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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第2章 冒険者ギルド登録査定試験

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25.非合理な決断

「待てよ。なんで戻るんだ」


 オウルが低い声で言う。いつもの軽さはなかった。そういう顔もできるじゃねえか、とトッドは思う。


「隊長が走れねえんだぞ。見習い二人連れて粘るわけねえだろ」


「なら、てめえが隊長をやれよ。隊長が使えなくなったら交代するもんだろ」


 コニーが、ぎゅっとカンテラの取っ手を握った。ジェムも木の杖を抱き直す。黙るトッドに向けて、オウルは呆れたように表情を和らげて、いつもの調子で言葉を重ねた。


「あのなあ、トッド。おれがやられたからって、早合点して勝負から降りるなよ。お前らは三つ目のランプを取りに行けるんだぜ」


「ランプなんかくそくらえだ」


「んなわけねえだろ。何考えてんだ? お前はともかく、コニーとジェムはどうすんだよ。まだ動けるだろ」


 そこで、四番隊の隊長が口を開いた。


「三番隊が戻る案には、賛成だ」


 オウルがそちらを睨む。


「あんたまで何言ってる?」


「うちの弓手も連れて戻ってほしい。あいつはこの先へ連れていける状態じゃない」


 弓手の少年は立ち上がってこそいたが、青い顔のまま俯いている。


「俺たちは二番隊と組む。俺と前衛と神官はまだ動けるからな」


「四番隊はランプをいくつ取った?」


「規定の三つはもうある」


「だったら、何のために進むんだよ」


 四番隊の隊長は、すぐには答えなかった。視線が壁際の弓手をちらりと拾ったが、すぐにオウルを正面から見据える。


「取りに行くためだ。……お前らがここで捨てることになったぶんまで」


 オウルは苛立ったように眉を寄せる。


「お前らが追加でランプを拾っても、三番隊の成果にはできねえぞ」


「ああ。譲渡は禁止されていたな」


 隊長は真剣な面持ちでオウルを見た。


「だが、俺たちがここから先へ進めるのは、三番隊(おまえら)に助けられたからだ。……帰ったら、そう話す」


「話して何になる。冒険者ギルドが情状酌量してくれるとでも?」


「お前らを成果なしで戻して、こっちが追加で評価されるっていうほうが、俺には筋が通らない」


「通るだろ。感傷で危険を増やすなよ」


 黙って聞いていた二番隊の前衛が、自分の隣にいるエスへ視線を落とした。


「実際、そっちの隊長の容体(ようだい)はどうなんだ、エス?」


 エスはパタパタとオウルの足元へ歩み寄った。革当ての裂け目をめくり、紫色に変わった傷口をぐいぐいと押す。

 オウルは嫌そうだったが、なすがままだった。――切り傷を圧迫されているにもかかわらず。


「感覚はもうないの?」


「多少はあるぜ」


「でも、痛くはないんだね?」


「……まあな」


 その回答に、エスが二番隊の前衛を振り向いた。


「この人を進ませるのは反対だね。毒は薬で止まってるけど、麻痺がどこまで進むかわからない。三番隊が戻るなら、道中で急変してもジェムくんが見られるよ。ジェムくん?」


「はい!」いきなり呼ばれたジェムが、びくりと姿勢を正す。


「麻痺はもう少し広がるかもだから、もし呼吸が浅くなったら、これ飲ませてね」


 ジェムは恐縮しながら、エスから小瓶を受け取る。

 それを見届けてから、二番隊の隊長が頷いて、オウルに視線をやった。


二番隊(うち)はまだ進むつもりだ。ランプをあと一つ確保したい。四番隊の三人が加勢してくれるなら心強い。三番隊(きみたち)は、我々が通ってきた道を行くといい。索敵(クリアリング)は済んでいる」


