26.〈緑〉の冒険者
探索者支援会の広間で、オウルは椅子に座って左脚を投げ出していた。試験の日、戻る途中で麻痺は広がり、ジェムはエスに渡された小瓶を使う羽目になった。立って歩くことはできるが、まだ万全ではない。
広間には長机が並び、試験を終えた連中が、薄い麦酒を前に札の交付を待っていた。
パーニアは帳面を小脇に抱え、革札を載せた盆を持って、席のあいだを歩いている。
「オウル・ダウングリーン。等級は緑等級です」
パーニアはそう読み上げ、長机の上に薄い皮革を置く。
暗い緑に染められた革札には、氏名、登録番号、登録等級、発行印が押されている。端のほうに丸く穴が開いていて、紐を通せるようになっていた。捺された文字はただの焼き印ではなく、何か光を弾く粒が混じっている。
オウルは、暗い緑の革札をつまんだ。
「緑ねえ。上から何番目だ?」
「ちょうど真ん中。上からも下からも四番目ですね」
下から、赤等級、橙等級、黄等級、緑等級、青等級、藍等級、紫等級と並ぶらしい。
オウルから返事が返ってこないので、パーニアは帳面から目を上げた。彼はちょうど、革札を裏返すところだった。
「不服ですか?」
「……いや」
「それは珍しい。文句も皮肉もないと?」
「まあ、文句はないさ」
そう言ったきり、オウルはまた革札へ目を落とす。
パーニアは、少し困った。
オウルは、どんなにひどい状況に置かれても、それを面白事へ変えてしまう男だ。荷も金も失ったときでさえ冗談が先に出る。
不服でないならば、今回も何か軽口を叩くはずだった。査定を茶化すか、誰それが得をしただろうと憶測を並べ立てるか。
だが彼は、革札をもてあそびながら、ぽつりとつぶやいただけだった。
「やっぱ、しばらくは一人でいいかな」
もっと上の等級を期待していたのか。
あるいは、この札を受け取るまでに、何かあったのか。
パーニアには知る由もない。
オウルの隣で麦酒を流し込んでいたドワーフが、荒々しく杯を置いてから革札を取り上げる。指で端をしならせ、紐穴を見て、鼻を近づける。
「ふん。革の方が先に駄目になるわい。呪文遣いの〈火球〉一つで黒ずむだろうに」
「支援会の認識票と併用します。そちらは金属ですから」
パーニアが示したので、オウルは首から下げた薄い金属片を引き出した。
名前、性別、種族名、登録日が刻まれただけの、簡易な身分証である。
「なくさないように、認識票と一緒に下げてください」
「りょーかい」
イチロクは黙って革札をオウルに突き返した。汚れた道具を戻すみたいな手つきだった。オウルは探索者支援会の認識票を首から外し、緑の革札を通した。
「首輪を色で分けて、番号を打って、と。フン。いかにもヒューマンの役人の思いつきそうなことだ。なぜ新しく札を増やした?」
問われて困ったように肩をすくめるパーニアを横目に、オウルは革札をぺち、と指で弾いた。
「安いからじゃねえの?」
「薄い金属片を作るよりは安い、と?」
「等級の上げ下げに、いちいち金属を打ち直してらんねえんだろ」
パーニアは、難しい顔で手元の台帳をめくった。
「ええと……登録証は、等級更新時に返却していただきます」
「そりゃ、降格した奴からは分捕っとかないとやべえもんな」
パーニアはとっさに反論しようと口を開いたが、うまい言葉が見つからず、結局は沈黙した。オウルの意見には一理あった。パーニアとて、探索者――これからは冒険者と呼ばねばならないかもしれないが――の素行を信用するほどお人よしではない。
「切れっ端で人間の扱いを変えられると思うてか。ますます気に入らん」
オウルが革札を受け取って窓口を離れると、少し離れたところでコニーとジェムが待っていた。
「お、もうもらったのか」
「はい!」
コニーはやや緊張した面持ちで肯く。 彼女の首に下がっているのは赤等級だ。
隣にはジェムがいて、彼は両手に橙等級の革札を握り締めている。その表情は不安そうだ。
「……僕は、強い〈奇跡〉を請えないのに」
「それすら温存したんだろ。上出来じゃねえか?」
「オウルさんは?」
「おれ?」オウルは、暗い緑の革札を指で挟んで見せた。「緑」
コニーが目を丸くした。
「すごい、んですよね」
「知らねえ」
そのとき、足音が近づいてきた。
トッドだ。使い込んだ革鎧の上に外套を引っかけ、片手には暗い緑の革札を持っている。
「お。トッドも緑か」
オウルは楽しげに声をかけた。
トッドはオウルを見て、次にオウルの首に下がった緑の革札を見た。
「……まあ、そうなるか」
「結果だけ見りゃあ、おれはもっと下だったと思うけどな」
「どうだか」
コニーが困った顔で二人を見比べる。トッドはオウルの革札から目を離さなかった。
そこで、後ろから声が上がった。
「待てよ」
いつの間にか、革鎧の男がオウルの正面に立っていた。彼の首には黄等級が下がっている。
誰だっけ? とオウルが考えるより先に、男の方が指を突きつけてきた。
「なんでてめえが緑なんだ?」
オウルが「知るかよ」とあしらって男を煽るので、パーニアが横から口を挟む羽目になった。
「評価項目は討伐数だけではありませんから」
「討伐数の話じゃねえよ!」
男はオウルを指さした。
「そいつ、さっきそこの広場で賭けを始めやがったんだぞ!」
「ああ、お前か!」オウルがぽんと手を打った。途端に笑顔になる。
「いやあ、あれは惜しかったな。最後で降りてりゃ、おれの勝ちだったんだが。楽しみすぎちまった」
トッドは目を閉じた。
「……ここに来る前何してたんだよ」
「決まってんだろ。飯代を増やしてたんだよ」
「増えてねえだろ! お前も負けてたじゃねえか!」
「まあな。おかげで飯代は減ったわけだ」
「なんでそんな偉そうなんだよ!」
「おいおい、カードしたことねえのか? いつも勝てるわけねえだろ」
「だからイカサマしたんだろうが!」
「してねえ奴がいると思うか? 最後にてめえが見抜いて勝ったんだから、いいじゃねえか」
「だからそういう奴が、なんで緑だって聞いてんだ!」
イチロクは低く唸った。
「見ろ。色分けするだけでこの有様だ。金で揉めるわ、新しい恨みまでぶら下げてくるわで」
「ちょうどいい。今ここで勝ち直すか? おれに勝ったらてめえが偉ぶれるだろ。おい、誰かカード持って――」
「やめなさい!!」
とうとうパーニアが、空いた手で長机を叩いた。
「順番に処理します! 登録証の受け取り、等級への異議申し立て、精算は、すべて別件です!」
「じゃ、賭け金の精算を頼む」
「受け付けません!」
オウルは声を上げて笑う。
ただの登録証。そういうことになっていた色は、配られたその日から、すでに別の意味を持ち始めていた。




