9.探索者支援会ニックブレード支部
探索者支援会の前庭に近づくと、建物の前にまで人があふれていた。
普段なら、依頼を探す探索者や苦情を言いに来た店主、二日酔いの荷運びが数人いるくらいだ。だが今日は、革鎧や短剣や杖を持った連中が列を作り、開け放たれた入り口の扉から外へはみ出している。
オウルは入り口脇に立つ掲示板の前で足を止めた。普段は依頼票が貼られている板の半分が、別の紙で埋まっている。
『初期等級に関するご案内』
『冒険者ギルド登録査定試験のお知らせ』
「初期ランク……登録査定試験?」
その言葉に、すぐ前にいた革鎧姿の男が振り向いた。
「知らねえのか? 冒険者ギルドに入るための試験だとよ」
「へー。いつやるんだ?」
「一ヶ月後」
途端にオウルはつまらなさそうな顔になる。
「かったる。そんなに先なのかよ」
言いながら掲示板を見上げれば、確かに書いてある。
『試験は一ヶ月後に実施。当日は四名から五名を目安とした仮編成班にて行動する』
「即席パーティーでチーム戦ってのは面白そうなのにな」
後ろでイチロクが呆れた声を出す。
「一日二日でできることではなかろう。今日やるとでも思ったのか」
「そりゃ面白そうなことは今日やってほしいだろ」
「お前の都合で世界は動かん」
「つまんねえ世の中」
そのとき、エスがにこにこしながら掲示板へ近づいたので、イチロクは咄嗟に彼女の行く手を阻んだ。
「やめろ」
「ちょっとね、触るだけ」
「触るでない」
紙の端をめくったエスの手首を、イチロクが掴んだ。その直後、背後から鋭い声が飛ぶ。
「そこ、掲示を剥がさないでください!」
ミラ・パーニアだった。
普段より声に余裕がない。目の下に薄い影があり、顔には疲れが出ている。
オウルは手を上げた。
「よお、パーニア。今日も馬鹿の尻ぬぐいか?」
パーニアは頭痛をこらえるように眉間を押さえた。
「依頼を探しに来たなら、今日はやめたほうがいいですよ。ご覧の通り大混雑です」
開け放たれた扉の奥では、長い木の受付台が板札で三つに区切られているのが見える。右側が通常依頼、左側が登録査定試験、中央が問い合わせだ。一応は分けられ、向こう側で職員が対応している。
だが、列はすでに絡まっていた。依頼を受けたい探索者が試験窓口に並び、試験の説明を聞きたい若者が依頼の札を握り、苦情を言いたい店主が中央で大声を出している。
「だから俺は依頼を受けに来ただけだって言ってるだろ!」
「試験の受付はあっちです!」
「試験じゃねえ!」
中央の問い合わせ窓口では、帳面を抱えた宿屋の使いらしい細身の男が、顔を赤くして職員に詰め寄っていた。
「だから、ギルド指定の宿になるのかと聞いているんですよ」
「現時点では未定です」
「未定なら、なぜ登録者用宿泊支援なんて紙を貼ったんですか!」
「貼れと言われたからです!」
その隣では、革袋を抱えた中年の商人が別の職員を捕まえている。
「支給品の納入は、既存の取引先にも当然、声がかかるんでしょうな?」
「ですから、支援会は納入先を決める立場ではなくて」
「ではいったい誰が決めるんです」
「冒険者ギルド設立準備局ですよ」
「なら、そっちの人間を出してくださいよ」
「ここにはいないんです!」
支援会の中は完全に混乱していた。
開け放たれた扉の向こうでは、怒号と事務的な押し問答が飛び交っている。パーニアはその惨状を今更のように眺めて、乾いた笑いを漏らした。
「冒険者ギルド設立準備局の方々は、たいそう立派な規定をお作りになりました。ですが、現場で怒鳴られるのはわたしたちです。場所と人手を貸しているだけのわたしたち」
「慣れてるだろ」
パーニアはため息をついた。
「登録証が欲しいなら受けたらいいけど、遊びじゃありませんからね。初期等級は、受けられる依頼にも関わるそうですよ」
オウルは、揉み合いになりかけている「登録査定試験」の窓口の列へ視線を投げた。苛立つ受験者たちの背中の向こう、窓口の板札を凝視する。
「ははあ、なるほど。登録証がもらえる」
「そこだけ拾うな」
イチロクの視線は窓口の混乱に向けられている。まともな労働環境ではない、とでも言いたげな顔で眉間の皺を深くしてから、隣に立つオウルへ首を巡らせた。
「受けるつもりか?」
「まあな。他にやることもねえし」
「暇を危険で埋めるでない」
「危険かどうかはわかんねえだろ。当日発表なんだから」
オウルは笑った。視線を窓口からパーニアの手元へ移す。彼女が抱えている、端の折れ曲がった大量の書類に目を留めた。
「で、反対してる連中がいるわけだ」
「なんにでも反対する人はいます。とりわけ今回は利権が絡みますからね」
「いいねえ」
「よくありません」
パーニアの声はいかにも不機嫌そうで、オウルはまた笑った。
誰が得をして、誰が損をするのか。誰が降りて、誰が張り続けるのか。冒険者ギルド登録査定試験までの一ヶ月、街は退屈しなさそうだ。
だが、一ヶ月も先の話だ。翻って、今はどうか。
目の前に残っている依頼は、どれもつまらない。
油壺の運搬、松明束の仕分け、逃げた荷驢馬の捜索、採掘夫の宿送り。
飯代にはなるだろう。だが、うまくやっても腹が膨れるだけ、しくじっても怒鳴られるだけだ。勝っても勝った気がしないし、負けても大したことにはならない。
採掘夫の宿送りは面白そうだが、酔っぱらいをぶん殴って引きずっていくだけでは甲斐がない。
オウルが踵を返すと、パーニアが言った。
「受けないんですか?」
「ああ」
つまらない仕事に一日使ってまで、生きながらえる気はない。




