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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第1章 冒険者ギルドができるらしい

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2.公平で健全な冒険者ギルド ②

 声は前庭の端から上がったらしい。そこには様々な持ち込み品を抱えた列ができていて、その先頭でひとりのドワーフが係員に食ってかかっていた。見事に編み上げられたひげを揺らし、小さな石を守るように卓上へ伏せている。


「お前らは節穴揃いだ!」


「ですから、これは設立前の仮査定でして……」


 オウルはそちらに目をやった。持ち込み品を並べるための卓が急ごしらえで設けられており、横には〈持ち込み品査定受付〉と書かれた看板が立っていて、そこで若い係員が困り切った顔で対応していた。


 なるほど、持ち込み品の査定。拾い物に値をつける窓口まで用意してあるらしい。親切な話だ。

 オウルがそんなことを考えていると、ドワーフはさらに怒鳴った。


「仮だろうが何だろうが、ありえん!」


 ドワーフは、オウルの親指の爪ほどの黒晶(こくしょう)を指先でつまみ上げた。黒い魔石の表面には、濡れたような艶がある。日の光にかざすその顔には、石に謝ってでもいるような、申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。


 対して、オウルはみるみる笑顔になる。


 石ひとつでも揉め事は起きる。

 それなら、人間に等級(ランク)をつけようとしたら、一体どんな厄介事が起きるだろう?


 オウルは人垣を抜け、その揉め事のほうへ歩き出した。そして列に堂々と割り込み、ドワーフさえ押しのけて係員の前に立った。


「なあ、おれのも見てくれよ」


 そう言って、オウルは何も持っていない手を卓に出す。

 係員は怪訝そうに眉をひそめた。


「あ、えっと、あの、品物は?」


「ない」


「あの、……冷やかしなら、お引き取りいただいて……」


 オウルは笑って、「モノがなきゃ値はつけられない。そりゃそうだ」と当たり前のことをこぼした。ドワーフが、オウルをぎろりと睨む。


「何だ、お前は?」


「見物」と、オウルは空の手を卓に置いたまま言った。目は係員を捉えたままだ。

「で、それのどこを見て値を切ったんだ?」


 係員より先に、なぜかドワーフのほうが食ってかかった。


「おい。いまうちの魔石(いし)を〝それ〟呼ばわりしやがったのか?」


「てめえはあとだ。黙ってろ」


 係員はすっかり怯んでしまって、「仮査定ですので、あの、まずは基準表に沿って……」と口ごもる。それを聞きつけたドワーフは、待っていましたとばかりに卓をぶっ叩いて叫んだ。


「ほれ見ろッ! こやつ紙切れを見ておる! 魔石(いし)には一瞥もくれなんだ! そも、石は喋っとろうに耳まで節穴か!」


「黙ってろっつっただろ!」と、オウルはドワーフの額をべし、と手のひらで叩いた。引っ張りやすそうな編み込みのひげには触らなかった。そこをやると本気の喧嘩になると知っていたからだ。


「今こっちが話してんだ、邪魔すんなよ」


「何をやってるんですか!」


 支援会の建物の入り口から、凛とした声が割って入った。


 人垣が割れ、〈探索者支援会〉の腕章をつけた女がずかずかと歩いてくる。濃紺の上着に、歩きやすそうな革靴。書類仕事の人間らしい格好だが、場慣れした足取りだった。


「オウル、またあなたですか」


 オウルはドワーフを叩いた手を、そのままあいさつのために上げた。


「久しぶりだな、ミラ。顔を見ないもんで、てっきりどっかに飛ばされたのかと」


 女職員――ミラ・パーニアはオウルを見て、形のいい眉を吊り上げる。


「パーニアさんと呼びなさい」


「今さら? 舌がもつれちまうぜ」


「昔から許していません。――騒ぎを起こすな、と何度言えばわかるんです?」


「騒ぎ? とんでもない。査定を見学してるだけだ」


「手が出る見学があるか!」


 パーニアはぴしゃりと言い返し、それから係員とドワーフとオウルを順に見た。卓の上の魔石、怯えて半泣きの係員、額を押さえながら殺気立っているドワーフ。


「……なるほど」


 そう言った声には、呆れ半分に納得が半分混じっていた。


「オウル・ダウングリーン。まずあなたは通りへ出なさい。ドワーフのあなたもです。続きはそこでやってもらいます」


「わしは話が終わっておらん!」


「ですから、向こうで続きをやれと言ってるんです」


「こやつは石を見ておらんのだぞ!」


「それも向こうで聞きますから。出なさい。三度目はないですよ」


 パーニアはそう言って、オウルの腕を引き、ついでにドワーフの背を押した。オウルは抵抗しなかった。ドワーフはぶつぶつ文句を言っていたが、パーニアの腕に巻かれている腕章に逆らうと面倒なことになると知ってはいたらしい。露骨に渋面を作っただけで、暴れはしなかった。



 ***


 仮設会場から二人を押し出し、通りへ出たところで、ミラ・パーニアは濃紺の上着の袖を払って深く息を吐いた。


 背後からは説明会のざわめきが聞こえている。目の前では、ドワーフが額をさすりながら係員の悪口を吐き、オウルは面倒くさそうに支援会の石壁へ寄りかかっていた。


 (たん)(さく)(しゃ)()(えん)(かい)は、こういう連中を馬車馬にして(くつわ)を噛ませ、尻を叩いて街に放つ窓口である。


 一昨日は酔って宿屋の看板に斧を投げた探索者を引きずり出して弁償させ、昨日は治療院の待合室で喧嘩しだした五人を殴って止めた。今日は説明会で言い争いだ。


 冒険者ギルドなるものを作るのは勝手だが、毎日のようにいざこざを起こすろくでなしどもを管理できると本気で思っているのなら、とんだおめでたい話だった。


 そもそも、探索者支援会は立派な理念から生えた組織ではない。

 荒くれものが街に増えすぎて、役所、宿屋、酒場、治療院がトラブルを処理しきれなくなったために、必要に迫られて継ぎ足された厄介ごとの受け皿にすぎない。


 探索者。

 街で持て余した連中を未踏地の踏査や街道の先行調査へ回していたうち、そう呼ぶようになったらしいが。


 実態は(てい)のいい厄介払いである。


 新しくできる(ぼう)(けん)(しゃ)ギルドとは、まるで違う。

 探索者支援会はせいぜい、登録者に仕事を繋いで、揉めたら尻を拭くくらいだ。

 だが、冒険者ギルドは違う。仕事の仲介だけでは済まない。探索者(あちらに言わせれば、冒険者というちょっと夢見がちな名称になるらしいが)を、労働力として抱えたがっている。


 その発想自体は、わからなくもない。

 この街――ニックブレード・タウンには無法者が多い。今日みたいに往来で小競り合いをするくらいならまだ平和で、道行く女子供を攫おうとして返り討ちに遭った連中が、まとめてゴミ箱に突っ込まれているような街だ。

 まともな人間ほど、まとめて管理したくもなるだろう。


 だから、冒険者ギルド最初の支部に、よりにもよってこの街が選ばれた。

 改革の名目が立ちやすいからだ。

 強引な運用も「治安のため」で押し通しやすいし、うまくいけば街興(まちおこ)しの事例として宣伝できる。失敗しても「ニックブレード・タウンは救いようがなかった」で済む。


 最悪の街だ。

 だが、よそから来た連中に都合よく街を利用させていい理由にはならない。

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