15.公平な隊分け ①
探索者支援会へ向かう道は、朝から市のような騒ぎだった。
普段なら荷運び屋と屋台の下働きが行き交う程度の狭い通りを、今日は剣や杖を持った連中がぞろぞろ歩いている。
オウルは、その人の流れの端をのんびり歩いていた。
隣では、イチロクが腕を組んだまま歩いている。短い足取りは妙に速く、眉間にはいつものように深い皺が寄っていた。
「これ、若造。本当に受けるのか」
「まあな。面白そうだし」
「面白いかどうかで危険に首を突っ込むでない。わしは冒険者なんぞにならんからな」
「じゃあ何でついて来たんだよ?」
「参加はせん。お前が馬鹿をやりそうな試験だったら抱えて連れ帰る」
「そりゃ親切なこった」
少し前を、エスが歩いている。草汁の染みついた生成りの僧衣の上から緑のマントを羽織り、継ぎはぎだらけの前掛けをつけたままの姿だ。道端の石壁に貼られた紙を見つけるたびにいちいち足を止めているので、オウルとイチロクはあっという間に追いついてしまった。
「紙がいっぱいあるねえ」
「草の。それは包みではないぞ」
「草のって、わたし?」
「他に誰がおる?」
「やだなぁ、まだ何にもしてないよぉ」
「顔に出ておる」
やがて、探索者支援会の前庭が見えてきた。
石造りの建物の前に、長机が横一列に並べられ、脇には木箱が積まれている。箱の側面には、サルヴィエ染物商会の印が焼き付けられていた。
いつもは支援会からの知らせが掛かっている掲示板の前に、人の背丈ほどの板が新しく立てられている。オウルは、板の文面をざっと読んだ。
試験会場は、〈黒晶山〉である。
かの山では、かつて黒晶と呼ばれる黒い魔法石が採れた。
現在、坑道は封鎖されている。
坑道内では荷物持ちおよび地図役を要するため、受験者は四人または五人を目安に仮編成する。
目を通し終えるなり、オウルは欠伸を噛み殺した。
「イチロク、もう帰っていいぜ」
「なんだ、まだ試験内容は出てなかろう」
「荷物持ちと地図役がいる時点で、やらせたいことはだいたいわかるさ」
そう言って、オウルは退屈そうに伸びをした。
「捜し回れってことだ。どうせ採取か捜索だろ。ぬるい遊びだぜ」
「若造がそう言うと、途端に嫌な予感がするわい」
イチロクはしばらく掲示板を睨んでいたが、一向に踵を返さないオウルを見て、訝しげに問うた。
「戻らんのか。ぬるい遊びなんだろう」
帰ってもよかった。
ただ、どんなゲームでも、外から眺めるより卓についたほうが面白いのだ。この冒険者ギルドがどう転ぶにせよ、巻き込まれる方が数段面白そうではあった。
「他にやることもねえもん」
そんなことを言っているうち、長机の前に置かれた低い踏み台に、男が一人立った。
「冒険者ギルド設立に先立ち、第一回目の登録査定試験を行います。目的は、皆さんにふさわしい初期等級を定めることです」
説明役の顔を、オウルは見たことがあった。探索者支援会の職員だ。
集まっているのは支援会に顔を出す連中と大差ない。見覚えのある顔が出てきたこともあって、探索者連中のざわめきはやや小さくなる。
「おっ、セロウじゃねえか。昨日はありがとな~」
「殴り合いの仲裁は御免こうむりますからね」
ぴしゃりと説明役――セロウが流す。
「はい、続けますよ。――黒晶山の入口にはランプ室があります。そこには、坑夫たちのチェックが掛けられていました」
「チェック?」誰かが聞く。
「入坑札さ。ランプと交換すんだ」誰かが答える。
適当な答えだったが、的外れというわけでもない。
セロウも「その通りです」と頷いた。
「坑夫たちは入坑札を渡してランプを受け取り、戻ったらランプを返して札を受け取る。チェックを見れば、誰が中に入っているかを確認できました」
「でも、事故が起きたんだろ」
「ええ。戻らなかった者のランプは、坑内に残ったままとなりました。管理台帳には、ランプ室に残されたままの入坑札が記録されています。試験で回収してほしいのは、坑内に残されたランプです」
イチロクはオウルをちらりと見た。オウルは退屈そうに目を細めていたが、口を引き結んだまま、視線を説明役からまったく逸らさない。
「で? ランプはいくつ残ってんだよ?」
「持ち主のもとに返せなかった入坑札は十五枚あります」
そう言って、セロウは説明を続ける。
「皆さんは、残されたランプを回収してください。三つ未満は未達成。四つ以上の回収、危険区域からの回収および遺品回収は加点対象となります」
「早い者勝ちだな」と、誰かが小さく言った。
「他の隊への妨害、ランプの強奪・売買・譲渡は禁止します。発覚した場合は失格です。また、黒晶坑道ではゴブリンの出入りが確認されています。討伐は必須ではありませんので、安全を優先してください。ゴブリン遭遇時の対処も査定対象となります」
「他の連中と会ったらどうすんだよ」
「現場で判断してください。危険業務では、規定を守る能力も重要な評価対象となりますからね」
セロウは分厚い革表紙の帳面を開いた。後ろに控えていた職員たちが続々と木箱を開けて、中身を取り出しはじめる。
木箱に入っていたのは、厚手の蝋引き紙で包まれた荷だった。小脇に抱えられるくらいの大きさだ。支給品、おそらく毒消しや油の類が入っているのだろう。
「では、隊分けを行います。呼ばれた方は前へ」
支援会の職員たちが、支給品の包みを、横一列の長机に手際よく並べていく。
受験者が一人ずつ呼ばれ、包みを受け取っていった。
「N.C.エス」
セロウが呼ぶと、屈強な男たちの隙間を縫うようにして、小さな緑色のマントが進み出る。にこやかに長机の前に立つが、天板の上にようやく顎を乗せられるくらい背が低い。職員が腰をかがめるようにして支給品の包みを差し出した。
エスは草の汁で緑に染まった細い指でそれを受け取ると、顔の前に掲げてまじまじと観察し、すんと匂いを嗅いだ。
「蝋って水薬も長持ちさせられるかなぁ?」
そんなことを無邪気に呟きながら、とてとて戻っていく。緊張でピリついていた周囲の受験者たちが、毒気を抜かれたような顔になる。
「では、三番隊。――トッド・モスバンク」
人込みの中で、男が顔を上げた。使い込んだ革鎧を着た、二十代後半の男だ。背には傷の多い丸い小盾を背負っている。名前を呼ばれた瞬間、どこか諦めたように息を吐いて机の前へ進み出る。
そのとき、オウルが初めてセロウから目を逸らし、名を呼ばれた男をじっと見つめた。
次の名前が呼ばれる。
「オウル・ダウングリーン」
ああ、とオウルは思った。その顔にみるみる笑みが広がっていく。
よりにもよって!




