19.灯りを落とすな ②
オウル・ダウングリーンはどんな状況でも余裕そうで、一を聞けば百を喋る。聞かれてもいない理由を並べ立てる。
しかも、それはたいてい合っている。
トッドにはそれが嫌だった。
止めようとすると、途端に自分がどんくさく見えるからだ。
オウルは命令をほとんどしない。例えば、壁を見るだけだ。
するとコニーがそちらに灯りを向ける。もう少し奥まで見えるようにと、じりじり前へ出る。ジェムが杖を握り、いつでも祈れるように聖印へ指をかける。トッドは止めようとするが、呼び止めるよりも確実な手段として盾を構え直している。
案の定、そこからゴブリンが飛び出してきて、待ち伏せていたオウルが仕留める。
やっぱりな、と思う。自分で選んだつもりの一歩も、後から思い返せば、いつも奴の示したほうへ向いている。
オウル・ダウングリーンは無茶をするんじゃない。
無茶をさせるのだ。
誰も間違っていない。むしろ動きは有能のそれだ。
だから、誰も自分が、ほんのちょっと危ない選択をしてしまったのだと自覚できない。
奴は「骨でもあればよかったのにな」と言った。嫌な言葉だが、そのほうが点になるだろうということは、三番隊の誰もが理解していた。
間違っていない。だから始末が悪い。
死の山でもそうだった。
最初はあんな尾根を越えるつもりではなかった。岩肌は濡れていたし、雨雲が見えていた。戻る理由はいくらでもあった。
だが、オウルは笑った。
「今なら抜けられるぜ」
厄介なことに、奴の見立ては間違っていなかった。
あの雲なら、雨はもう少し後だろう。戻ろうとすれば日が暮れる。連日の山歩きで全員が疲弊していて、食料は心もとなかった。
オウルは暗い空を指さした。
「雨が降るより先に着けるか賭けようぜ」
呆れるほど軽い調子だった。
「今夜の飯は負けた奴の奢りな」
そう続けたところで誰かが小さく吹き出し、張り詰めていた緊張が和らいだ。疲労で無口になっていた仲間たちが釣られて笑い出す。
奴といると、自分たちが本当に冒険しているような気分になる。
俺たちは危険を読めている、勝てる勝負をしているんだ、と。
進むほうが正しく見えた――というより、戻るほうが臆病な選択に見えてしまった。
あの日、死の山でおかしかったのは、オウルだけではない。
自分たちのほうも、とっくにおかしくなっていた。
――。
靴底が水を跳ねる音で、トッドは顔を上げた。
コニーがカンテラの光を新たな横穴へ滑らせると、岩壁のきわに、古いランプが転がっていた。
トッドが警戒のために盾を構え直し、ジェムが記録のために地図を開く。
足元を確認しようとしたコニーの光が、白いものを照らし出した。
骨。朽ちた作業服に包まれた人骨。左脚は、太ももから先がない。
息を呑むコニーとジェムの横で、オウルはにやりと笑った。
「二つ目。ほら、今度は骨があるぜ」
オウルは骨を示した。市場で目当てのものを見つけた、と報告でもするような気軽さだった。
「持ってくか?」
「あの、袋、あります」
コニーが雑嚢を探り、折りたたんだ布袋を取り出した。
「わ、わたしが背負います。家の手伝いで、よく薪を運んでたんです。これくらいなら……」
とはいえ、さすがに骨を運んだことはなさそうだ。コニーの声からはありありと緊張が伺える。
「せめてゴブリンを片づけてからだ」
「じゃ、後で戻るか?」と、オウルが軽く応じる。
「ランプだけ取っとけば点にはなるし」
「人間だ」
オウルはますます笑みを深くした。伏せ札がめくれたのを覗き込むときの顔にそっくりだった。
「じゃあなおさら、骨は持って帰ったほうがいい。そうだろ?」
「はい。置いていってゴブリンに荒らされたら、元も子もない、と思います……」
コニーの声は消えそうなほど小さいが、布袋を下ろそうとはせず、トッドをまっすぐに見ていた。トッドは苦い顔をしたが、言い返さなかった。代わりに、オウルを見た。
「隊長はお前だ。決めろ」
