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冒険者ギルドは公平で健全でうさんくさい  作者: 遠野 文弓
第1章 冒険者ギルドができるらしい

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12.嘘なし卓の握り札 ③

 札が配られ、神官は自分の伏せ札を覗いた。

 6と7。

 悪くない。場の条件次第では、いくらでも戦えるだろう。


 場の最初の二枚が開かれる。


 5、5。


 どっ、と低い歓声が上がった。観戦していた客たちがぞろぞろと身を乗り出してくる。酒の混じった息を荒らげ、誰もが己の勝負のように目をギラつかせていた。その騒動に、隣の卓の連中までがいちいち首を伸ばして覗き込んでくる。


 5が二枚。残りの5をどちらかが握っていれば、それだけで〈三揃い〉になる。

 神官は、自分の伏せ札に目を戻した。

 6と7。

 5、6、7の〈連なり〉はすでに作れる。降りるほどひどい手ではない。


 だが、〈連なり〉は〈三揃い〉に負けるのだ。


 神官は、相手を見た。オウルは伏せ札に指を置いたまま、首をわずかに傾けている。眠そうにも、退屈そうにも見えた。


 果たしてあれが、勝ちを拾った者の顔だろうか?

 ……いや。先の勝負で、彼は見えている勝ちを『つまらない』と断じたではないか。にも(かか)わらず鈴は黙した。油断はできない。


 場に5が二枚あるならば、まず警戒すべきは残りの5だ。質問で数字や役名を名指すことはできないが、問いの切り方はいくらでもある。


「君は、勝ちを取りにいくつもりかい?」


 これにオウルは、ますます首を傾げてみせる。


「あんた、質問はそれでいいのか? いいなら答えるが」


 その確認が親切ではないことくらい、神官にもわかる。


 だが、ここで引けば、神官は自分の知りたいものから目を逸らすことになる。

 《欺き》の神官が、相手の欲を見ずに勝つことだけを考えることになる。


 ――それでは、ただの勝負師ではないか。


「いいとも。答えてくれ」


「『いいえ』だ」


 鈴は鳴らない。

 金でもない。勝敗でもない。

 ならば、この男は何を見ている?

 何を得れば満足する?


 オウルは伏せ札に置いていた指で、札をこつこつと叩いた。


「じゃ、こっちも質問するよ。――あんた、まだ聞きたいと思ってんのか? おれが今、何のためにこの卓へ座っているのかって話を」


「『はい』だ」と、神官は答える。「君が何を見ているのか、聞かせてくれると嬉しいね」


 鈴は鳴らない。


 三枚目の場札が開いた。

 8。


 神官は息を吐いた。

 5、6、7から6、7、8になった。十分に強い。


 相手の手札に5があれば負ける。だが、彼は『勝負を取りにいくつもりか?』に対して『いいえ』と言った。鈴は鳴らなかった――と、神官は思考を巡らせる。


 ならば、勝つためだけに積んでいるのではないはずだ。

 だが、みすみす負けに甘んじる顔でもない。

 だから、わからないのだ。

 だから、知りたいのだ。


「ここまで来て、降りるとは言わないね?」


「言わないさ」


 手札の開示。


 神官は6と7を出す。

 6、7、8――〈連なり〉


 オウルは5と9を出した。

 5、5、5――〈三揃い〉


 神官は、卓の上にある5を一枚ずつ見直していた。場の二枚。オウルの一枚。


「間違えたのは、私か」


 それから神官は、わずかに目を伏せた。

 周囲が遅れて沸いた。硬貨が鳴り、誰かが机を叩く。

 神官は熱狂する客たちには目もくれず、卓上の聖印をオウルの前へ滑らせた。


「持っていきなさい」


 オウルはゆっくりと聖印を手に取った。

 ずしりとした重さがあった。本物の銀と、祈りで清められた印。それを感じて、オウルはびっくりしたように目を見開いた。


「え? ウソだろ。本当に本物なのかよ」


 てっきり、うまいこと言って安物なのだろうと思っていたのに。そう言いたげな彼の様子に、神官は壁に背をつけてもたれ、苦く笑った。


「してやられたな」


「最後の質問がもったいなかったんじゃないか?」


「数字を特定するような質問はできないからね」


「あんたは、勝ちを取りにいくつもりか、と聞いた。それは弱い手のときにするもんだ。素直に()()()()()って聞けばよかったんじゃねえの?」


 神官は苦笑しただけで答えなかった。その通りだったからだ。


「君の手が強いかどうかより、君に何が見えているのかを知りたくなってしまってね」


 神官はオウルを見ていた。オウルの手札ではなく。

 この男は何を面白がっているのか。なぜ金でも勝敗でも動かないのか。なぜ勝てる手を持ちながらつまらなそうにするのか。


 相手の欲を見ているつもりで、自分の欲しか見えていなかった。


「どうやら神官サマってのは、人間好きの性分らしい。助かったよ」


「どちらにせよ、君の手札のほうが強かったんだから、何も変わらないさ。腹立たしいことにね」

 そう言いながらも、神官は笑っていた。

「この私が、嘘なしで欺かれるとは」


「そっちが勝手に欲を出しただけだろ」


「そうだ。それを欺くと呼ぶんだよ」


「おれはいつだって遊びのルールには従順だぜ」


「君のやり方は、《欺き》の神にたいそう好かれるだろう。学ばせてもらったよ。聖印(それ)は勉強代だ」


「神サマにまで好かれたら面倒そうだな」


 オウルは聖印を無造作に首へとかけた。銀の仮面が、澄んだ音を立てて胸元に落ちる。それから、ゆっくりと立ち上がった。


「勝っているときにやめられるのは、いい勝負師だ」


「いや、」オウルは首から下げたばかりの聖印を指で弾いた。

「これ以上やると、そのうち婆さんに鈴で殴られそうだ」


 老婆は目を閉じたまま、卓の上の鈴にしわがれた指をそっと置いた。鳴らしはしなかった。オウルは薄く笑って賭場の出口へ向かう。《欺き》の聖印が、オウルの足取りに合わせて小さく揺れた。

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