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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第3章 冒険者ギルド発足

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29.冒険の準備

 探索者支援会を出て、オウルはまず(いち)へ向かった。探索用具を用意するためだということは、コニーにもわかる。


 探索者支援会のある通りには、急ごしらえの露店が出ている。〈冒険者向け〉と立て札があり、縄、油壺、火口箱、革手袋、安い短剣などが並んでいる。赤や橙の革札を胸に下げた者が何人か、品物を手に取って物色していた。


「あれ、支援会……ええと、冒険者ギルドで揃えないんですか?」


「財布は持たねえ主義でな」


「え?」


「持ってると賭けちまうからな」


 オウルはそれで説明を済ませたつもりらしい、さっさと(いち)のほうへ歩き出してしまう。


 財布を持たない……。

 そういえば、さっきのスープと黒パンの代金はコニーが支払った。コニーが勝手に注文したとはいえ、オウルの分まで払ったのに、不思議とそれを変とは思わなかった……。


 昼に入ってごった返しはじめた(いち)を抜け、オウルは工房通りに入った。


 ニックブレード・タウンの工房通りは、その名の通り職人が集う通りである。染色、なめし、鍛冶、骨細工など多様な工房があるが、どの業種にせよ水を使ううえ、人体に有害な水を処理する必要も出てくる。今でこそ工房は減ったが、だからといって完全に塞ぐわけにもいかず、残った工房が組合を立ち上げ、水路を共同で管理しているらしい。今回の依頼は、そこに棲みついてしまった肥大した鼠(ジャイアントラット)の討伐というわけだ。


 オウルは、端にある小さな石工房の前で立ち止まり、迷いなく扉を開けた。

 店内は薄暗く、一見すると誰もいないように見える。

 奥の棚でゴトリ、と音がして、コニーはビクリとそちらを見た。オウルはすでに視線を向けている。


「道具を見繕ってくれねえか、イチロク?」


 ほどなく棚の陰から、人が姿を現した。

 まず目に入ったのは、見事に編み込まれた灰色の髭だ。背はコニーよりもずっと低い。だが肩幅は広く、腕には筋肉が盛り上がり、指の先まで逞しい。リンゴくらいなら片手で握りつぶしてしまいそうだ。

 ドワーフだ、と遅れて気が付く。本物のドワーフを見るのは初めてだった。


 イチロクと呼ばれたドワーフは、オウルを見るなり、眉間に深く皺を寄せた。オウルは気にも留めず、笑いながら話を続ける。


肥大した鼠(ジャイアントラット)の駆除なんだけどさ」


「わしは便利屋じゃあないぞ」


「工房通りの水路組合からの依頼なんだぜ。どーせイチロクも入ってんだろ? 代金はおれが渡した()()の釣りから引いとけよ。代筆屋に書かせてただろ」


「そのために袋ごと寄こしたのか。食えん奴だ」


 イチロクは鼻を鳴らした。


「鼠だな。二人分でいいのか」


「ああ」


 オウルの返答に、イチロクがあしらうように手を振る。その先には簡素な木のテーブルと丸椅子が二つ。


「座ってろ、若造」とイチロクは言い捨てて、店の奥に消える。


 その姿が見えなくなるより前に、オウルは丸椅子に腰かけていた。コニーもあわてて、もう一つの椅子に座る。


 どうやら、ここであのドワーフが道具を揃えてくれるらしい。

 せっかくの待ち時間なので、コニーは気になっていたことをオウルに聞いてみた。


「あの、オウルさんは、この依頼はソロでも達成できるって思ったんですよね。どうしてですか?」


「そうだなあ……」と、オウルは革靴の紐を手際よく締め直し、かかとの具合を確かめてから、再び口を開いた。

「サイコロで負けないために、何をするべきか知ってるか?」


 急に賭け事の話になって、コニーは拍子抜けする。だが、聞かれたからには頑張って考えるのがコニーである。


「えーと……イカサマとか?」


 オウルは愉快そうに笑った。コニーの回答が存外気に入ったらしい。


「ま、呪文遣いならそうするだろうな。一番いいのは、サイコロを振らないことだ」


 サイコロを振らない? サイコロ勝負なのに?

 コニーは理解しかねて瞬いた。


「え? 賭けないってことですか?」


「うん」と、オウルはうなずく。「そもそも、賭場は胴元が儲かる仕組みだ。誰よりも稼ぎたいってんなら、卓に着かねえほうがマシなんだぜ」


「……わかっててやってるんですか?」


「当たり前だろ。遊びなんだから」


 オウルがしれっと言うので、コニーは言葉を失ってしまう。

 賭け事(ギャンブル)が好きなら、もちろん勝ちや稼ぎにこだわるのだろうと思っていた。等級査定試験のときだって、オウルはランプの回収にこだわっていたわけだし。

 それなら、いったい何のために賭けるのだろう?

 文字通り()()のために?


「まあ、長くやりたいなら、むやみに運試しをしないこった」


「それが、肥大した鼠(ジャイアントラット)の討伐と関係あるんですか?」


「あるさ。真正面からやりあうのはサイコロ。見つかってから隠れるのもサイコロ。追われてから逃げるのもサイコロだ。それは()()避ける」


 そこでイチロクが戻ってきて、テーブルの上に道具を広げ始めた。

 カンテラに松明。厚手の革手袋。ロープ。油紙でできた大きな袋。火ばさみ。空の小瓶。脇に抱えられるくらいの木箱。短いナイフ。


「消えものはどこかで調達しろ。油、食料、水、それからネズミの餌もだ」


「わかった」


 オウルはうなずくと、イチロクが並べた道具のうち、ロープと口の広い布袋をコニーのほうへ押しやった。


「お前には荷物持ちもやってもらうから、これを持ってくれ。あと、」


 オウルは厚手の手袋とカンテラを指差す。


「この手袋と、カンテラは持ってろ。お前のだからな」


「えっ、わたしの?」


「暗闇の中、素手で死んだネズミをとっ捕まえる気か?」


「いえ、そんなつもりは。でも……」


 コニーは目をぱちくりさせた。厚手の手袋は縫い目がそろっていて艶がある。カンテラの窓には、光を通すほど薄く削られた角がはめ込まれている。

 いったいいくらするんだろう……?


「そこの空き瓶も一つ持ってけ。あとで油を入れるが、そのあとも何かと使えるからな」


「は、はい……」


 そう言って、コニーは空き瓶を見た。分厚いガラスの筒に、コルクの栓。思わず手が震える。荷物持ちのための道具を――しかも、こんな高価な道具を、当たり前のように買って渡してくる。

 目の前の道具をただジッと見つめるコニーを見て、オウルは不思議そうに聞いた。


「要らねえのか?」


「い、要ります!」


「じゃあ持ってろよ。いいもんだと思うぜ。イチロクの見立てが外れるわけねえし」


「つ、使わせていただきます……!」


 両手でそっと空き瓶を持ち上げ、目の前に掲げるコニーを見て、イチロクは頭痛でも抑えるように額に手をやった。


「拝むでない。道具は使ってこそだろう」


「はい!」


 元気よく頷いたコニーを訝し気に見てから、イチロクはそのままオウルのほうを向いた。


「お前もお前だ。値も言わずに渡すな。〈赤〉は初心者の色なのだろ。荷が重かろうて」


「いいもんなんだろ?」


「いいものだから言っておるのだ。まったく、ヒューマンの考えることはわからん……」


 ぶつくさ言いながら、イチロクは再び店の奥に消えた。オウルはその背を見送ってから立ち上がった。


「じゃ、行くぞ」

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