1.公平で健全な冒険者ギルド ①
オウルは、公平と健全を売り文句にした〈冒険者ギルド〉開設の説明会へやって来た。
そして説明を半分も聞かないうちに、これではいくらでも八百長ができるな、と思った。
オウル・ダウングリーンは、根無し草である。
金、服、食料、ときには自分の命すらもチップ代わりに賭け事へ放り込んで食いつないでいるろくでなしだった。
オウルは今日の明け方、この街の城門へ辿り着いた。泥と血とよくわからない液体にまみれた姿を門番に見咎められ、馬小屋の水桶で頭から水をぶっかけられた。着の身一つで、服が乾くまで他に着るものがない。普通ならふて寝でもするところだが、オウルは全裸のまま――獣の牙に裂かれた腕や脇腹の傷が開くのにも頓着せず――馬小屋から出てきた。
そして、開いた傷に血を滲ませたまま、門番が腰に差していたカード箱を指差した。
「暇だろ? 服が乾くまでやろうぜ」
二人の門番は「全裸の流れ者と何を賭けるんだ」と顔をしかめたが、結局はオウルの舌先三寸に乗った。それくらい暇だったのである。
そこでオウルは利が残る程度に勝ち越した。もとの革鎧はズタズタで使い物にならなかったので、門番から古い胸当てをもらうことにした。城門の上で風に晒してすっかり乾いた上着とズボンに合わせると、ようやく乞食と間違われない程度の見た目になった。
オウルは遊びが好きだった。
うまくやれば勝てて、しくじれば損をする。そういうものはだいたい遊びだ。カードやサイコロを使う賭け事も、その一つでしかない。
遊びにはルールが要る。
そのために、オウルはとりわけ《公平》と《健全》を好んだ。
彼にとっての健全は、騎士団に首を刎ねられかねないイカサマまみれの違法賭場にさえ存在した。胴元が厳格でルールが公平ならば、オウルにとってそれは十分に健全だったので。
だから、冒険者ギルドの告知は、オウルの耳には心地よく響いたのだ。
オウルが探索者支援会――まともな勤め口にありつけなかった連中にとっての最後の職業斡旋窓口――の石造りの建物前に辿り着くころには、前庭に設営された仮設会場が賑わっていた。壁際に設置された大きな掲示板の前に人だかりができている。
オウルは人垣の最後尾に立ち、様子を眺めた。
誰も彼も、顔をうっすら明るくして、新しくできるという冒険者ギルドに期待しているのが見て取れた。革鎧の少年、僧服の少女、柄革の傷んだ剣を吊るした傭兵。よれた外套の魔術師。薄汚れた矢筒を背負う弓手。どこを見ても仕事にあぶれていそうな顔が並んでいる。
掲示板に貼られている粗紙の内容は、ずいぶん立派だった。
『登録者は七段階の等級に分けられます』
『依頼は等級に応じて受注可能範囲を定めます』
『昇級には実績および昇級試験を要します』
『危険度の確認、報酬の精算、戦利品の査定はギルドが行います』
『回復資材の支給は規定に基づいて配布されます』
すばらしい。実に耳当たりがいい。ここまでは、いかにもまともな制度に見えた。
木箱の上に立った説明役の男は、群衆を見下ろしながら、いかにも感じのいい声で話し始める。
「登録後は、ギルドの規定に従って依頼を受けていただきます。皆さんの等級に応じた案件をご紹介しますし、必要な支援、査定、精算もこちらで一括して行ないますので、安心して〈冒険〉していただけますよ」
つまるところ、依頼の受付も、振り分けも、等級を決めるのも、戦利品の査定も、この冒険者ギルドとやらがまとめて握るつもりらしい。
はあ?
マジで言ってんのか?
生真面目な顔が並ぶ中で、オウルは危うく吹き出しかけた。なんとか堪えて、説明役の顔をまじまじと見た。どうやら、冗談で言っているのではないらしい。
一括。便利な言葉だ。
つまり、そこへ口利きできるなら、全部に手が届くということでもある。
たとえば、危険な依頼を誰に回すか。
誰のランクを上げ、誰を据え置くか。
戦利品にいくらの値をつけるか。
しかも、それをやるためにわざわざ冒険者ギルドの職員に収まる必要すらない。
商人でも、宿屋でも、金持ちでも、単に顔の利く奴でもいい。
中にいる誰かの耳元で囁けるなら、それで十分。
悪用しようと思えば、手はいくらでもある。
もちろん、そんな馬鹿でかい穴は塞いであるはずだが。
――塞いであるよな?
オウルは説明役の顔を見た。男はどこまでも生真面目な顔をしていた。
「はは」人垣の後ろで、オウルは思わず吹き出した。
数人が振り向く。説明役の男も、人垣の後ろにいたオウルを目ざとく見つけた。
「何か問題でも?」
「や、思ったより真面目に話すんだなと思って」
「もちろん、遊びではありませんよ。〈冒険〉は命懸けですから。皆さんの安全を守るための制度です」
「安全、ねえ」オウルは肩をすくめる。
説明役は怪訝そうに眉を寄せた。
オウルはそこで初めて、ほんのちょっとだけ、わくわくしてきた。
安全。
ところで三日前、オウルはパーティーを追放された。
「お前がいたら、命がいくつあっても足りない」
「これ以上、パーティーのみんなを危険にさらさないでくれ!」
そう言われ、死の山の中腹で荷を剥がされ、そのまま置いていかれた。背嚢はおろか、水や食料さえ持たされなかった。オウルならそれでも帰ってくると高を括っていたのかもしれない。
死の山。運び屋も案内人も嫌がる、とりわけ帰還率の低い山である。危険にさらすな、と叫んだ舌の根も乾かぬうちに、追放者から身ぐるみ剥いでそんな場所へ置き去りにしていったわけだ。自分で手を汚したくない連中の、少々見苦しい追い出し方ではあった。
それはともかく、なんて気が利くんだろう、とオウルは思った。
泥を撥ねる雨粒。ぬかるんだ獣道。二日まともに食えず、装備はろくに研いでもいない短槍と、薄っぺらな革鎧だけ。盤面は最悪だった。命も賭かっていた。
だから――最高だった。
死を覚悟したのに勝てた。最後の一匹にとどめを刺したときの気持ちよさといったらなかった。
クズ手札で卓につかされることなぞ珍しくもない。装備も腹の具合も天候も選べない。それがどうした? 腹を空かせた狼に囲まれたなら、そこでやることは二つに一つだ。生きるか、死ぬか。
少なくとも、誰かが裏で配当をいじってはいなかったし、山の狼どもは胴元の真似事まではしなかった。
だから、まだ筋が通っていたのだ。だが、こいつらの言う〈冒険者ギルド〉では、勝負にさえならない。
こんなものは――
「話にならん!」
腹の底から響く怒声が響いた。




