11.嘘なし卓の握り札 ②
やがて一度に置かれる銅貨の枚数が増え、周囲の客が少しずつ目を向け始めた。
場に二枚が開いた。
3と5。
オウルだけが札を交換して、神官が口を開いた。
「伏せ札で、場の二枚はつながるか?」
「『はい』。まあ、つまらないけどな」
余計な一言を付け加えても、鈴は鳴らない。
神官の手元には、7が二枚。次で7が来たら〈三揃い〉になるし、来なくても高い数字で押せる〈目高〉になる。
神官は少し考える。
4を持っているなら、オウルはもう〈連なり〉ができている。だが、それを『つまらない』と言って、真実だとみなされるものだろうか。勝てる手を持った者にしては、ずいぶん気怠い態度だ。
神官は小さく頷いて、掛け金を上げた。
銀貨一枚――銅貨にして十枚分。
オウルは頬杖をつき、やはり気のない手つきで銅貨を数え始めた。降りる理由もない、そんな顔で十枚を揃え、山へじゃらりと押しやる。
そのとき隣の卓で、男が魔物の牙を二本、賭け金代わりに出して揉めはじめた。
「質屋なら銀貨三枚だ」
「ギルドの査定が入ったら、その半分だって話だぜ」
オウルは伏せ札に指を置いたまま、耳をそちらへ向けた。
「今日は駄目だ」と胴元が言った。「ギルドの一括査定の話が出てから値が荒れてんだよ。〈色付け屋〉もまだ決めてねえからブツはやりづれえ」
〈色付け屋〉――サルヴィエ染物商会か。
商人。物を右から左へ動かし、その間で上前をはねて食っている連中だ。洟垂れの小僧や足元のおぼつかない酔っぱらい、そういう連中が拾ってきた半端ものを小銭に替え、誰かの欲しいものに変え、色を付けて売る。いかにも染色屋上がりの商売人らしいやり口。
一見すればピンハネだが、小銭を持ったろくでなしは、何も持たないろくでなしよりはおとなしい。それでニックブレードはほんのちょっぴり平和になる。
冒険者ギルドが窓口を一本にまとめれば、そうした細い儲け口はいくつか潰れるだろう。そうなれば、小銭を失ったろくでなしどもが街へ放たれることになる。
まあ、今に始まったことじゃないが。
それにしても、ブツを出しても取引ができないとは。イチロクが聞いたら機嫌を悪くしそうだ。石を見ない査定を思い出して、また机を叩きかねない。
「お兄さん」と、神官が言った。「今、よその話を聞いていたね?」
「心配しなくても、札はしっかり見てるさ」
鈴は鳴らない。神官は目を細めた。
三枚目の場札として、8が開かれる。
互いに伏せ札を開く。
神官の伏せ札は7が二枚。
対して、オウルの伏せ札は1と4だ。
4を使い、3、4、5の〈連なり〉が完成する。
弱い〈連なり〉だ。だが、神官の高い〈目高〉を上回る。
神官は、すぐには札から目を離さなかった。
オウルは4を持っていた。『伏せ札で、場の二枚はつながるか?』という質問に肯き、『つまらない』とまで言ってのけてなお、嘘と判定されなかった。
「……〈連なり〉を作っておいて、つまらないだって?」
「4は最初から手持ちにあったんだぜ。替えた札も結局使わねえし。これじゃやることがねえだろ。できてる役をわざわざ崩すのもバカバカしいし」
鈴は鳴らない。
「……なるほど」
神官にとって、4は勝負の要だった。
3と5が場にある以上、4を持っているかどうかで勝負は変わる。普通はそう考えるはずだ。
〈虚偽看破〉は嘘を拾う。それは、嘘以外を拾えないということでもある。それがどれほど常識外れの思考であっても、本人が本気でそう信じているなら、鈴は鳴らない。
つまるところ、オウルは『これで勝ってもつまらない』と、本気で思っていたのだ。
役が弱いからつまらないのではない。ただ手持ちで成立したのがつまらないのだ。迎え撃ってやるぞ、と構えたところで、相手が足を滑らせてそのまま動かなくなったようなもので、それが彼には面白くないのだ。
神官は、オウル側の卓の端に押しやられている銅貨の山を見た。
