28.コニーの決意
等級査定試験から二日後。コニー・ヘイスローは職を求めて探索者支援会に向かった。入り口には、見慣れた支援会の看板の下に、〈冒険者ギルド〉の立て札が掛かっている。時間をかけて、ここは冒険者ギルドになっていくのだろう。
扉を押して中へ入ると、広間の様子にも少しばかり変化があった。掲示板には依頼票が並んでいるが、端には受注目安の等級が書き添えられていた。
赤等級の印がある依頼は、採取や荷物運びがほとんどだ。危険はほとんどない。
当たり前だ。未熟な者に危ない仕事を任せる道理はない。
コニーは首から下げた赤等級の革札に触れた。
赤。一番下の等級。
――わたしは、弱い。
赤は妥当だ、とコニー自身は思っている。片手剣と盾を揃えたが、それだって、呪文遣いじゃないからという理由でしかない。
だから、なおさら焦ってしまう。
変わらなければいけない。
でも、何を変えればいいんだろう?
剣を振ればいいのか。盾を新調するべきか。それとも、思い切って魔法を覚えてみようか……。
息をついて、掲示板から視線を外す。
ふと広間に目を向けると、長机の奥に、見覚えのある顔がいた。
オウル・ダウングリーン。
等級査定試験で、コニーの参加した三番隊の隊長だった男だ。
椅子に浅く腰をかけ、左脚を投げ出していた。片手で依頼票をめくりながら、ずいぶん退屈そうな顔をしている。
何か考える前に、コニーはそちらへ踏み出していた。
「オウルさん! こんにちは」
オウルは顔を上げ、「コニーか。奇遇だな」と、ひらひら手を振った。コニーは歩み寄りながら、投げ出された左脚に目をやる。
「どうですか、足の具合は?」
「そうだなぁ……」とオウルは言いながら、無意識なのだろう、左手を伸ばしてふくらはぎをさすった。視線は相変わらず依頼票を見ている。
「悪くはねえけど」
「そうですか……」
その返し方でわかる。まだ万全ではないのだろう。
――オウルさんは、強い。
剣の腕で、オウルに追いつけるとは到底思えない。
ただ、彼の強さは剣技に依存していない気もする。ゴブリンがいることに誰よりも早く気付いていたし、何を優先するかを判断していた。試験の際、彼はほとんど迷わず決め続けていたということだ。
最後こそ彼の思惑通りにはいかなかったが、あの場で目的を見失っていなかったのは、間違いなく彼だけだった。
だから知りたい。強い人が何を見ているのか。
コニーはオウルの斜め向かいに腰を下ろした。
「オウルさん、お昼はもう食べましたか?」
「これ決めたら食うよ」
オウルは依頼票の束を指で弾いた。
「依頼って、どういう基準で選んでるんですか?」
「楽しそうなやつ」
思わぬ答えに、コニーは目を瞬かせる。
「楽しそうって、それだけ?」
「それ以外にあるか? なんで楽しくないことをいちいちやるんだよ」
それがとてもオウルらしく感じて、コニーは思わず笑ってしまう。一緒にいたのは短い時間だったが、オウルは重視するのは面白いかどうからしい、ということは、なんとなくわかっていた。
ただし、向こう見ずではない。
通りかかった給仕を呼び止め、スープと黒パンを二人分頼む。オウルがちらりとこちらを見たので、コニーは言った。
「もう決まりますよね? 先に頼んでおきます!」
オウルは依頼票に視線を落としただけで、特に何も言わなかった。
「それで、あったんですか? 楽しそうなやつは」
オウルは「うーん……」と、しばらく依頼票を見比べていたが、やがて一枚を抜き出した。
「これかなあ」
地下水路に現れた肥大した鼠の討伐。
推奨ランクは橙等級以上。危険は低から中。
報酬は金貨四枚。割りがいいとはいえないが、コニーにとって金貨四枚は、たった一件の依頼で稼ぐには大きすぎる額だ。
「水路組合からの依頼だ。工房通りから街外れの最終沈殿池までの地下水路に、デカいネズミが出たから始末しろってさ。……ま、よくある話だ」
肥大した鼠は、さほど強い魔物ではない。牙は鋭いが狼ほど速くはないし、呪文も使ってこない。一匹であれば、コニーにだってなんとか仕留められるだろう。……一匹だけであれば。
厄介なのは、ネズミは群れるということだ。一匹に向き合う間に二匹、三匹と増えていく。噛みつかれても傷は浅く済むかもしれない。だが、地下水路の鼠に噛まれるということは、汚物の混じった水を傷口に押し込まれるということでもある。
弱い相手だが、油断すれば死ぬ。そういう意味では、ゴブリンにも似ている。
とはいえ、オウルの腕前なら、こういう依頼にもさほど苦労はしないのだろう。――万全であれば。
コニーは、再びオウルの左脚に目をやった。
「足が本調子じゃないなら、荷物持ちとか灯り役がいたほうがいいんじゃないですか?」
オウルはそこで、ようやく依頼票から目を上げた。
「何が言いたいんだよ?」
「荷物持ちに雇ってもらえないかなぁ、と思って」
オウルは途端に面倒そうな表情になって、コニーを見る。
「一応聞くけど、なんで?」
「わたしは、弱いです」
「うん」
しっかり頷くオウルに、コニーは苦笑を向ける。ちょっとは否定してほしかったな、と思いながら。
「でも、弱いままなのは嫌なんです。荷物は持てます。走れと言われたら走りますし、斬れと言われたら斬ります。わからないことは聞きます。だから、連れて行ってくれませんか?」
「おれは今までソロでやってきたんだ」
「パーティーを組みたいとは言いません! これに同行させてほしいんです!」
「おれは他人の命に責任は持てねえぞ。それに、取り分を半分にする気もない」
「報酬は銀貨で構いません。銀貨六枚でどうですか? わたし、指示通りに動けます! ……たぶん!」
「たぶん?」
「はい! やったことがないので!」
「そこは黙っておけばよかったんじゃねえの?」
「え? 黙っていて、直前で『できません』ってなるほうが困るんじゃないですか?」
オウルは短く笑った。
「ネズミ退治が銀貨で釣り合うと思うのか?」
「普通なら割に合いません。でも、オウルさんが楽しそうって選んだ依頼なら、勝てるんじゃないかなって思って。わたしはその読みを買いたいんです」
オウルは少し目を丸くして、口を閉じる。しばらく考える間に給仕が戻り、スープと黒パンを二人分テーブルに置いたので、話はいったん途切れる。
コニーは自分の分のスープにパンを浸しながら、オウルの様子をうかがった。
立ち去るわけでもなく、追い返しもしない。まだ考えている。
オウルは無条件で人を助けるような人ではない。だが、ちゃんと理由を聞く人だ。取引はいったん秤に載せる。提案が釣り合えば、説得される気がある。
オウルは黒パンをちぎってスープに浸し、口に運んだ。ゆっくりと飲み込んでから、息を吐く。
「足が本調子じゃないのは本当だ。お前が荷物と灯りを持つ。おれは両手を空けておける。報酬は銀貨でいい、と……」
オウルは指折り数えるように言って、頭を掻いた。
「まいったな。断る理由もねえんだよな」
オウルは椅子の背に手をついて立ち上がった。そして、依頼票をコニーへ差し出す。
「わかったよ。じゃあ着いてこい。邪魔になったら置いてくからな」
「置いていくなら、その前に言ってください!」
「はあ。言えばいいのかよ?」
「聞いてから考えます!」
「まあ、それはそれで公平か……」とつぶやいて背を向けるオウルの後ろを、コニーはニコニコとついていった。




