16.公平な隊分け ②
トッド・モスバンクの肩が、目に見えて跳ねた。ぎこちない動きで振り返る。
人垣の中から歩み出てきたオウルを認めた瞬間、さっと血の気が引いた。地獄の底から這い出してきた亡霊を直視してしまったような顔だった。
オウルは足取りも軽く進み出ると、ひらりと片手を上げた。
「よっ。トッド、久しぶり」
「お、おまえ……、」
掠れた声が漏れる。トッドは反射的に後ずさろうとして、自分が長机の前に立っていることに気づき、不格好につんのめった。いまさら気づかなかったふりはできない。
「なん、」
引き攣った声で言いかけたトッドは、周囲の視線にハッとして、何かを呑み込むように口を噤んだ。
そのあからさまな動揺に、セロウが少し申し訳なさそうに視線を向ける。
「あ。トッドさんってオウルさんと組んだ経験あるんですね。そうか……」
「構わないさ」と、気軽にうなずいたのはオウルだ。
「トッドはいい奴だ。この前だっておれを死ぬほど心配してくれたんだぜ。なあ?」
「違う!」トッドの声が、オウルの話を鋭く遮る。もはや悲鳴に近かった。
「そいつを誰とも組ませるな! 死人が出るぞ!」
周囲が水を打ったように静まり返った。視線が一斉にオウルの顔へ集まったが、オウルは悪びれもせず、まったく理解できないと言いたげな顔で佇んでいた。
「人聞きが悪いな。おれが殺して回ってるみたいだろ」
「似たようなものだろうが!」
「おいおい、勘弁してくれよ。おれと組んでる最中に死んだ奴はいないんだぜ? 一応な」
「おまえは……っ!」
トッドは一歩踏み出しかけて、周囲の目に気づき、足を止めた。握った拳が震えている。
「……おまえは、選ばせるだろ。戻るのは損だ、もう少し進める、今なら間に合うって……そう言われると、俺たちは、自分で選ぶんだ」
オウルは、不思議なものでも見るように首を傾げた。
「あの後しくじったか?」
「成功した! それが問題なんだ!」
「はあ? 何なんだよ。わけわかんねえ」
オウルは半分笑いながら、心底理解できないというように肩をすくめた。
「依頼は成功したんだろ? おれが途中で抜けたから、あんたらの取り分も増えたんだろ。それでいいじゃねえか」
「……とにかく、俺はおまえとは組めない」
そのとき、セロウの背後で口を挟む者があった。
「そこまで言わせる人物なら、なおさら査定が必要ではないですか?」
書記官然とした細身の男だ。これまで簡易な天蓋の下で手を組み、この隊分けの行方を黙って聞いていた。濃紺の外套に身を包み、首元には白いタイが覗いている。泥と埃にまみれたニックブレード・タウンにはひどく不釣り合いな装いだった。
「ロスカ殿。しかし、その、ええとですね……」
「誰だよ」と、トッドが苛立ち交じりに言う。
「失礼。アルヴェイン・ロスカと申します。この度の登録査定試験の統括を行っております」
それを聞いたオウルが「おお」とつぶやいた。その目に悪戯めいた光が帯びたのを、イチロクは見逃さなかった。
アルヴェイン・ロスカはトッドに睨まれながらも、平然と聞いた。
「では、辞退されますか? トッド・モスバンク。申告を見る限り、君はぜひ冒険者ギルドに欲しいのですがね」
トッドは答えない。返答なしを続行の意思と見なし、アルヴェインは何事もなかったように言った。
「どうぞ、続けてください」
「……はい。では続けます。――コニー・ヘイスロー」
「はい!」
びくりと肩を揺らした細身の少女が、前へ出た。腰には小さなナイフを吊り、背には短弓と小さな雑嚢。革鎧は新調したのだろう、肩紐がわずかに浮いていた。
「A.P.ジェム」
「はい」
