36.ロクデナシとルーキー ②
ミラ・パーニアは、いつものとおりに探索者支援会の窓口にいた。
その日、カウンターの前に、見慣れた顔が立った。
オウル・ダウングリーンだ。
……この男と初めて会ったときも、カウンター越しだった。
パーニアがまだ受付に入ったばかりの頃だ。
オウルはまだ少年と呼んでいいような年齢で、声変わりもしていなかった。片腕で血まみれの探索者を支え、半ば引きずるようにしてカウンターまで来ると、もう片方の手で血のついた依頼表を差し出してきた。
その場にいた者は、オウルに支えられていた探索者を見ていた。誰かが「囮にでもしたのか、ダウングリーン!」と怒鳴ると、オウルは「囮にすらなりゃしねえよ。こいつの間抜けな戦い方をてめえらにも見せてやりたかったぜ!」と煽り返す。場はますます険悪になっていった。
パーニアがふと依頼表に視線を落とすと、差し出された腕から血が滴っていることに気づいた。
「……その。あなたも救護室に行くべきでは?」
「ほっとけよ」
自分のことにもかかわらず、オウルは言い放った。
「姉ちゃん、支援会に向いてねえんじゃねえか? ロクデナシが怪我したくらいで心配すんなよ」
支えられてきた少年探索者は助かった。
そのとき、オウルもまた未熟な少年で、担いできた相手ほどではないにせよ、ひどく怪我をしていた。そのことに気づいたのは、その場ではおそらくパーニアだけだった。
今や青年になったオウルは、懐から依頼表を取り出してカウンターに置いた。血はついていなかった。
「幼体も潰しといたぜ。しばらくは大丈夫だろ」
「ありがとうございました。水路組合のほうで確認が取れ次第、報酬をお渡しします」
ここまでは、ただの討伐報告だった。
パーニアは依頼表を確認し、「討伐証明は?」と顔を上げる。
そのとき、報告を終えたオウルの隣へ、重そうな油紙の袋を抱えた少女がやってきた。首には赤い革札を下げている。少女はカウンターに袋を置き、中から大鼠の前歯を包んだ小袋を取り出した。泥や血はきれいに落としてあるが、生臭さがまだ残っている。
「あの、これが討伐証明? です」
さすがのパーニアも目を剥いた。
「オウル! あなた、赤等級の女の子を連れまわしたんですか!?」
パーニアが詰め寄ると、オウルは事もなげに答えた。
「いや、こいつが連れてけって言ったんだよ」
少女の荷物には、質の良いカンテラが吊るされている。初心者が持つような代物ではない。
「装備まで買い与えておいて、よくもまあそんなホラが吹けますね!!」
パーニアはオウルの釈明を聞こうともせず、コニーの肩に手を置いた。少女にはまだ下水道の悪臭がわずかにこびりついているが、パーニアをきょとんと見つめる目は純真で、パーニアはそっと安堵する。怪我はない。恐怖におびえてもいないし、怒ってもいない。それでパーニアはひとまず息をついた。
「大丈夫だった? ああ、もう! こんなロクデナシと組まなくていいんだからね!」
パーニアがなだめるように言うと、コニーは少し困ったように眉を下げた。
「いえ、その……。できれば、また、オウルさんについていきたいな、と、思ってて……」
パーニアは両手で口を押えて絶句した。
オウルもまた、理解できないという顔を隠そうともせず、自分のこめかみを人差し指でトントン叩いてみせる。
「こいつイカれてんだ」
「オウル!!」
「怒る相手が違うだろ、ミラ? ロクデナシに懐いてる新人を正気に戻してやれよ」
「パーニアさんです! ――あなた、一体何をしたんです!?」
「ネズミ退治だよ」




