37.指輪は誰のもの?
職員が肥大した鼠の前歯を入れた油紙の袋を抱えて、奥へ引っ込む。その後ろ姿を見送ってから、コニーは「あの……」と口を開いた。
「受付さん。地下水路で、ネズミ以外のものも見つけて……」
そう言って、コニーは銀の指輪をカウンターに差し出した。パーニアはそれを摘まみ上げて、まじまじと見つめる。
「拾得物ですか」
ごつい銀の指輪で、印台に細かな意匠が彫り込まれている。手紙や契約書に判を捺すための印章指輪だ。
「どこの印かわかれば、持ち主もわかるんじゃねえの」と、オウルが横から覗き込んで言う。
「ええ、同じ印が押された書類を当たって――」
平らな印台に彫り込まれた細かな意匠をまじまじと見つめていたパーニアは、そこで動きを止めた。そして、カウンターの奥へ声をかける。
「セロウ! 最近届いたギルド準備局の書類控えをください。支給品納入の束をすべて!」
奥から男性職員が(等級査定試験のときに説明をしてくれた職員だ、とコニーは気づいた)分厚い束を持ってきた。
パーニアはそれをめくり、ある一枚の書類の上へ指輪を置く。書類の端に押された赤い封蝋の印と、指輪の印台が完全に一致していた。
「おかしいですね」パーニアは書類から目を上げずに言った。
「この印の主である商人は、ひと月ほど前から行方不明なんですが」
「死んだんだろ」
「でも、この支給品納入の書類が受理されたのは、先週なんですよ」
「へえ~」オウルは面白がるように口角を上げた。
「じゃ、死人の印章を使って、ギルドと取引してる奴がいるわけだな」
パーニアはカウンターの上に置かれた指輪と、山積みの書類を交互に見やり、深く息を吐いた。
「……持ち主の行方について照会を出します。この印が不正に使われたものなら、ただの紛失騒ぎじゃ済みませんから」
「結果が出たら教えてくれよ」
「いやです。――と、言いたいところなんですが。拾ったのはあなた方ですからね。進展があればご連絡します」
パーニアは銀の指輪を小さな布の上に置いた。
オウルはそれを見て「じゃ、任せた」とさっさとカウンターに背を向ける。探索者支援会の建物を出たところで、オウルは振り返った。当たり前のように後ろを歩いているコニーを見下ろす。
「なんでついてくるんだよ。あの場でミラをなだめるための嘘じゃなかったのか?」
コニーは少し首を傾げた。
「受付さんのこと、ミラって呼んでるんですね」
「ゴシップ好きか? 長生きしたいならやめとけよ」
「そうですね」
それから、コニーは押し黙った。なぜついていきたいのか。すぐには答えられない質問だった。通りのほうから流れてくる粗野な喧騒を聞きながら、背嚢の肩紐をぎゅっと握り直した。その間、オウルは退屈そうだったが、じっと待っていた。意外に忍耐強い。相手の札が開くまで待つ賭け師の性分だろうか。
「その、……オウルさんのそばにいると、生きる確率が上がるというか」
「はあ」
「何をすると危ないとか、何を拾えばお金になるかとか」
「そりゃあ便利な先生を見つけたな」
「いえ。先生じゃないです」と、コニーは首を振った。
「隠れ蓑ですかね」
オウルは短く笑った。コニーは続ける。
「赤等級のわたしが一人で行ける場所はあんまりありません。でも、オウルさんについていけば、いろんな場所にいけるんです」
「おれを利用したいわけだな」
「はい」
コニーは目をそらさずに頷いた。
「でも、オウルさんも、わたしを荷物持ちに使ったでしょ」
「そりゃあな。雇ったんだから」
オウルは軽く手招きして、掌を上に向ける仕草をした。コニーが掌を差し出すと、オウルはそこへ、ちゃりちゃりと音を立てて硬貨を載せていく。
やがてコニーの掌に、約束の銀貨六枚が重なった。
夕暮れ時の通りは、家路を急ぐ者たちや、すでに酒の入った者たちで賑わいつつある。コニーはオウルの顔を見上げて言った。
「あのドワーフさんの工房へ寄ってもいいですか? カンテラとか、お礼ちゃんと言えてなかったので」
「礼ねえ……」
オウルは肩をすくめた。
死人の指輪、不正らしい書類……。冒険者ギルドで早くもきな臭いもめ事が見えて、どんどん面白くなってきたところだ。今日は少し気分がいい。コニーの言い分を断る理由も持ち合わせていない。
「まあ、どうせこの先だ。ついでに行くか」
オウルは工房通りのほうへ向き直った。コニーはほっとした様子で、オウルの半歩後ろをついていった。




