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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第3章 冒険者ギルド発足

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28.コニーの決意

 等級査定試験から二日後。コニー・ヘイスローは職を求めて探索者支援会に向かった。入り口には、見慣れた支援会の看板の下に、〈冒険者ギルド〉の立て札が掛かっている。時間をかけて、ここは冒険者ギルドになっていくのだろう。


 扉を押して中へ入ると、広間の様子にも少しばかり変化があった。掲示板には依頼票が並んでいるが、端には受注目安の等級(ランク)が書き添えられていた。


 赤等級(レッド)の印がある依頼は、採取や荷物運びがほとんどだ。危険はほとんどない。

 当たり前だ。未熟な者に危ない仕事を任せる道理はない。


 コニーは首から下げた赤等級(レッド)の革札に触れた。

 赤。一番下の等級(ランク)


 ――わたしは、弱い。


 赤は妥当だ、とコニー自身は思っている。片手剣と盾を揃えたが、それだって、呪文遣いじゃないからという理由でしかない。

 だから、なおさら焦ってしまう。


 変わらなければいけない。

 でも、何を変えればいいんだろう?

 剣を振ればいいのか。盾を新調するべきか。それとも、思い切って魔法を覚えてみようか……。


 息をついて、掲示板から視線を外す。

 ふと広間に目を向けると、長机の奥に、見覚えのある顔がいた。


 オウル・ダウングリーン。

 等級査定試験で、コニーの参加した三番隊の隊長だった男だ。

 椅子に浅く腰をかけ、左脚を投げ出していた。片手で依頼票をめくりながら、ずいぶん退屈そうな顔をしている。

 何か考える前に、コニーはそちらへ踏み出していた。


「オウルさん! こんにちは」


 オウルは顔を上げ、「コニーか。奇遇だな」と、ひらひら手を振った。コニーは歩み寄りながら、投げ出された左脚に目をやる。


「どうですか、足の具合は?」


「そうだなぁ……」とオウルは言いながら、無意識なのだろう、左手を伸ばしてふくらはぎをさすった。視線は相変わらず依頼票を見ている。


「悪くはねえけど」


「そうですか……」


 その返し方でわかる。まだ万全ではないのだろう。


 ――オウルさんは、強い。


 剣の腕で、オウルに追いつけるとは到底思えない。

 ただ、彼の強さは剣技に依存していない気もする。ゴブリンがいることに誰よりも早く気付いていたし、何を優先するかを判断していた。試験の際、彼はほとんど迷わず決め続けていたということだ。

 最後こそ彼の思惑通りにはいかなかったが、あの場で目的を見失っていなかったのは、間違いなく彼だけだった。


 だから知りたい。強い人が何を見ているのか。


 コニーはオウルの斜め向かいに腰を下ろした。


「オウルさん、お昼はもう食べましたか?」


「これ決めたら食うよ」


 オウルは依頼票の束を指で弾いた。


「依頼って、どういう基準で選んでるんですか?」


「楽しそうなやつ」


 思わぬ答えに、コニーは目を瞬かせる。


「楽しそうって、それだけ?」


「それ以外にあるか? なんで楽しくないことをいちいちやるんだよ」


 それがとてもオウルらしく感じて、コニーは思わず笑ってしまう。一緒にいたのは短い時間だったが、オウルは重視するのは面白いかどうからしい、ということは、なんとなくわかっていた。

 ただし、向こう見ずではない。


 通りかかった給仕を呼び止め、スープと黒パンを二人分頼む。オウルがちらりとこちらを見たので、コニーは言った。


「もう決まりますよね? 先に頼んでおきます!」


 オウルは依頼票に視線を落としただけで、特に何も言わなかった。


「それで、あったんですか? 楽しそうなやつは」


 オウルは「うーん……」と、しばらく依頼票を見比べていたが、やがて一枚を抜き出した。


「これかなあ」


 地下水路に現れた肥大した鼠(ジャイアントラット)の討伐。

 推奨ランクは橙等級(オレンジ)以上。危険は低から中。

 報酬は金貨四枚。割りがいいとはいえないが、コニーにとって金貨四枚は、たった一件の依頼で稼ぐには大きすぎる額だ。


「水路組合からの依頼だ。工房通りから街外れの最終沈殿池(ちんでんち)までの地下水路に、デカいネズミが出たから始末しろってさ。……ま、よくある話だ」


 肥大した鼠(ジャイアントラット)は、さほど強い魔物ではない。牙は鋭いが狼ほど速くはないし、呪文も使ってこない。一匹であれば、コニーにだってなんとか仕留められるだろう。……一匹だけであれば。

