20.混戦 ①
少し歩くと、不自然に明るい空間に出た。
いくつもの横穴が合流する場所で、岩壁を刳り貫いた広間のような場所だった。崩落を防ぐためだろう、木の支柱が何本も立てられている。
床にはいくつか荷車が転がっていて、その一つに隠れるように、白く発光する錫杖が落ちている。
――〈光〉の呪文。
持ち主の手を離れた光が、戦況の不利を曝け出していた。
十数匹のゴブリンがひしめき合っている。四人の探索者が、岩壁と太い支柱に挟まれた狭い場所に押し込まれていた。
ゴブリンは各々、壁際に追いやられた探索者に容赦なく棍棒を振り下ろす――が、先頭で盾を構え、群れの波を正面で引き受けている一人の前衛は倒れない。彼は淡い光を纏っていた。それがゴブリンどもの武器にまとわりつき、頭へ振り下ろされた棍棒が不自然にずるりと外れる。突き出された刃が盾の縁をつるりと滑る。
見れば、後ろの神官が両手を組んで祈っている。〈信仰の盾〉が前衛の男を守り、彼らはかろうじて持ちこたえているようだった。
「四番隊か」と、オウルがつぶやく。
こちらに気づいた四番隊の隊長らしき男が、隊に短く指示を飛ばす。こちらと合流しようとしたらしいが、足元に群がるゴブリンの壁に阻まれ、数歩も進めない。
前衛はベテランだろうが、どんな手練れも数の暴力には苦戦する。うじゃうじゃ寄ってくるゴブリンを退けるには至っていない。なお悪いことに、奥の暗がりからは、ゴブリン共がさらにわらわら溢れるように姿を現しはじめる。
オウルが、地面にちらりと目をやった。視線の先に、四番隊のものと思しきカンテラが転がっている。ゴブリンに踏みつけられでもしたのだろう、鉄の枠は歪み、油は床にぶちまけてしまっている。
コニーも四番隊の壊れたカンテラに目をやった。
〈光〉が辺りを照らしているなら、灯り役に徹する必要はない。
だが、一度発動した光がどういう条件で消えるのか、コニーにはわからなかった。少し考えて、コニーはカンテラをジェムの後ろ、戦線からできるだけ遠い地面にそっと置いた。
右手で片手剣を抜く。左手で、顔面をやっと覆えるほどの小さな盾を構える。
……だけど、自分に何ができるだろう?
一匹か二匹なら何とかなるかもしれない。けれど、この状況で、足手まといにならずに戦えるのか……。
「来いよ、トッド」オウルは短剣をくるりと回して持ち直す。「稼ぎどころだ」
「ふざけんなよ、クソが」
トッドは低い声で悪態をついたが、足は迷わずオウルの横へと進み出ている。
オウルが肩越しにこちらを振り返ったので、コニーは思わず肩を跳ねさせた。
「コニー、できるだけジェムを守ってろ。ジェムから離れんなよ」
「は、はい!」
返事を聞くよりも前に、オウルとトッドは乱戦の中へ突っ込んでいく。
コニーは二人の後ろ姿を短く見送り、片手剣を構えなおして、ジェムのほうを振り返る。
半歩後ろに立つジェムと、ぱっと目が合う。
「……」
覚悟を決めた、その瞬間だった。
不意に、小柄な影が一つこちらへ向かって飛んできた。ゴブリンだった。乱戦の中で殴り飛ばされたか、弾かれたか。
数歩先でゴブリンは跳ね起き、濁った黄色い目は真っ先にコニーを捉えた。その手には汚れたナイフが握られたままだ。
ごくり、とつばを飲み込む。
これほどの殺意と悪意を向けられたことはない――そう思う暇もなく、ゴブリンが飛びかかってきて、コニーは無我夢中で片手剣を突き出した。
その切先が、ゴブリンの肩口を裂く。
生々しい肉の感触に、掌がじんと痺れる。家畜を潰したことくらいはある、けど、こんな――
