34.エンカウント
「カンテラはその辺に置いて、さっさと剣抜け」
「やだー! むかつく!」
口布越しのくぐもった声で叫びながら、コニーはカンテラを壁際の床へ置いた。そのまま腰の鞘から片手剣を素早く抜く。
「忙しいやつだな」
オウルはすでに動いていた。泥の溜まりから這い上がろうとした肥大した鼠に向けて、左手でナイフを投げ放つ。刃はジャイアントラットの前脚に深く突き刺さった。
ジャイアントラットが甲高い鳴き声を上げる。ますます怒り狂ったネズミは、汚い泥を激しく跳ね上げながらオウルめがけて飛びかかってきた。
オウルは横へ躱そうとするも、足元に飛び散った泥で靴底を滑らせた。左脚にまだ残る怪我のせいで、とっさの踏ん張りが利かない。
「おっと、」
ジャイアントラットの分厚い肩が、オウルの腹にぶつかる。オウルは鈍い音を立て、ずざっと後ろへ押し込まれた。
「外したなぁ」
そう笑いながら、オウルは右手に持った短剣をジャイアントラットの耳の下――首の肉が薄いところへ、深く突き入れた。
その間、もう一匹は鉄格子の奥から鼻先を出していた。飛び出してくるわけでもなく、こちらの様子を伺っている。
コニーはカンテラの光を背に受けつつ、片手剣の柄を両手でぎゅっと握り直した。
「ど、どうしよ……」
格子の奥には二匹目がいる。そいつを追うには泥中へ踏み込まねばならないが、戦うには足場が悪すぎる。
コニーは、オウルに食いつこうと藻掻く一匹を見た。ジャイアントラットの注意はオウルに集中し、コニーのことなどまるで見ていない。
コニーは横から踏み込み、
「やあッ!」
片手剣をジャイアントラットの脇腹へ力任せに突き刺した。
ギャア、と悲鳴が上がる。コニーは息を荒らげながら剣を引き抜き、足場を確かめるようにすり足で半歩下がった。
ジャイアントラットがぐるりとコニーのほうへ首を向ける。後ろ脚に力を込め、オウルを押しのけるようにしてコニーのほうへ体を向けたその隙に、オウルが短剣をジャイアントラットの背を斬り払った。その勢いでジャイアントラットは泥の上に叩きつけられ、痙攣して動かなくなる。
直後、格子の奥にいた二匹目が、ずるりと出てきた。
先ほどオウルが水路の詰まりになっていた木片を抜いたせいで、巣材のあった場所には濁った水がぞくぞくと流れ込んでいる。
巣に籠ろうにも流れ込んでくる水を嫌がってか、ジャイアントラットは格子から鼻先をこちらへ突き出し、格子の隙間から身体をねじって逃げ出そうとしていた。
「そっから出てくるぞ、コニー」
呼ばれてコニーは反射的に走り出し、泥に踏み込んで片手剣を突き出した。
刃先がその顔を浅く裂く。ジャイアントラットは短い鳴き声を上げて仰け反った。逃げ場を失った大鼠は強引に前へ押し出ようとし、自分の口元にあるコニーの剣先に噛みついてきた。
コニーはとっさに下がろうとしたが、足はくるぶしまで泥に嵌まり込んでうまく抜け出せない。
ガチ、と強靭な歯がコニーの剣を挟み込み、腕ごと持っていかんばかりに強く引かれる。コニーは柄を両手で握り締め、腰を落とした。引かれる力に逆らい、そのまま刃をぐんとひねる。
剣先がジャイアントラットの口の中を切り裂いた。大鼠は痛みに耐えかねて口を開き、怯んで体勢を崩した。
空いた脇腹へ、オウルが短剣を突き込む。泥の中で身をよじるジャイアントラットから素早く短剣を引き抜くと、すぐさま二撃目をうなじへ叩き込んだ。
ごきり、と首の折れる音が響き、二匹目のジャイアントラットは泥の中に崩れ落ちた。
コニーは剣を握ったまま、しばらく動けなかった。
泥に嵌まった足元から、ぬるい水がじわじわ染み込んでくる。
「……終わっ、た?」
ようやく息を吐いた、その直後。格子の奥で、チィ、と小さな鳴き声がした。
コニーは顔を上げる。
「えっ、まだいる……?」
「そりゃいるさ」
オウルは短剣の血を振り払いながら、特に驚いた様子もなく格子を見る。
「面白いとこは終わりだ。あとはつまんねえ後始末だな」
オウルは汚水と泥の中に膝をつき、格子の目に詰まったゴミへ短剣を差し込む。そうして溶けかけの草、千切れた布切れ、動物の骨、腐りかけた木片などを引っかけ、手前に掻き出しはじめた。




