自衛できる者』という条件である。
依頼主がハーピーの聴覚を恐れての条件だろうとは推測できるが、声を必要とする呪文に頼る者は、この時点でほとんど条件から外れてしまう。
つまり、遠距離から攻撃呪文を撃てる冒険者は使えない。
事務処理を担うパーニアにしてみれば、とんだ不良債権である。もう少し条件を緩めるように依頼主を説得しなければ、という話も上がっていた。
そう考えていたパーニアの前で、オウルはにやりと笑った。何かを見つけたような顔だった。この扱いに困る依頼票のどこに笑うところがあるのか、パーニアにはわからなかった。
「……依頼は、受けられて初めて意味があるんです。こんなふざけた条件では誰も受けませんよ」
「そうでもねえよ」
オウルは依頼票を指先でトントンと叩いた。
「おれが受けるからな。それで一件落着だろ?」
パーニアは胡乱な目でオウルを見た。
何か裏があるのか、それとも本当にただの気まぐれか。
「……本当に受けるんですか?」
「おれは呪文も使わねえし。条件には合ってるだろ」
オウルは平然と返した。
パーニアは納得いかないものを感じながらも、彼が緑等級であり、条件を満たしている以上、止める権限はなかった。だが……
――見張りもなく、たった一人でハーピーの歌を聞いてしまえば誰も引き戻せない。そうなれば、何の抵抗もできないまま、連中に臓腑を晒すことになるだろう。
受理印を押し、依頼票の控えをオウルに渡す。オウルはそれを受け取ると、軽く手を上げて踵を返した。
その背中に向けて、パーニアは最後に念を押すように聞いた。
「本当に、一人で行くんですか」
オウルは立ち止まらず、肩越しに振り返って笑った。
「そう書いてあるだろ」
それだけ言って、オウルは街の喧騒の中へ消えていった。




