24.合理的な判断
隊列の先頭にいた男が、こちらへ向けた剣をすぐに下ろした。
「三番隊か?」
トッドは、盾を構えたまま目を凝らした。先頭の顔に見覚えがある。二番隊だった。その後ろから、小柄な影が灯りの下へ滑り出る。子どもほどの背丈――ノームの神官、N.C.エスだ。
エスはまず、弓手の少年に目を向けた。ジェムの〈傷治し〉を受けたはずだが、少年はなお腹を押さえてうずくまっている。エスは少年に近寄って、その顔を覗き込んだ。隣では、ジェムが心配そうにエスの様子を伺っている。
「うん、大丈夫だよ。命に別状はない」
ジェムの肩から、ようやく力が抜けた。
「他に怪我してる人はいる?」
「こっちだ」と答えたのは四番隊の前衛だ。血の滲んだ腕を押さえていた。
エスはそちらへ駆け寄った。「見せてね」と言われるまま、前衛が腕を差し出す。肩口から二の腕へかけて深く裂かれていた。これでは、剣を振るおうにも力が入らない。
エスが傷口へ指先を添え、詠唱すると、淡い光が傷口を覆った。裂けた皮膚がみるみるふさがっていく。前衛はゆっくりと腕を曲げ、拳を握った。次いで、剣の柄を握り直す。
「助かった。礼は――」
「あとにしろ」
オウルが遮った。
「奥へ行くなら今のうちだ。ゴブリン共も逃げたままってことはねえだろ。頭数を揃えて戻ってくる前に、詰め所まで抜けよう」
言いながら、オウルは戦闘を歩き出した。四番隊の前衛がその隣につく。足の速い二人だ。異常があったら真っ先に気づくだろう。
通路の片側の壁には、古い支柱が等間隔に打ち込まれている。三人が肩を並べて通れるくらいの狭い通路だったが、四番隊の神官が拾い直した〈光〉の錫杖が奥のほうまで照らしているおかげで、三つの隊が列をなして進んでも灯りに支障はなさそうだった。
オウルのすぐ後ろについて歩きながらふと視線を下げたとき、トッドは異変に気付いた。
オウルが、左脚をわずかに引きずっている。斬られていたほうの脚だ。そういえば、ゴブリン共に気取られて、こいつはエスに怪我を見せていないのではないか。
「そうだ、お前――」
オウルの左脚が、床を捉え損ねた。左膝ががくりと折れる。
「オウル!」
隣にいた四番隊の前衛が、オウルの身体をとっさに支えた。オウルは前衛の手を借りて壁へ手をつき、そのままもたれかかる。
「どうした」
オウルは返事をせず、左足の爪先を床へ押しつけた。感覚を確かめるように、一度、二度と体重をかける。
腿の革当てをめくると、裂傷のあたりの皮膚に痣が広がり、紫色に変わっている。そこでオウルが、何かに気が付いたように舌打ちをする。
「……くそ。油断した」
オウルは手早く腰掛けると、腰の小袋を探り、小さな瓶を取り出した。栓を歯で抜き、中身を一息に飲み下す。
「毒か」
「たぶんな。さっき動いたせいで一気に回ったんだ」
エスが後ろから駆けてきて、オウルの足元でしゃがみこんだ。
「いい。毒消しは飲んだ」
「毒消しは、時間を戻す薬じゃないよ?」
核心を突かれて、オウルは心底嫌そうな顔をした。
「んなことはわかってるよ」
エスは革当てを外し、オウルの足首を掴んだ。
「動かしてみて」
左足の指先がわずかに動く。
「歩けはするぜ」
「歩けるのは今だけかもしれないよ。症状が出揃ってないからね」
「なら、歩けるうちに終わらせるか。その症状とやらが出揃うのはいつだ?」
「すぐかもしれないし、半日後かも」
「役に立たねえ答え」
「身体ってそういうものだよ?」
エスは悪びれもなく返した。
そのとき、背後からかすかに声が響いた。ゴブリンの甲高い鳴き声が遠くでいくつも重なり、また途切れる。
後方を警戒していた四番隊の隊長が、剣を握り直した。
「集まり直してるな」
「ああ。ここで待つのはなしだ」
オウルは即座に答えた。壁に手をついて立ち上がり、〈光〉が照らしきれない奥の暗がりへと目を向ける。
「二番隊と四番隊が前を張るのがいいだろうな」
トッドは、思わずオウルの顔を見た。
オウルは左足を引きずりながら、一歩進んでみせる。先ほどまでの足取りとはまるで違っていた。
「麻痺が取れるまで、前に出るのはあんたらに任せるよ。おれは後ろへ回ろう」
ゴブリンの声が響く。先ほどより近い。
「急げ」
オウルの判断は、間違っていない。
ここには三隊いる。二番隊と四番隊が前を持ち、三番隊が後ろへ回れば、進むことはできる。
――固まっていられるなら。
トッドは、広間での混戦を思い出した。四番隊は隊列を崩され、弓手を刺され、危うく全滅しかけた。
同じことがもう一度起きれば、三番隊の前に立てるのは自分一人だ。
オウルは歩けるが、先ほどのようには動けない。ガキのごとき邪悪さを持つゴブリンにとっては格好の的だ。ジェムの〈奇跡〉はあと一度が限度で、コニーの持つ灯りが消えたら詰む。
隊列を崩された場合、片脚の利かないオウルと見習い二人を抱えた三番隊には立て直す力がない……。
そう考える間に、オウルは後方へ回る。左足の爪先を早くも引きずっている。
先ほどより、悪化している。
――歩けるのは今だけかもしれないよ。
「戻る」
「はあ?」
オウルがぱたりと足を止め、トッドを睨む。
「俺がてめえに肩を貸す。コニー、ジェム、こっちに来い」
「おい、ちょっと待て、トッド、」
「三番隊は、ここで降りる」




