14.護衛組合の言い分
代筆屋に入ってきたのは、背の高い男だった。白いものの混じった髪、頬には古い傷。身なりは決して派手ではなかった。深い茶色の上着に、折りたたんだ雨覆い付きの外套を背負っている。
イチロクは、上質な道具を値踏みするような目で男を見た。
硬い革の手袋や靴は、念入りに手入れされている。
武器も同様だ。武具を見れば、利き手は右だとわかる。左腰には飾りのない長剣。逆の右腰には、より小回りの利く短剣。背の外套の下には小ぶりの盾が覗いている。どれも隘路や洞窟でも扱いやすい実用品だ。
男は入口をくぐるなり、ピタリと足を止めた。そこから、部屋の中を測るように視線を滑らせる。
まず背後の木戸を一瞥し、次いで左手の机へ。ノームの神官であるエスが薬包を広げ、向かいの代書神官が筆先を皮紙に置いている。その脇で、支援会の腕章をつけた小柄な職員が、困った顔で薬包と皮紙を見比べている。
そのまま視線は奥へ流れ、空いている机を一つ越えて壁際で止まる。ちょうどオウルが上着の皺をぱんぱんと払い終わり、椅子に腰かけて頬杖を突いたところだった。その横で、イチロクが短い腕を固く組んで立っている。
部屋を見ているだけなのに、押しつけがましい。この男の背後に立てば、いやでも守られてしまう。そう思わせる重苦しい安心感があった。護衛の真似事をしても飄々としているオウルとは対極の、生真面目な番犬の佇まいだ。
「お、ドランベルクじゃねえか」と、オウルは面白そうにその名を呼んだ。
「護衛組合のまとめ役が、代筆屋に何の用だ?」
「何の用。それはこちらの台詞だろうな、ダウングリーン」
男――ガレウス・ドランベルクは短く息を吐くと、空いている机へ歩み寄った。懐から折り目のついた皮紙を取り出し、トン、と置く。
「冒険者ギルドへの要望書だ」ガレウスは、皮紙から目を離さずに続ける。
「冒険者ギルドは、等級をつければ人を使えると思っているらしいからな」
オウルは机に肘を突くと、身を乗り出して要望書を覗き込んだ。厚手の皮紙に書き殴られた下書きを、他人の手札でも検分するような視線でなぞる。
護衛依頼には、等級とは別に護衛適性を確認せよ。
街道護衛では護衛組合の指揮系統を優先せよ。
どれもまじめくさった言い回しだった。
「ま、あちらさんは、強い順に並べた方がわかりやすいって思ってんだろ」
オウルが言うと、ガレウスはゆっくりと顔を上げ、射すような目でオウルを見た。
「腕っぷしがすべてだと?」
「いいや。楽できるって話だ。胴元がな」
「それを止めようとしている」と、ガレウスは言った。「等級の高い者が、護衛に向くとは限らないからな。お前がいっとうわかりやすいだろう、オウル・ダウングリーン」
「おれ?」
「お前は、一見すると護衛向きだ。前衛適性、討伐経験、生存能力、いずれも抜けている。周りの連中をその気にさせる舌もある。始末の悪いことに、お前は悪党ではない。どうせ等級もすぐ上がるだろう」
「決めつけるねえ」
「だが、お前には隊を預けられない。依頼人を逃がすより敵を殺すほうを優先するだろうし、荷を守るより踏み込みたがる」
「そりゃルールによるけど」
「しかも、」
「まだあんのかよ」
「依頼人を安心させる道理も理解していない」
オウルは笑ったまま黙った。知らない工具の名を聞いたような顔だった。
「ああ、怯えるんだろ? 後方か、目の届く中央あたりにでも置いておけばいい」
「怯えた人間は、止めたところで勝手に死にに行くぞ」
「じゃあ縛っておく」
「揉めて支払いが滞るぞ」
「そりゃあ、」とオウルは頬杖をついた手の指先で、こめかみをトントンと叩く。
「向こうが悪いだろ? 金を出すっつったら出せよな。ルール違反だろ」
「その面倒を起こさせないのが安心だ」
オウルは心底理解できないとでも言いたげに両手を軽く広げ、椅子に座ったままだらりと背中を壁へ預けた。
「わっかんねえなぁ。だから護衛組合は性に合わねえんだよ」
オウルが投げやりな口調で言うと、ガレウスは重々しく頷いた。
「それでいい。だが、新設される〈冒険者ギルド〉がそれを理解できるとは思えん」
「しかしなあ……」と、壁際で黙って聞いていたイチロクが、ガレウスの腰に提げられた実用的な短剣へと視線を落として呟く。
「切れるからといって、ナイフを何にでも使う阿呆があるかね?」
ガレウスが、わずかに口元を動かした。笑ったのかもしれない。
「冒険者ギルドの査定試験を受けるのか、ダウングリーン」
「たぶんな。他にやることもないし」
「ギルドがどう扱うかは知らん。だが、便利な前衛だと思われたら、面倒な依頼に差し込まれるぞ」
「それはそれで面白そうだが」
オウルが悪びれもせず笑うと、ガレウスは短く息を吐いた。
「もっとも、お前に言っても詮無いことだ」
そう言う声色には、事務的で冷めた諦観が滲んでいた。
「お前のような人間はいくらでもいる。だからここに来たわけだが」
ガレウスが視線を戻すと、代書神官は羽根筆を走らせ始めた。皮紙の上をサリサリと削る音が響く。
隣でもう一人の代書神官が、イチロクの前に皮紙を二枚置いた。二枚の端を合わせ、跨るように印を押せば割り印となる。イチロクが求めていた預かり書だった。神官は一枚をイチロクの前に差し出し、もう一枚を手際よく紐で綴じた。
「用は済んだ。行くぞ、若造」
オウルは、代書神官の手元から視線を外した。
イチロクのややこしい言い訳は、一枚の皮紙で「装備調達の委任」という仕事になった。ガレウスの抱える護衛組合の不満も、代書神官の手で整然と書き写されていく。
どちらも薄っぺらく、力を入れれば裂けそうだ。
だが、人を動かす場面では、この脆い代物がよく効くらしい。しかも、剣を抜くより安く済む。




