3.見てられない男
パーニアは、改めて二人を見た。
オウルはけろっとした表情で壁際にもたれている。ドワーフは額を抑えたまま、悪態をぶつぶつ漏らしていた。
「石は喋っとるだろうに……」
「なんだ、ラリってんのか?」
「貴様は黙っとれ!」
ニックブレード・タウンの厄介さを、極端な形でヒトの形にしたような二人だった。
まず、オウル・ダウングリーン。
傭兵風の格好をしたヒューマンの若い男だ。くたびれた濃紺の胴着に、上から擦り切れた革の胸当てを重ね、膝下までの長靴を履いている。もっとマシな装備を与えて黙らせておけば、どこぞの小領主に抱えられた護衛騎士にも見えるだろう。だが、この男からは忠誠の匂いがまるでしない。
護衛組合からの勧誘を頑なに断り続けているが、それで正解だろう。オウルは人や荷物を守るのにまるで興味がないし、気まぐれで臨時パーティーを組んでも十日と持たないからだ。
そういうわけで、普段は独りで汚れ仕事を選ぶ。ドブさらいついでの糞喰らい退治、下水道に住み着く肥大した鼠の駆除、悪い妖精の討伐。それらをこの男は平然と受け入れる。
新米に押し付けられがちな割に合わない依頼を進んでこなす、イカれたベテランなのだ。
そのほうが命懸けで、楽しいからである。
だがそれについては何も言うまい。助かっていることに変わりないのだから。
もうひとりは、あのドワーフだ。
背はヒューマンのみぞおちほどしかないが、肩幅の広さと堂々たる風格のせいで小さくは見えない。
絶対に名乗ろうとしないので、名前は知らない。もっとも、ドワーフにとって名前とはそれほどの重みを持つものだし、無理に聞き出そうとする者もいなかった。支援会でもこのデミヒューマンはずっと「ドワーフ」で通っているし、街にドワーフは一人きりだから、それで困ることもなかった。
わかっているのは、このドワーフの審美眼が常軌を逸しているということだけだ。そこらの質屋、行商、鑑定士でさえ見落とすような傷や研磨の癖をすぐ見抜いてしまう。岩窟に棲むドワーフ族らしいといえばその通りだが、石を雑に扱われるとすぐに正気をなくし、太く厚い手で相手の胸元を引っ掴み、強引に引き下ろそうとしてくる粗暴者なので、ドワーフの中でも狂人の部類なのだろう。
ニックブレード・タウンの人間はドワーフをこの名無ししか知らないので、ドワーフといえばこの石狂いなのだった。
パーニアはもう一度、大きく息を吐いた。
ドワーフは額をさすりながら、いかにも不機嫌そうにパーニアを睨みつけた。その目が、パーニアの腕につけられた腕章に向く。
「だいたいお前さんは何なんだ。見たところ支援会の人間らしいが」
「ええ、そうです」パーニアは即答した。
「探索者支援会の職員です。馬鹿の尻ぬぐいをしています」
「それならば話も早かろう」ドワーフは一歩前に出る。
「あの阿呆はまるで石を見なんだ。あれで査定を名乗るのは詐称だろうよ」
「うちは冒険者ギルドの仲介を任されただけでしてね。不満は上げておきますが、どこまで通るやら」
探索者支援会は、あくまで立ち上げの窓口を押しつけられただけである。説明会の場所を貸し、登録希望者を集め、苦情の矢面に立たされているだけだ。面倒ごとの受け皿にされるのはいつものことだった。
その話を聞いたオウルがいかにも面白がるように目を細めたので、パーニアは余計に頭が痛くなってきた。
「ありゃあどっかで出来レースになるぜ。どうにか横に座らせてくれねえかな」
やはり、ろくでもない男だ。
一方、ドワーフはしばらくぶつぶつと査定の文句を言っていた。石を見ていない、声も聞こえてない、あれで鑑定士を名乗るとは片腹痛い、などと、誰に聞かせるでもなく吐き捨てている。
オウルは適当に聞き流していた。そろそろこの場から消えるつもりだったらしく踵を返そうとしたが、ふとドワーフの目がオウルに向かった。腰回りから足元へ、舐めるように移る。
「待て、若造。その格好でどこへ行くつもりだ?」
オウルはめんどくさそうに立ち止まった。
「どこだっていいだろ。このボロだってニックブレードじゃ上等なほうだ」
「背嚢は?」
「取られた。どうせ山じゃ邪魔だったけどな」
ドワーフは黙り込んだ。
「……水や食料は?」
「それに入ってたよ」
「金は?」
「それも背嚢の中だな」
パーニアはそこでようやく、オウルの格好がいつも以上にひどいことに気づいた。背負い袋もなければ、腰に提げるはずの革水筒や食料袋も見当たらない。腰にあるのは、柄の折れた槍先を革紐でくくりつけたものだけだ。荷らしい荷をひとつも持っていなかった。
ドワーフは今度は長めに黙った。オウルを頭からつま先まで眺め回し、それから吐き捨てるように言った。
「……追い出されたのか。身ぐるみ失ってまだ平気な顔をしておるとはな」
「まあ、どっちもよくあることだしな」
「楽天家だな。いっそ腹立たしいわ」
「おだてても何も出せないぜ」
「阿呆が、見苦しくて敵わんと言っておるのだ」
追い出されたばかりで一文無しだというのに、困窮より先に軽口が出るあたり、本当にどうしようもない。
「ああ、腹が立ってならん」
ドワーフは、石を雑に扱われたときと同じように、今度はオウルの有様に腹を立てていた。手入れされていない物や、あるべき姿をしていない物への不快感だ。このドワーフの怒りは、いつだって物のあり方や状態のほうへ向く。宝石の傷、研磨の癖、査定の不備、そして荷も金も失ったまま平然としているヒューマンの装備。おそらく、この石狂いにとっては全部同じ種類の見苦しさなのだろう。
「ついてこい、若造」
そう言って、ドワーフは石畳の通りを奥へ向かって歩き出した。重そうな靴が石畳を踏み、大きな音を立てる。
オウルのほうも、それを止めようともしない。むしろ楽しんでいるようにさえ見える。
どちらも厄介者だ。
片や腹を立て、片や面白がっている。厄介者同士は、ときどき妙なところで噛み合うらしかった。




