29.冒険の準備
探索者支援会を出て、オウルはまず市へ向かった。探索用具を用意するためだということは、コニーにもわかる。
探索者支援会のある通りには、急ごしらえの露店が出ている。〈冒険者向け〉と立て札があり、縄、油壺、火口箱、革手袋、安い短剣などが並んでいる。赤や橙の革札を胸に下げた者が何人か、品物を手に取って物色していた。
「あれ、支援会……ええと、冒険者ギルドで揃えないんですか?」
「財布は持たねえ主義でな」
「え?」
「持ってると賭けちまうからな」
オウルはそれで説明を済ませたつもりらしい、さっさと市のほうへ歩き出してしまう。
財布を持たない……。
そういえば、さっきのスープと黒パンの代金はコニーが支払った。コニーが勝手に注文したとはいえ、オウルの分まで払ったのに、不思議とそれを変とは思わなかった……。
昼に入ってごった返しはじめた市を抜け、オウルは工房通りに入った。
ニックブレード・タウンの工房通りは、その名の通り職人が集う通りである。染色、なめし、鍛冶、骨細工など多様な工房があるが、どの業種にせよ水を使ううえ、人体に有害な水を処理する必要も出てくる。今でこそ工房は減ったが、だからといって完全に塞ぐわけにもいかず、残った工房が組合を立ち上げ、水路を共同で管理しているらしい。今回の依頼は、そこに棲みついてしまった肥大した鼠の討伐というわけだ。
オウルは、端にある小さな石工房の前で立ち止まり、迷いなく扉を開けた。
店内は薄暗く、一見すると誰もいないように見える。
奥の棚でゴトリ、と音がして、コニーはビクリとそちらを見た。オウルはすでに視線を向けている。
「道具を見繕ってくれねえか、イチロク?」
ほどなく棚の陰から、人が姿を現した。
まず目に入ったのは、見事に編み込まれた灰色の髭だ。背はコニーよりもずっと低い。だが肩幅は広く、腕には筋肉が盛り上がり、指の先まで逞しい。リンゴくらいなら片手で握りつぶしてしまいそうだ。
ドワーフだ、と遅れて気が付く。本物のドワーフを見るのは初めてだった。
イチロクと呼ばれたドワーフは、オウルを見るなり、眉間に深く皺を寄せた。オウルは気にも留めず、笑いながら話を続ける。
「肥大した鼠の駆除なんだけどさ」
「わしは便利屋じゃあないぞ」
「工房通りの水路組合からの依頼なんだぜ。どーせイチロクも入ってんだろ? 代金はおれが渡した小銭の釣りから引いとけよ。代筆屋に書かせてただろ」
「そのために袋ごと寄こしたのか。食えん奴だ」
イチロクは鼻を鳴らした。
「鼠だな。二人分でいいのか」
「ああ」
オウルの返答に、イチロクがあしらうように手を振る。その先には簡素な木のテーブルと丸椅子が二つ。
「座ってろ、若造」とイチロクは言い捨てて、店の奥に消える。
その姿が見えなくなるより前に、オウルは丸椅子に腰かけていた。コニーもあわてて、もう一つの椅子に座る。
どうやら、ここであのドワーフが道具を揃えてくれるらしい。
せっかくの待ち時間なので、コニーは気になっていたことをオウルに聞いてみた。
「あの、オウルさんは、この依頼はソロでも達成できるって思ったんですよね。どうしてですか?」
「そうだなあ……」と、オウルは革靴の紐を手際よく締め直し、かかとの具合を確かめてから、再び口を開いた。
「サイコロで負けないために、何をするべきか知ってるか?」
急に賭け事の話になって、コニーは拍子抜けする。だが、聞かれたからには頑張って考えるのがコニーである。
「えーと……イカサマとか?」
オウルは愉快そうに笑った。コニーの回答が存外気に入ったらしい。
「ま、呪文遣いならそうするだろうな。一番いいのは、サイコロを振らないことだ」
サイコロを振らない? サイコロ勝負なのに?
コニーは理解しかねて瞬いた。
「え? 賭けないってことですか?」
「うん」と、オウルはうなずく。「そもそも、賭場は胴元が儲かる仕組みだ。誰よりも稼ぎたいってんなら、卓に着かねえほうがマシなんだぜ」
「……わかっててやってるんですか?」
「当たり前だろ。遊びなんだから」
オウルがしれっと言うので、コニーは言葉を失ってしまう。
賭け事が好きなら、もちろん勝ちや稼ぎにこだわるのだろうと思っていた。等級査定試験のときだって、オウルはランプの回収にこだわっていたわけだし。
それなら、いったい何のために賭けるのだろう?
文字通り遊びのために?
「まあ、長くやりたいなら、むやみに運試しをしないこった」
「それが、肥大した鼠の討伐と関係あるんですか?」
「あるさ。真正面からやりあうのはサイコロ。見つかってから隠れるのもサイコロ。追われてから逃げるのもサイコロだ。それは極力避ける」
そこでイチロクが戻ってきて、テーブルの上に道具を広げ始めた。
カンテラに松明。厚手の革手袋。ロープ。油紙でできた大きな袋。火ばさみ。空の小瓶。脇に抱えられるくらいの木箱。短いナイフ。
「消えものはどこかで調達しろ。油、食料、水、それからネズミの餌もだ」
「わかった」
オウルはうなずくと、イチロクが並べた道具のうち、ロープと口の広い布袋をコニーのほうへ押しやった。
「お前には荷物持ちもやってもらうから、これを持ってくれ。あと、」
オウルは厚手の手袋とカンテラを指差す。
「この手袋と、カンテラは持ってろ。お前のだからな」
「えっ、わたしの?」
「暗闇の中、素手で死んだネズミをとっ捕まえる気か?」
「いえ、そんなつもりは。でも……」
コニーは目をぱちくりさせた。厚手の手袋は縫い目がそろっていて艶がある。カンテラの窓には、光を通すほど薄く削られた角がはめ込まれている。
いったいいくらするんだろう……?
「そこの空き瓶も一つ持ってけ。あとで油を入れるが、そのあとも何かと使えるからな」
「は、はい……」
そう言って、コニーは空き瓶を見た。分厚いガラスの筒に、コルクの栓。思わず手が震える。荷物持ちのための道具を――しかも、こんな高価な道具を、当たり前のように買って渡してくる。
目の前の道具をただジッと見つめるコニーを見て、オウルは不思議そうに聞いた。
「要らねえのか?」
「い、要ります!」
「じゃあ持ってろよ。いいもんだと思うぜ。イチロクの見立てが外れるわけねえし」
「つ、使わせていただきます……!」
両手でそっと空き瓶を持ち上げ、目の前に掲げるコニーを見て、イチロクは頭痛でも抑えるように額に手をやった。
「拝むでない。道具は使ってこそだろう」
「はい!」
元気よく頷いたコニーを訝し気に見てから、イチロクはそのままオウルのほうを向いた。
「お前もお前だ。値も言わずに渡すな。〈赤〉は初心者の色なのだろ。荷が重かろうて」
「いいもんなんだろ?」
「いいものだから言っておるのだ。まったく、ヒューマンの考えることはわからん……」
ぶつくさ言いながら、イチロクは再び店の奥に消えた。オウルはその背を見送ってから立ち上がった。
「じゃ、行くぞ」




