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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第3章 冒険者ギルド発足

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31.毒餌とねずみ穴

 地下水路の入口から地上へ出ると、外はもう薄暗くなっていた。通りにはもうぽつぽつと灯りが()き始めている。


 コニーは小さく息を吐いた。今日はもう終わりだろうと思ったのだ。日が落ちれば、表通りだって安全ではなくなる。ニックブレード育ちとはいえ、コニーはまだ子供扱いされやすい年齢の少女だ。単身で夜更けを過ごすには少々不安がある。


 隣に立つオウルは空を見上げた。


「明日また潜るか。毒も手に入れたいしな」


 これから毒を買いに行くのだろうか? 薬屋か、それとも支援会だろうか。もしくは、鼠捕りを当たって(どく)()でも売ってもらうのかもしれない。


「じゃ、行くか」


 オウルは当たり前のように、酒場や怪しげな店が集まる区画へ歩き出す。コニーは戸惑って足を止めた。


「わたし、帰ったほうがいいですか?」


 オウルは振り返り、面倒くさそうに言った。


「来い。別れて明日拾うのも面倒だし」


 それだけ言うと、待たずに進んでしまう。コニーは流されるまま、その背中を追いかけた。


「どこに行くんですか?」


「賭場」


 流されるままについていくと、裏通りの古ぼけた酒場に行き着いた。

 外の地面には割れた酒瓶の破片が散らばり、誰かが吐いたものがそのまま放置されている。中に入ると、酒と汗の酸っぱい臭いが鼻を突いた。


 店内では、身なりの荒れた男女たちが荒っぽく笑いながら飲んでいる。その足元では小さな子供たちが椅子の脚の間をくぐり、落ちた干し魚や豆を拾っては口に入れていた。


 オウルはまっすぐカウンターへ向かい、店主へ声をかけた。店主は面倒くさそうに顎で奥の木の扉をしゃくった。オウルが扉へ向かっても、酒をあおる客たちは誰ひとりとして気に留める様子がない。


 部屋の中では、中央に置かれた大きな卓に、人が群がっていた。入口のすぐ脇では、短い棍棒を持った用心棒が太い腕を組んで壁に寄りかかっている。


 胴元の目ざとい視線、腕っぷしのよさそうな用心棒、そして卓に身を乗り出す屈強そうな客たち。

 むき出しの暴力の匂いに、コニーはささっとオウルの背に回った。もしもこの場の()()()()()を台無しにするような真似をしたら一体どうなるのか、肌で理解した。


 オウルはのんびりと胴元に聞いた。


「なあ、今日はなんだ?」


「〈ねずみ穴〉さ」


 ねずみ。そう聞いて、コニーはそろそろとオウルの背から顔を出した。

 胴元が、小さなネズミのしっぽをつまんで持ち上げるところだった。


「昨日捕まえたんだ。こいつらに今までの家賃を払ってもらわねえとな!」


 どっと笑いが起こる中、コニーは卓の上を見た。


 卓の上には、浅い木枠と、六つの小箱が並んでいた。木枠の真ん中にネズミを放し、ネズミがどの箱へ逃げ込むかを当てる遊びらしい。


 小箱の正面にはネズミが入れるだけの穴が開き、上は客にも見えるように開いている。中には、藁、水皿、小さな麻袋、動物の毛らしきもの、匂いのきつい餌、何も入っていない空箱が置かれている。


 客が、張りたい箱の前に銅貨や銀貨を置いていく。

 穴は左から〈()(あな)〉、〈(みず)()〉、〈(ふくろ)〉、〈(ねこ)〉、〈(どく)()〉、〈()(ぐち)〉と呼ばれている。


 胴元が革袋から小さなネズミを一匹つまみ出し、木枠の真ん中へ放した。

 ネズミが盤に放られると、周囲が口々に叫んだり、手を叩いたりし始めた。


「あっちだ、あっちに行け! 水場だ、水場!」

「叩け叩け、そこで止まらせんな!」

「ああ、今のは手ぇ近いぜ。口でやれ、口で」


 音で脅かすのは問題ないが、手を出したらルール違反らしい。


穴当て(ルーレット)か」


「ルーレット?」


「わかりやすくていい」


 小さなネズミが、左から五番目の穴――〈(どく)()〉に入ると、悲喜こもごもの声が上がる。胴元が金を回収し、当たった者に金を渡した。当たれば五倍になって帰ってくるようだった。


 椅子が空くと、オウルは当たり前のように卓についた。その後ろにコニーは張り付く。そこから見えるオウルの横顔は、地下水路にいたときよりずっと血色が良く、生き生きと輝いていた。



