33.旧東門へ
「行くって、どこにですか?」
「旧東門のほうだ。水汲みに行ったとき、『水が流れない』って話だったろ」
オウルは背嚢から布を二枚出し、一枚をコニーに放った。
「これで鼻と口を覆っとけ。詰まりの近くはひでえぞ」
コニーは言われたとおりに口元を覆った。わずかに薬草の匂いがする布だった。
二人は水路に沿って、旧東門のある方向を目指した。途中、一匹のネズミが横穴から飛び出し、壁沿いに走り去っていく。ジャイアントラットにしては小さく、まだ幼体のように見えた。オウルが気にせず歩き続けるので、コニーもそれに倣う。
「あっちは旧東門のほうだな」
幼体を追うようにさらに奥へと進むと、だんだん臭いがひどくなってきた。壁際にネズミの糞が増え、水路には淀んだ水が溜まっている。
やがて通路は、八角形に広がった水溜まりへ出た。沈殿桝らしい。複数の水路がそこへ流れ込み、また別の水路へと抜けている。中央の水は緑がかって濁り、底は見えない。壁際には腐った草のようなものが貼りついていた。周囲には細い石の足場が巡っているが、ところどころ泥で汚れていて滑りやすい。
オウルは、右手の暗い水路を指した。
「旧東門はこっちだな」
細い水路をさらに進むと、様子が変わってきた。
通路に泥が増え、水の流れる音がだんだん弱くなる。その先で、水路は低い石壁に突き当たっていた。壁には古い文字が刻まれている。苔に埋もれていたが、かろうじて「東門」と読めた。
壁の下には水門があったが、ゴミを飲み込んだ泥で半分埋もれていて、格子も数本折れている。木片や腐った革袋の切れ端、黒ずんだ葉が塊になって絡みついていた。
コニーは布越しに鼻と口を手で覆った。
ふと、違和感を覚える。
腐敗したものだらけの悪臭の中で、獣のような臭いがあるのだ。
じっと泥に目を凝らすと、小動物のものらしい骨が何本か突き出している。
だが、違う。腐った肉の臭いではない。
生きた獣の臭いだ。
「ここが巣ですか?」
「意外に敏いな」
そりゃこのくらいはわかる、とコニーはムッとして首を逸らす。そんなコニーに気づく様子もなく、オウルは楽しそうに聞いた。
「でけえのもいるかな?」
「やなこと聞かないでくださいよ! で、巣を潰すんですか?」
「後でな。今は……」
オウルは水門の前にしゃがみ込んだ。
泥のあいだに短剣を差し込み、何かを探るように動かす。やがて、奥で硬いものに当たったらしい。オウルは短剣の背にもう片方の手を添え、ぐいとこじった。
「オウルさん、何して……?」
ばき、と嫌な音がした。
絡まっていた木片が泥の中から抜ける。次の瞬間、止まっていた水が細く走り出した。巣材の奥へ、黒い水が吸い込まれていく。
オウルは立ち上がり、短剣についた泥を軽く振った。
「出てくるか? 奥へ逃げるか? 見ものだな!」
奥から、ギィ、ギギィ、と低い鳴き声がくぐもって聞こえ始めて、コニーの脳裏は一瞬で悪い予感に塗り潰される。
「なっ、なに……」
水門の奥から聞こえてくる爪音とバチャバチャ水を撥ねる音とが、だんだん近づいてくる。内側から泥がぐ、と押されるように出てくる。折れていない格子の間にガンとぶつかり、ネズミの鼻先が(それだけでコニーの拳二つ分もある!)突き出す。
格子の一本が、内側から引っかかれて耳障りな音を立てた。
オウルが「よし!」と言った。その声が喜色にあふれていて、コニーはとうとう耐えられなくなって叫んだ。
「なんで嬉しそうなんですか!?」
「出るほうが面白いもん」
「さっきまであんなにちゃんとしてたのに! なんでここでサイコロ振るんですか!! ばか! あほ!!」
「バカもアホもてめえだコニー! ここまでやったから一回で済むんだぜ!」
鼻先が引っ込んだかと思うと、折れた格子の隙間から窮屈そうに肥大した鼠が現れる。そのとりわけ大きな個体を目前に、コニーは悲鳴を上げる。
「い、一回も振らないって話じゃなかったんですか!?」
「おれは最初から言ってただろ」
言いながら、オウルは足元の瓦礫を拾う。
「依頼を選ぶ基準は、『楽しそうなやつ』って、さ!」
そして瓦礫は勢いよく放たれ、ネズミの鼻先にもろに当たる。
ネズミは、ギャア! と声を上げて後ずさり、ぐっとオウルを見つめた。初めてジャイアントラットと対峙するコニーにも、それが何を考えているかは手に取るようにわかる。
明らかに、怒っていた。
しかも、格子の奥にさらに気配がある。暗くて見えにくいが、ぴくぴくと動くひげが見えた。
「一回って、でも一匹じゃないじゃないですか!!」
「巣なんだから、そりゃいるだろ。もっと奥にはガキもいるんじゃねーの」
「や、やだー!」
コニーは叫んだ。