「場所は記録したか、ジェム?」と、オウルはのんびり言った。
「はい、終わっています」
それを聞いて、オウルはコニーのほうを向いた。
「じゃ、頼むよ、コニー」
「はい!」
コニーが布袋を広げ、骨を包みはじめたところで、横道の奥から別の灯りが近づいてきた。
試験会場で、最初に呼ばれていた前衛の男だ。トッドも顔は知っていた。酒場でオウルと卓を囲んでサイコロを振っているのを見たことがある。
腰には三つのランプ。もう最低条件を満たしている。
「お? オウルじゃねえか。まだそんなとこにいんのか?」
男は、コニーがちょうど手に持っていた上腕骨を見て、少し眉を上げた。
「死体拾いか」
「遺品も点になるつってたからさ、骨なんか上等だろ。……お前らは身軽そうだな。危険区域にはもう入ったのか?」
「ああ。三つ取ったんで、ずらかるところさ。優等生になる気はないんでね」
「奥はなんかいたか?」
「ゴブリンが何匹か。やり合うほどじゃねえから撒いた。奥のほうに休憩所があってな。そこから三つ取った」
「へえ。そりゃ当たりだな。どこだ? おれとしては……」
そこでオウルは「ジェム、ちょい地図貸して!」と言った。ジェムが慌てて地図を渡すと、オウルはそれを男の前に広げて見せた。
「そうだなぁ、おれとしては、この辺りだと睨んでるんだが」
「俺もそう思った。けど、実際はこの辺だったな」
男が指で地図の一画を雑に示す。
「マジかよ」と、オウルは楽しそうに笑った。
「ああ。そっちは外れだと思うぜ。早々に掘り尽くしたんだろ。休憩所っていうより、もっと掘れるところの近くに詰め所を拵えたって感じだな」
「へえ。よく見てるな」
「そりゃ見るさ。早いに越したことはねえからな」
トッドは口を挟まなかった。一番隊のやり方は雑だが早い。目的は満たしている。
「休憩所のランプはあと二つあったぜ。けど、ゴブリンも寄ってるかもなぁ」
「そりゃお前らのせいだろ」
はは、と男は得意げに笑い、隊を率いて去っていく。
一番隊の灯りが遠ざかったところで、オウルはすっと笑顔を消した。
「まあ、情報はもらった」
地図の上で、オウルは男が示した場所を軽く叩いた。
「詰め所にランプがまとまってた。なら、事故のとき坑夫はそこにいたか、そこへ逃げ込んだかだ」
「詰め所を探したほうがいいな」とトッドは言った。
「ああ。ほかの連中が欲を出して漁り尽くしてなけりゃな」
コニーが不安げに聞いた。
「あの、でも、ゴブリンも寄ってるかも、って言ってましたよね。あれは……?」
「ゴブリンを『やり合うほどじゃねえから撒いた』って言ってたろ。巣に侵入者がいるってネタはもう上がってんだろうさ。……ちょっと、厄介かもな」
オウルの言葉を聞きながら、コニーは骨を納めた布袋を背嚢に括り付けて背負った。簡単だと思っていた灯り役が、途端に難しいものに思えてくる。
怖かった。灯りを落とせば、自分たちもこの骨みたいになってしまいそうで。
コニーは震える腕に力をこめ、カンテラの持ち手を握りなおした。
カンテラはただ高く掲げればいいというものではない。高く上げすぎるとすぐに腕が痺れてくるし、低くしすぎると視界がおぼつかなくなる。夜目が利くゴブリン相手にカンテラの油を節約するのは、奇襲してくれと頼むようなものだ。
これはただの火ではない。みんなの目なのだ。
そのとき、オウルがぱっと足を止めた。
「止まれ」低い声で告げられる。「コニー、灯りを絞れ」
コニーは言われるまま、カンテラのつまみを回す。火が小さくなり、あたりが暗くなる。
――がしゃん。
先の道から、硬い金属を叩きつけるような音がした。次いで、奥のほうで光がわっと膨らんだかと思えば、壁を這い戻るように縮んでいく。
怒声と、何かを殴打するような音。
後ろでトッドが小さく息を吐く。ぽつりと一言、
「下手を打ったな」
先頭にいるオウルは呆れたように首を振って、隊のほうを振り返る。
「行こうぜ。詰め所に行くには、あそこを抜けるしかないしな」