 オウルが卓につくと、胴元が革袋からネズミを摘まみ上げた。

 先ほどのものよりもだいぶ大きかった。どうやら成体らしい。

 オウルは懐から銅貨を数枚取り出した。それを見て、コニーは思わず声を上げる。


「あれ!? お金持ってる!!」


「そりゃあチップは要るだろ」


「財布は持たないって言ってたのに!」


「金がないとは言ってねえぞ」


 そうあしらいながら、銅貨を無造作に〈(どく)()〉へ放り込む。

 ネズミが放たれると、うろうろと穴の周りをさまよった末、〈(ふくろ)〉に入り込んだ。 

 オウルが張った銅貨は、胴元にあっさりと回収された。


 オウルの隣にいた男は、胴元から金を受け取ると、酒臭い息を吐きながらオウルを小突いた。何も知らない若造に、一つ教えてやろうという態度だ。


「残念だったな兄ちゃん! あいつは毒餌なんざ食わねえよ」


「そうなのか? さっきのは行ってたけど」


「ありゃあ小さかったろ? でも、でかいのは避けるんだ。毒は匂いが強えからな」


 オウルは口出ししてきた男をジッと見ると、その目を細めた。


「詳しいな」


 勝負を見学していた女が、親指で男を指差す。


「こいつ鼠捕りなんだよ。玄人(プロ)ってやつだ」


 周りの客もニヤニヤとどやす。


「そりゃあズルだぜ、ズル!」


「ズルじゃねーよ! 知恵だ、ち、え!」


 オウルはその男の肩を叩いて苦笑いした。


「こりゃあ駄目だな。張る前に聞いときゃよかった」


「ネズミに詳しくなって出直すんだな!」


 胴元が準備をしている間、話が弾む。


「うちも穀物やられねえかって冷や冷やしてるんだ。毒も干し魚に混ぜりゃ少しは食うんだがな」


「魚っつーか、油だな」


 鼠捕りは気分よくしゃべる。オウルは肩をすくめてみせた。


「明日でかいのを相手にするんだよ。毒で勝てると思ったんだけどなぁ」


「馬鹿、でかいのにその手は効かねえよ。明日の朝にまたこっち来いよ! 古い餌を分けてやる。効くかは知らねえけどな」


 オウルは、ネズミが木枠の中をうろうろ走るのを眺めていた。客たちは声を上げ、卓を叩き、勝った負けたと笑う。

 オウルはそれを見送ってから再び卓に着き、二度張った。

 一度は〈水場〉に銅貨を置き、外した。次は〈巣穴〉に張って小さく勝った。

 そこでオウルは椅子から立ち上がった。


「行くぞ」


「え、もうですか?」


 オウルは軽く肩を回した。

 鼠捕りの男は、まだ卓の向こうで得意げにしゃべっていた。オウルはそちらへ片手を上げる。


「じゃ、明日の朝な!」


「おう、忘れんなよ」


 オウルは笑って、あっさり卓を離れた。


 酒場を出ると、外はすっかり暗くなっていた。通りの灯りは減っている。

 オウルは迷わず歩いた。酒場の並ぶ区画を抜け、水路組合の建物があるほうへ向かう。たどり着いたのは、木造の安宿だった。中に入ると、眠そうな宿番が顔を上げた。


「二人」


 オウルがそう言うと、宿番はまずオウルの腰元に吊るされた短剣を見た。そしてコニーが胸元に堂々とかけている赤等級(レッド)の革札に目を移してから、口を開いた。


「あんたも探索者か?」


「ああ」


「色は?」


 オウルは首元から認識票を引きずり出した。そこに吊るされた緑等級(グリーン)の革札に目を止める。


「二人で銅貨二枚」


「油でどうだ。カンテラ用」


「出せ」


 オウルが油を差し出す。コニーはそれが、今朝に油屋で詰めてもらったものとは違う、素焼きの入れ物に入ったものだと気づいた。宿番はそれを開けて匂いを確かめ、指先に浸して舐める。


「これなら半分」


「わかった」


 宿番は背後に置いてあった壺を引き寄せ、オウルの渡した油を移し替え、残りを突き返した。


「水は裏にある。竈を使いたきゃ追加で払いな」


 そう言って、木札をひとつ投げてよこす。

 コニーはオウルの後ろについていった。


 部屋は狭かったが、壁も屋根も壊れておらず、一夜を凌ぐには十分だった。

 オウルは荷を放って、それを枕代わりに床に寝転んだ。


「明日はまず毒餌をもらいに行く」


「はい」


「そのあとはエスのところだ。会ったことあるだろ、ノームの神官」


「何をしに?」


「毒餌を見てもらう」


「クレリックに毒餌を……?」


 考えることはいくつもあったが、身体のほうが先に重くなった。

 コニーも床に寝そべると、すぐ眠りに落ちた。

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