表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第3章 冒険者ギルド発足

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/54

39.特殊な依頼条件

 A.P.ジェムは、《知識》の神を祀る本堂で育った孤児だった。


 字を覚えるのは誰よりも早かった。椅子に長く座ることもできた。この両方がそろっている孤児はそうおらず、彼は幼いうちから重宝がられ、早々に写字室へと回された。

 ジェムは毎日、古い皮紙(かみ)()えたインクの匂いにまみれながら文字を書いた。

 特に書くことが多かったのは、死亡記録だ。

 それは子供に任せてもよかった。――死因をちょっと書き間違えた程度で困ることは、あまりないから。


 記録を残すことは、《知識》の神に仕える者として不可欠な仕事だ。彼が毎日のように書いていたのは、死者の名前と、その理由。


 こうなる前に、何かできることはないのか。

 どうにかして、倒れた者のそばへ行けないものか。


 自分は神官(クレリック)として、神に〈奇跡〉を請うという恩寵を賜った。この奇跡があれば、この人たちの名前は、こんなふうに載らなかったのではないか。

 そうして冒険者ギルドの登録査定試験に参加し、黒晶山の坑道へ入ったのだった。


 現場は、本堂の教え通りには進まなかった。


 怪我人は泥と汚水にまみれている。清潔な寝台はおろか、道具すらない。

 何より、自分にできることが少ない。ジェムが使える神術の回数は限られているし、怪我人に近づいて治療しようと前に出れば、自分が殺されてしまいかねない。


 〈奇跡〉を請うのは重要だ。多く願えれば、それだけ多く救える。

 でも、それだけでは、だめだ。自分の不足は明らかで、自分の役割を探さなければならない。


 だからジェムは、橙等級(オレンジ)の革札をもらった後で、用水路の奥にある古い礼拝堂へ足を運んだのだった。


 N.C.エスのやり方は、本堂の基準から見れば、明らかに異端だった。

 相場を無視して高価な薬草を使い、寄進すら請わず。

 それでも、エスは怪我人の身体を直接見ている。薬草の効き目をその目で確かめ、ありあわせの道具で生かす手立てを持っている。

 ジェムにはそれが必要だった。




 ジェムは、両手に乾燥した薬草の束を抱え直した。

 礼拝堂の中は、土と発酵の臭い、それに薬草の強い青臭さが充満している。


 オウルは壁際の竈の前にしゃがみ込み、木の棒で火をつついていた。小鍋の中身が吹きこぼれないよう、退屈そうにあくびを噛み殺しながらも、火加減はきちんと見ている。

 オウルは小鍋から視線を外し、ジェムを見た。


「おまえ、《知識》の本堂にいなくていいのか?」


「その……。許可はもらってます」


 うまく返答できずに口ごもるジェムに、オウルはそれ以上追及しなかった。


「ま、あいつの薬は効くもんな」


 そう言って、オウルは何か思い出したように眉を寄せたかと思うと、ひどく嫌そうな顔をした。

 ジェムが首を傾げたそのとき、礼拝堂の傾いた木戸が叩かれた。

 返事も待たずに扉が開き、日に焼けた中年の男が勝手知ったる様子で入ってくる。


「エスさん、いるかい?」


「いるよぉ。いらっしゃい、山羊飼いさん」


「谷向こうでまた何か出たかな」とオウルはつぶやいて、また火加減に目を戻す。どうやら顔見知りらしかった。

 祭壇の奥から顔を出したエスに、山羊飼いは慣れた様子で用件を切り出した。


「いつもの苦い煙草と、とにかく嫌な匂いのする草を束で見繕ってくれねえか」


「忌避剤?」


「そう、ハーピー避けにしたい。崖道に居つきやがってな」


 エスは「了解、了解」とうなずき、棚から乾燥した草の束や小瓶を取り出し始めた。


「ものすご~く苦いから、燃やすときは風向きに気をつけてね」


 ジェムは、少し戸惑った。エスの手元に置かれていく草や小瓶は、治療用ではない。魔物を不快にさせる道具であり、人間相手に薬になるというわけでもない。エスはにこにこと作業を続けている。


「おい、あんた。崖道に仕掛けると言ったな」


 横から割り込んだのは、腕を組んで立っていたイチロクだった。


「ああ、鳴子と苦煙袋を仕掛ける」


「杭は? 岩肌に打つつもりなら現物を見せろ」


 山羊飼いが背嚢から鉄の杭を取り出すと、イチロクはそれをひったくるように奪い取った。


「岩を割る気か? 先を研ぎ直してやるから、そこに置いておけ」


「そ、そりゃ助かるが……」


 山羊飼いは圧倒されたように頷き、それから竈の前に座っているオウルに目を留めた。


「あれ! あんた、オウルじゃねえか? おお、ちょうどよかった!」


「ん?」オウルが火から目を上げる。


「オウル、この依頼を受けてくれよ」


「そりゃ内容による。つまんねえなら断るぞ」


「そこは安心しろ。あんたのイカれた頭じゃ楽しいに決まってる」


 ほとんど貶すような物言いに、ジェムはおそるおそるオウルの顔色を窺ったが、彼はむしろ興味を惹かれたように山羊飼いへと向き直っていた。

 山羊飼いは話を続ける。


「崖道の手前に、鳴子と苦煙袋を仕掛けてきてほしいんだ。歌が聞こえる位置まで人が入らないようにしたくてさ」


「ふーん。一人(ソロ)でか?」


「そうだ。ハーピー相手にぞろぞろ連れて行けるか? 感づかれちまうだろ。隠れても無駄だ。足の速いやつがいい」


「受ける」と、オウルは言った。「詳しい話を聞かせろ」


 すると山羊飼いは、言いづらそうに頭を掻いた。


「あー……。本当は直接頼みたかったんだがな。最近は危ない仕事を私的に頼みにくくってな。支援会か冒険者ギルドだかに、ちゃんと依頼票を出せって言われるんだよ」


 オウルは軽く笑った。


「支援会で受けろってか?」


「一人依頼にすりゃ、あんたしか受けねえだろ」


「いやあ、ソロだけじゃ足りねえよ。支援会にどんだけバカがいると思ってんだ?」


 山羊飼いがため息を吐いた。


「じゃあ、なんて書けばいいんだ?」


単独(ソロ)。同行者なし。見張りもなし。討伐禁止。声を出さずに自衛できる者。――このくらい書け」


 うええ、と山羊飼いは顔をしかめる。

 ジェムも息を呑んだ。声を出さずに自衛できる者――それでは、自分を含め呪文遣いはほとんど使い物にならない。


「そんな依頼、通るかねえ?」


「ハーピーにちょっかい出して、群れを怒らせるほうが厄介だろ。声を出すなってのも嘘じゃねえし。誰も引き受けなければ条件をゆるめる。『これ以上、山羊を減らせないんです!』とでも言っとけ」


「引き受けるやつはいねえだろうなぁ」


「いねえな」オウルはにやりと笑った。「だからいいんだろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