「戻る前提で話を進めるなよ」


「動ける者が進み、動けない者を連れ帰る。それだけだ」


「たった一人のために、三番隊に降りろっていうのか? それで四番隊(てめえら)は余計な危険を引き受けるって?」


 オウルの声が、思ったより大きく響いた。


「そんな馬鹿な賭け方があるか!!」


 ジェムがびくりと肩を揺らした。コニーも、驚いたようにオウルを見る。オウル自身も、バツの悪そうな顔で口を閉じた。怒鳴るつもりではなかったのだろう。


 トッドは、その顔を見た。

 オウルが一歩踏み出そうとする。壁から手を放した瞬間、身体が傾く。咄嗟に右足で踏ん張ろうとして、その膝まで崩れた。

 オウルは片手を床につき、辛うじて転倒を避けた。


「……」


 右足を引き寄せようとする。靴底が石床を擦っただけで、身体は起き上がらない。もう一度、今度は力を込めて床を蹴ろうとする。


 動かない。


 オウルは、地面に手をついたまま、自分の右脚を見た。さっきまで、こちらは使えたはずだった。


「ほらみろ」トッドは、吐き出すように言った。

「悪化してんだろ。だから――」


「もう一つ、手はある」


 うつむいたまま、オウルは言った。床に片手をついて身体を押し上げ、壁に肩をぶつけるように背を預ける。そうして、短剣を抜いた。


「おれがここにいる。何匹かは止めてやる」


 トッドは、何を言われたのかわからなかった。


「何……」


「わかりにくかったか? おれを置いてけって言ったんだ」


「ふざけんな!」


「ふざけてねえよ。お前が言ったんだろうが。悪化してるって」


 オウルは曲がり角の奥を顎で示した。


「だが、足止めくらいはできる。四番隊は弓手を連れてさっさと帰れ。三番隊(おまえら)は二番隊とランプを探せばいい」


「……黙れよ」


 雨の音が、トッドの頭でにわかに蘇る。


「必要なものがあれば持ってけ。あっても邪魔だ」


 オウルは苛立ったように息を吐き、背嚢を下ろした。腰の革袋を探り、骨のサイコロを二つ取り出して、それを掌に載せる。


「サイコロだけ置いてけ。死ぬ前に退屈したくねえからな」


 気づけば、トッドは前へ出ていた。


「……二度と!」


 オウルの胸倉を掴み上げた。足に力の入らない身体はあっけなく持ち上がり、背が石壁に擦れた。


「い、ッ」


「二度と、そんな提案してくんじゃねえぞ!」


 オウルは言葉を失った。だがすぐに眉をひそめ、トッドの手首を掴む。


「……何言ってんだ。見りゃわかるだろ。ここで一番いらねえのは、おれだ」


 その言葉に反応したのはコニーだった。思わず手に力を込めてしまって、カンテラがわずかに揺れた。

 それは、坑道に入ってからずっと、自分へ向けていた言葉だった。この隊の中で一番の役立たずは、間違いなく自分だと。コニーはそう思っていた。だけど……


「それを決めんのはてめえじゃねえ!」


「おれを切れば済む話だろ!」


「……わかってるよ」


 トッドは低く言った。


「お前を置いていったら、俺たちは楽に進める。お前の言ってることは、間違ってない」


「だったら、」


「一回やったんだよ」


 トッドが吐き出すように言った。


「お前を置いて、俺たちだけ先へ行くって判断を。俺は、一回やった」


 オウルの目が、理解しかねたように瞬く。困惑で怒りが引っ込んだようだった。


「そりゃあ……前だって、おれを切るのが一番マシだったろ?」


「そんなわけあるかよ!!」


 コニーは、オウルの背嚢をそっと拾い上げた。すでに背負った布袋が肩へ食い込んでいる。さらに荷を増やせば、帰り道は楽ではない。


 ――だけど、オウルは自分を置いていこうとはしなかった。


「コニー、何してんだ」


「オウルさんの荷物は、わたしが背負います」


 ジェムもまた、弓手の少年のそばへ寄り、肩を貸せる位置に立った。


「ジェム、お前も何してる? 三番隊が降りる理由は……」


「あります」


 ジェムは、小さく答えた。


「僕も、オウルさんを置いていくつもりはありません。……もしもの時がきたら、残った〈奇跡〉は、あなたに使います」


「やめとけよ……」


 とっさに止めた声には、さっきまでの強さがない。戸惑っているようでもあった。


「だって、お前らは、まだ動けるだろ」


「動けるなら進まなければいけない、とは思いません」


 オウルは、いよいよ理解できないものを見るように見習い神官を見た。


 掌に残っていたサイコロを、ゆっくり握り込む。その動きが、抗議する言葉をどうにか飲み込んだように見えた。

 四番隊の隊長が、三番隊へ向けて言う。


「うちの弓手を頼む。そいつが戻れれば、俺たちはお前らに二度助けられたことになる。その借りは必ず返す」


「借りっつっても、臨時パーティーだろ……」


 オウルがようやく返した声は、いつもの調子に戻り切っていない。

 トッドが鼻を鳴らす。


「勝手にやる。――お前がさっき言ったことだ。咎められる謂れはねえな」


 二番隊と四番隊の残る者たちは、奥へ向けて灯りを組み直す。

 三番隊は、戻るための陣形を作る。トッドがオウルへ肩を貸し、コニーが灯りを持ち、ジェムが弓手の様子を見ながら後ろへつく。


 出発する直前、四番隊の隊長がもう一度言った。


「俺が話す」


「……。まあ、勝手にしろよ」


 オウルは、トッドの肩へ腕を回されたままつぶやく。本気で困ったような顔をしていた。その顔を見て、トッドは、ほんの少し胸がすく思いがした。

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