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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第2章 冒険者ギルド登録査定試験

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27.〈青〉の冒険者

 ミレナ・サルヴィエは、もとは染色屋の娘である。ニックブレード・タウンで細々と続く伝統的な染色屋の一人娘として生を受けた。


 引き継いだ染色屋は、ミレナの代でサルヴィエ染物商会と呼ばれるようになった。

 娘時代、濁色に染まっていた指から染料が落ちて久しく、今やそこには宝石をあしらった指環(ゆびわ)が輝いている。


 〈冒険者ギルド〉なる新組織からサルヴィエ染物商会に持ち込まれた仕事は、初期登録者に配る革札の染色だった。階級(ランク)は、赤等級(レッド)橙等級(オレンジ)黄等級(イエロー)緑等級(グリーン)青等級(ブルー)藍等級(インディゴ)紫等級(バイオレット)と並ぶ。


 染色屋を使う前提で逆算したとしか思えない階級(ランク)分けである。


 大方、サルヴィエ染物商会が、染色屋を母体に大きくなったことを考えての選定だろう。地場の商会にも仕事を回している、と見せる意図もあったに違いない。


 だが、藍色(インディゴ)は作らなかった。紫色(バイオレット)など当然ない。


「少なくとも、紫は用意できかねます」と、ミレナは、最初からアルヴェインにそう伝えていた。


 アルヴェイン・ロスカ。

 冒険者ギルド設立準備を任された若い事務方だ。几帳面に整えられた髪と、皺ひとつない仕立て。頭は回るし、根回しというものをよく理解している風だが、机の上で何もかも終わらせたがる悪癖がある。

 アルヴェインは持参した仕様書をテーブルに滑らせて口を開いた。


「規定では紫等級(バイオレット)まであります。全色揃えて納品していただくのが筋というものでしょう。染料の手配が難しいのであれば、割増(わりまし)は検討できますが」


「お金の問題ではありませんよ、ロスカ様。冒険者ギルド制度の信用に関わる話です」


「規定通りに運用するだけですよ。どうして信用を損なうというのですか」


 彼は真顔でそう言い返してきた。机上の理論に頼りきりで、それが街へもたらされたときにどう変質するのか、まるで想像できていない。


「……紫を、一体誰に渡すおつもりですか?」


「相応しい功績を挙げた者がいれば、その方に」


「決してそうは見られませんよ。特に、この街では」


 彼はただ怪訝そうに眉をひそめるだけだった。

 結局、「等級認定試験は捜索や採集がメインなのだから、紫なんて出るはずがない」と言いくるめて、納品物から紫を省くことに同意はさせたのだが。


 アルヴェイン・ロスカ。この若者には、何度か教えてやる必要があるだろう。


 街は――特にこのニックブレード・タウンは、誰の思惑通りにも動かない。

 お偉方の決めたことを、はいそうですかと受け取るほど素直ではない。どいつもこいつも命令(トップダウン)に舌を出す連中の巣窟なのだと。


***


 初回試験が終わった翌日、アルヴェイン・ロスカはまたサルヴィエ染物商会を訪ねてきた。応接室の机に、納品を終えた革札の控えが置かれる。藍と紫の欄は空白だ。

 アルヴェインは腰を下ろすなり、報告書を開いた。


「紫と藍はおりません。青は一枚交付しました」


「誰に?」


「N.C.エス」


 ミレナは危うく舌打ちするところだった。

 N.C.エス。よりにもよって、あの《《金貨塗り》》に?


「査定としては、妥当なのでしょうね」


「ええ。N.C.エスは、死者が出かねない局面で、生存者数を左右する存在でした」


「そうでしょうとも」


 腕が足りなければ、話はまだ簡単だったのだが。


 ミレナとて〈金貨塗り〉を嫌っているわけではない。むしろ、娘時代に何度か世話になった恩がある。あれからずいぶん経つというのに、あのノームは昔とほとんど見目が変わらず、今も用水路にいる。


 高価な草を惜しげもなく使い、金を取ろうともしない。そういう人物である。

 今までなら変わり者の薬使いというだけで済んでいた。

 そこへ、冒険者ギルドが青という色を――序列を与えた。


 アルヴェインはやはり不可解そうに問う。


「何か問題がありましたか?」


「ありますとも。N.C.エスは値のつけ方を知りませんもの」


 〈金貨塗り〉を頼る者が増えれば、薬は値崩れするだろう。だが、本人は気にしない。それどころか、理解さえできないだろう。あのノームの頭にははなから通貨の概念がない。


 序列三位の青でさえ、すでに扱いの難しい相手へ渡っている。

 まして紫など、最初から用意できるはずがない。


 ミレナが紫を突っぱねたのは、なにも染料の値段だけが理由ではないのだ。


 冒険者ギルドの登録証。それは、登録者がどのレベルの依頼を受けられるかをわかりやすく示すための印でしかない。表向きはそういうことになっている。冒険者ギルドの面々も、そのように運用する心積もりらしいが。


 紫等級(バイオレット)――最上位など、最初からあてがう色ではない。「最初から英雄級を出してどうするのか」と思われるのはいい方で、「その紫は最初から決まっていたのだろう」と穿った見方をする奴も出てくるだろう。


 ここはニックブレード・タウン。

 最初の「英雄」がろくでなしの中から存在していいはずがない。どうせその英雄はいったい誰の差し金か、誰の顔を立てたのか、そういう話になるに決まっているのだから。


 この色分けが、冒険者ギルドの中だけで済むのならよいのだが。

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