 厄介なのは、ネズミは群れるということだ。一匹に向き合う間に二匹、三匹と増えていく。噛みつかれても傷は浅く済むかもしれない。だが、地下水路の鼠に噛まれるということは、汚物の混じった水を傷口に押し込まれるということでもある。


 弱い相手だが、油断すれば死ぬ。そういう意味では、ゴブリンにも似ている。


 とはいえ、オウルの腕前なら、こういう依頼にもさほど苦労はしないのだろう。――万全であれば。


 コニーは、再びオウルの左脚に目をやった。


「足が本調子じゃないなら、荷物持ちとか灯り役がいたほうがいいんじゃないですか?」


 オウルはそこで、ようやく依頼票から目を上げた。


「何が言いたいんだよ?」


「荷物持ちに雇ってもらえないかなぁ、と思って」


 オウルは途端に面倒そうな表情になって、コニーを見る。


「一応聞くけど、なんで?」


「わたしは、弱いです」


「うん」


 しっかり頷くオウルに、コニーは苦笑を向ける。ちょっとは否定してほしかったな、と思いながら。


「でも、弱いままなのは嫌なんです。荷物は持てます。走れと言われたら走りますし、斬れと言われたら斬ります。わからないことは聞きます。だから、連れて行ってくれませんか?」


「おれは今までソロでやってきたんだ」


「パーティーを組みたいとは言いません! これに同行させてほしいんです!」


「おれは他人の命に責任は持てねえぞ。それに、取り分を半分にする気もない」


「報酬は銀貨で構いません。銀貨六枚でどうですか? わたし、指示通りに動けます! ……たぶん!」


「たぶん?」


「はい! やったことがないので!」


「そこは黙っておけばよかったんじゃねえの?」


「え? 黙っていて、直前で『できません』ってなるほうが困るんじゃないですか?」


 オウルは短く笑った。


「ネズミ退治が銀貨で釣り合うと思うのか?」


「普通なら割に合いません。でも、オウルさんが楽しそうって選んだ依頼なら、勝てるんじゃないかなって思って。わたしはその読みを買いたいんです」


 オウルは少し目を丸くして、口を閉じる。しばらく考える間に給仕が戻り、スープと黒パンを二人分テーブルに置いたので、話はいったん途切れる。


 コニーは自分の分のスープにパンを浸しながら、オウルの様子をうかがった。


 立ち去るわけでもなく、追い返しもしない。まだ考えている。

 オウルは無条件で人を助けるような人ではない。だが、ちゃんと理由を聞く人だ。取引はいったん秤に載せる。提案が釣り合えば、()()()()()()()()()


 オウルは黒パンをちぎってスープに浸し、口に運んだ。ゆっくりと飲み込んでから、息を吐く。


「足が本調子じゃないのは本当だ。お前が荷物と灯りを持つ。おれは両手を空けておける。報酬は銀貨でいい、と……」


 オウルは指折り数えるように言って、頭を掻いた。


「まいったな。断る理由もねえんだよな」


 オウルは椅子の背に手をついて立ち上がった。そして、依頼票をコニーへ差し出す。


「わかったよ。じゃあ着いてこい。邪魔になったら置いてくからな」


「置いていくなら、その前に言ってください!」


「はあ。言えばいいのかよ?」


「聞いてから考えます!」


「まあ、それはそれで公平(フェア)か……」とつぶやいて背を向けるオウルの後ろを、コニーはニコニコとついていった。

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