大きく勝ったとき、オウルは笑っていた。おそらく、強い役を作ってそれを通しきったからだろう。
金が増えたからではなく。
一枚、二枚、三枚と勝ち分を数えるときの目は、ひどく冷めていた。そこには惜しむ様子も、撫でるような執着もない。数え終わると、オウルは邪魔だと言わんばかりに銅貨の山を脇へ寄せた。
金は必要だ。
飯を食うにも、卓に座るにも、勝負で張るにも。
だが、オウルが金を見る目は、欲しがる者の目ではない。
どこまで張れるか。降りずに済むか。相手が乗ってくる額まで届くか。彼にとって金は、そのための数字でしかない。
神官はそのことに気づいて、ほんの少し背筋が冷えた。
そうして神官は、だんだん笑わなくなった。
卓の中央には、銀貨と銅貨が混じった山ができていた。最初は銅貨だけだったはずの勝負が、いまや小さな財布くらいならパンパンに膨らませるくらいの硬貨が積まれている。
神官の前の銀貨は、オウルの前にあるものより少し多い。
オウルの手元にもまだ銀貨は残っている。降りる理由はない。張り続けるには十分な額だ。
隣の卓で、また声が荒れた。
「じゃあ、誰が買うんだよ? 質屋も渋る、賭場も駄目。獲ってきた奴が丸損じゃねえか」
「〈色付け屋〉が決めるまで待てよ」
「サルヴィエも様子見なんだろ。牙はまだいいさ。生ものはどうすんだ」
「だから薬屋も肉屋も怒ってる。ギルドの査定なんぞ待ったら腐っちまうってな」
神官が、じっとオウルを見た。
「君はまた、よその話を聞いているね」
「別にいいだろ、よそ見くらい。ずいぶん熱くなってるな」
「君のせいだよ」
《欺き》は、相手の欲を読むところから始まる。
金を惜しむ。勝ちを守りたがる。負けを取り返そうとする。
そこに指をかけて、ほんの少し向きを変えてやればいい。
だが、オウルは違う。
負けているのに焦らない。金を失っているのにそちらを見もしない。勝っても、読みが通っていなければつまらなさそうな顔をする。
彼にとって銀貨や銅貨は、次にどこまで張れるかを測る数字にすぎない。
勝ち負けでさえ、読みが通ったかどうかで価値が変わってしまう。
嘘をつかない、無欲なわけでもない、そんなわかりやすい相手が心から欲するものがまるで読めない。
欺けていない。
それが、《欺き》の神官には我慢ならない。
「おれもそろそろ消えるとするかな」
「それは困るな。あと一戦していかないかい?」
鈴は鳴らない。
「はあ……?」
オウルは怪訝そうに眉を寄せた。
ちらりと硬貨の山を見る。飯代にするつもりだった金は、とっくに飯代以上のものになっている。安宿を選べば、ひと月近くは寝床にすら困らないだろう。
「なんでだよ。金ならあんたのほうが多いだろ」
神官は胸元の聖印に指をかけた。銀の仮面が、油灯の光を受けて鈍く光る。
ごとり、と銀の聖印が置かれた。
周囲がざわついた。オウルもぽかんと聖印を見た。
「え? それ賭けるのか?」
「重いから外しただけだよ」
ちりん、と鈴が鳴った。卓の周りで、短い笑いが起きる。
「はー……」
オウルは、ちょっと嫌そうに息を吐く。しかし、視線は卓上の聖印から離れない。口元は、もう笑っていた。
「で? そのありがたい聖印を出してまで、おれに何を賭けさせたいんだ? 手持ちを全部乗せろってか?」
「私が勝てば、ひとつ答えてもらう。君が今、何のためにこの卓へ座っているのか。君の口で」
「はあ? そりゃ金だろ」
思わず答えてしまったところで、鈴が鳴る。
オウルは怪訝そうにそちらを見た。神官は呆れたように首を振る。
「違うね。鈴が鳴った。君自身、金だけではないと知っている。私が聞きたいのは、君が何を見ようとしているのかということだよ。こんな場所で、大金を払ってまで」
そこでようやく、オウルは嫌そうな顔をした。
「……なーんか、怖えんだよな。おれにデメリットがなさすぎて」
「それはよかった」と、神官は微笑んだ。少し楽しそうだった。