ゴブリンは甲高く叫びながら、ナイフをやたらめったら振りかぶった。恐怖が遅れて足元を這いあがり、体から自由を奪う。コニーは完全に硬直した。
「――こっちだ!」
半歩後ろからジェムの声が飛ぶ。同時に、ジェムがゴブリンの間合いへ身を晒し、杖を握った手が突き出された。
ジェムに気取られたゴブリンの注意が逸れ、振りかぶったナイフが空振る。コニーはその隙を逃さず、片手剣をゴブリンの首元へ深く突き入れた。
短い痙攣の後、ゴブリンはぐったりと崩れ落ち、二度と動かなかった。
*
ゴブリンが沈黙したのを見て、ジェムは小さく息を吐く。
そこでちょうどオウルが、群れの端のほうにいたゴブリンの額を棍棒で――いつの間に奪ったのだろう――叩き割った。飛び散った血と、床にぶちまけられたカンテラの油に、続く二匹目のゴブリンが足を取られる。オウルはすかさず、その体を群れの中心に向けて殴り飛ばした。
弾き飛ばされたゴブリンが仲間にぶつかり、油の撒かれた床で幾つかの影がもつれて転倒する。オウルは振り抜いた勢いのまま棍棒を捨てた。空いた手で短剣を抜き、素早く刃を返し、手近なゴブリンの喉元へ切先を突き入れた。
そこへトッドが盾でゴブリンを押し留め、岩壁とゴブリンどもの間に、わずかな道をつくる。
四番隊の隊長は、すぐに動いた。自ら前に出て神官をかばいつつ、
「弓は後ろへ抜けろ!」
弓手は指示に従い、三番隊の側へ駆け込んできた。コニーやジェムと同じくらいの年齢の少年だ。
だが、あと数歩というところで。
乱戦の隙間から伸びてきたゴブリンの刃が――
「あ、――?」
少年の腹に、深々と突き刺さる。
当のゴブリンの首は四番隊の探索者にすぐさま刎ね飛ばされたが、腹を刺された少年はばったりと倒れ込む。
ジェムのすぐ足元だった。
「そんな!」
ジェムは倒れた少年のそばへ、法衣の裾が黒く濡れるのも構わず膝をついた。両手で聖印をぎゅうと握る。
傷を塞ぐ祈りを捧げようとした、瞬間――
「治すな、ジェム!」
オウルの声が飛ぶ。
「なに、言っ……!」
ジェムは仰天してオウルを見ようとして――目前に迫るゴブリンが視界に飛び込んでくる。四番隊の間を抜けた一匹が、こちらへまっすぐ向かってくるところだった。
ジェムが息を呑んで硬直する。
そんなジェムを背後にかばうコニーは、とっさに小さな盾を上げ、ゴブリンの一撃を受けた。ゴブリンの持つ錆びた刃が盾に食い込み、よろめいてしまう。
コニーの目の前で、ゴブリンの喉から短剣の切先が生えた――オウルが後ろから喉を貫いたのだ。
ゴブリンが床に崩れ落ちるより先に、オウルはコニーへ言った。
「そのまま立ってろ!」
すでに次の一匹が、倒れた仲間を跨いでこちらへ走り込んでくる。オウルはその勢いを利用するように足元へ短剣を滑らせた。脛を浅く裂かれたゴブリンが前につんのめる。オウルは倒れた体を群れのほうへ蹴り飛ばした。
その洗練された暴力に気圧され、ジェムは思わず口を噤んでしまう。
後ろにいたゴブリンが、踏み込む寸前で足を止めた。
ゴブリンには幼い子供程度ながら知能がある。仲間が一匹死に、一匹が足元を塞いだ場所へ、なおも無防備に入ってくるほど愚かではない。
オウルは顔に血をはねさせたまま、膝をつくジェムを見下ろした。
「ここで〈傷治し〉を切ったら、次にやられた奴が死ぬぜ」
そのまま視線は伏した少年の腹をちらりと見て、ゴブリンを盾で撲殺しているトッドや武器を振り回す四番隊の前衛を見て、それから群れなすゴブリンへ戻る。装備を一つひとつと点検でもするように。
ひどく冷めた目だった。
ジェムはぞっとしたが、それでも、オウルから視線を逸らせなかった。