最後に呼ばれたのは、袖の少し余るローブを着て錫杖を握りしめた少年だった。胸元には《知識》の神を示す小さな聖印が結ばれており、緊張したようにそれを指でぎゅっと押さえている。
「《知識》領域の見習い神官ですね」
「はい。強い〈奇跡〉は請えませんが……」
「わかりました。――三番隊は以上四名です」
「じゃ、よろしくな」とオウルが言う。
「ふざけんじゃねえよ」トッドが低く言った。
ジェムは小さく息を吐く。コニーはおろおろと、トッドとオウルを交互に見ていた。
トッドが睨みつけても、オウルはただ笑うだけだ。
その笑い方を、トッドは知っている。
――少し、前のことだ。
トッドたちは、街道沿いの小さな荷運びに出るため、臨時の前衛を探していた。予定していた男が、前夜の酒場で椅子を投げられて腕を折ったからだ。
人数を減らせば取り分は増えるが、危険は増える。
依頼を流せば違約金を取られる。
だが、代わりの前衛を探そうにも、時間が足りなかった。
護衛組合の正規枠は、夜明け前にはもう埋まっている。酒場に残っていた剣持ちは二人いたが、一人は朝から酒臭く、もう一人は護衛料を聞いた途端に鼻で笑った。今回の荷運びでは、とても払えない額だった。
荷主は、今日中に荷を出すと言って聞かない。箱の中身は鮮度が重視される薬種で、次の市に間に合わなければ値が落ちるらしい。日延べの損は、護衛料より高くつく。
そんなときに割り込んできたのが、オウル・ダウングリーンだった。
「前衛が足りないのか? ならおれが行くぜ。ヒマで死にそうなんだ」
装備はよくなかった。短槍は使い込まれていて、柄には補修の跡がある。革鎧は薄く、靴はおろしたてのように新しい。「昨日、賭場でもらったんだ」と笑っていた。
トッドは最初、断るつもりだった。
「腕は立つのか」
「立つってほどじゃないが」
「ふざけてるのか」
「まあな」
そう言いながら、オウルは荷車の脇にしゃがみ込んだ。乾きかけた轍の縁を指で崩し、爪の先についた泥を親指で軽くこすって、立ち上がって木箱をノックするように叩いた。
「昨日は雨だったろ。沢沿いに入ったら車輪が沈むぜ。尾根側の石道をゆっくり行ったほうがいいんじゃないか?」
それから、空に目をやった。
「それに、今は北から流れてるからな。獣に匂いを拾われなくて済みそうだし」
ただ、道を見て、天気を見て、荷を見て、損が少ない方を選んだだけだ。
だが、たったそれだけで、意見はそちらへ傾いた。
荷主は道を知らない。荷運びの二人は、荷車を押すだけで手一杯だ。トッドは護衛の経験こそあったが、頭目に任じられたわけではない。誰が道を決めるのか。その確認をしないまま、全員が荷車の横に立っていた。
結局、トッドたちはオウルを入れた。
その日の依頼は、うまくいった。予期せず鉢合わせになった狼も、オウルとトッドで難なく片づいた。荷主は何度も礼を言った。
「いやあ、助かったよ。尾根側に回って正解だったな」
帰り際、オウルは報酬袋を片手で弄びながら笑った。
「狼をやったのは楽しかったな~」
「仕事だぞ」
「金までくれるんだ。いい遊びだろ?」
トッドは呆れた。だが、そのときは思わず笑ってしまった。
こいつは使える。そう思ったのだ。
それが間違いだった。
「冒険者候補の皆さんは、隊ごとに並んでください」
アルヴェインの声で、トッドは現在に引き戻された。
冒険者候補。その呼び方に、若い男が少し背を伸ばした。片や別の男が鼻で笑う。
「冒険者ねえ。探索者で十分だろ? なんでわざわざ名前まで変えるんだか」
「呼び名なんか何でもいいさ」
トッドは黙っていた。仕事の名前を変えたところで、中身が変わるわけでもない。
目の前では、オウルがまだ笑っている。
あのときと同じ顔で。




