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裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


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第9話 もう、止められない

「おい、どういうことだ?」


戻るなり、領主邸へと連れて来られた。


「どうして、あそこに水脈があるってわかった?もしかして、最初からそのために——」


「へえ」


遮るように、私は室内を見回した。


「ここで暮らしているのね」


整えられてはいる。

だが、質素だ。


「……あまり、変わり映えしないわね」


余計な装飾はない。

暮らしやすさより、機能を優先した空間。


——この男らしい。


「……聞いてんのか?」


ロイクの声に、苛立ちが滲む。


「ええ」


私は軽く頷いた。


「見つけたのは、たまたまよ」


「たまたまだと?」


眉間に皺が寄る。


「そんなはず——」


「ところで」


言葉を重ねるように、遮る。


「あの土地は、この領地のものかしら?」


「……いきなりなんだ。それより、こっちの質問に——」


「重要なことよ」


一歩も引かない。


ロイクは、わずかに視線を逸らした。


やがて、短く息を吐く。


「……あそこは、ちょうど国境線上だ。明確には分からないが……ギリギリ、うちの領地の範囲ではある」


「つまり——」


彼に向けて、淡々と告げる。


「ガルディアがあちらのものだと主張した場合、奪われる可能性があるということね?」


「それは……」


言葉が途切れる。


ロイクの喉が、わずかに上下した。


視線が、足元へと落ちる。


「ガルディアは荒れているわ。食物が育ちづらいのは、あちらも同じこと」


間を置かず、続ける。


「その上、王位継承で荒れている今。あの水脈を見つけたら——どうなると思う?」


「……」


ロイクは答えない。


唇が、わずかに引き結ばれる。


分かっている。


——だからこそ、言えない。


「目を逸らしても、変わらないわ」


私は静かに告げた。


「あの水脈も、いずれ根こそぎ奪われる。その気になれば、この土地も危ういわ」


「……だから何だ」


吐き捨てるように言う。


「水脈を守るために、力をつけろとでも言うのか?」


ロイクは、短く首を振った。


「無茶だ。相手は国だぞ。ここにいるのは年寄りと、ろくに動けない連中ばかりだ」


拳が、ぎり、と音を立てる。


「どうにもならない。水脈なんて、あっても……」


視線を落としたまま、絞り出す。


「俺たちには関係ない」


「……それで、ガルディアが許してくれるとでも?」


ロイクの肩が、わずかに強張る。


沈黙が落ちた。


私はゆっくりと歩み寄る。


彼のすぐ傍で、足を止めた。


身をわずかに寄せる。


「——利用すればいい」


「……利用?」


かすれた声が漏れる。


「あなたの、あの作物で」


耳元に落とすように、静かに続ける。


「それだけの価値が、あれにはある」


「……馬鹿な」


ロイクは顔を背けた。


視線を外すように、一歩分だけ距離を取る。


「あんな畑、あったところで……奪われたら、それで終わりだ」


「ええ、そうね」


あっさりと肯定する。


「だから」


回り込むように、その正面に立つ。


「奪われる前に、与えるのよ」


「……は?」


初めて、ロイクの目がこちらを向いた。


「あなたが」


逃がさないように、真っ直ぐ見据える。


「無条件に、差し出せと?」


「違うわ」


首を振る。


「主導権を、あなたが握るの」


一歩、近づく。


「あなたは、この土地を飢えさせないために、選び、残し、育ててきた」


息を継ぐ間もなく、言葉を重ねる。


「ただの食料じゃない。領地を守る——武器よ」


「武器……だと?」


ロイクが、乾いた笑みを浮かべる。


だが、その目は笑っていない。


「そんな大層なものじゃない。誰にでもできることだ」


「——本当に?」


静かに返す。


「誰にでもできることなら」


視線を絡めたまま、続ける。


「どうして、この土地だけが生き残っているの?どうして、あなただけがそれを守れているの?」


深い緑の瞳が、わずかに揺れる。


「金でも、地位でもない。あの畑を持てること——それ自体が、力なのよ」


一瞬、静寂が落ちる。


呼吸だけが、かすかに重なる。


「その意味を、あなた自身が一番理解していない」


小さく首を振る。


「その武器を——使うも、殺すも、あなた次第」


視線を逸らさせないまま、言う。


「あなたが、決めるのよ」


ロイクの呼吸が止まる。


何かを言いかけて、言葉にならないまま、唇が閉じた。


視線が揺れ、やがて、ゆっくりと落ちていく。


——初めてだった。


この男が、迷いを見せたのは。


***


女が立ち去った後。


畑に戻る。


ぼんやりと視線を向ける先に、あの女がいた。


土に触れ、当たり前のように作業に加わっている。


護衛も侍女も、止めない。


——何を考えている。


あれだけのことを言っておいて。


一体、どういうつもりだ。


ぎこちない手つきで、見よう見まねに動く。


だが、視線だけは違う。


一瞬も止まらない。


畝をなぞるように動き、すべてを拾い上げていく。


やがて、女が顔を上げた。


「ねえ、一つ試してみたいことがあるのだけど?」


不意に、声が飛ぶ。


眉間が、わずかに動く。


「……好きにしろ」


気づけば、そう答えていた。


女は微笑み、そのまま周囲へ指示を出し始める。


舌打ちが、ひとつ。


手は動かしたまま、視線だけを外す。


——気にしすぎだ。


そのまま作業に戻る。


いつもと同じだ。


選んで、残す。

それだけのこと。


特別だなんて、思ったことはない。


そうでなければ、生き残れないのだから。


「その意味を、あなた自身が一番理解していない」


頭の奥に、声が残る。


——考えるな。


手を動かせ。


土に触れ、選び、残す。


繰り返す。


やるべきことはいくらでもある。

時間はいくらあっても足りない。


——はずだった。


「……あれ?」


背後から上がった声に、顔を上げる。


人が、集まってきていた。


「どうかしたのか?」


「旦那、今日の分は終わったぜ」


「……は?」


思わず、言葉が止まる。


空を見上げる。


日は、まだ高い。


「嬢ちゃんの言う通りにしたら、早く終わったんじゃ」


「水やりの順番を変えただけで、ここまで違うとはな」


「無駄に行ったり来たりしなくて済んだ」


「……こんなに楽になるなんてな」


「いやー、俺たちも信じられねえよ」


言葉が、すぐには出てこない。


「……まさか」


小さく、漏れる。


気づけば、そちらを見ていた。


女が、歩いている。


侍女と何かを話しながら。


背筋が、妙に真っ直ぐだ。


歩き方一つとっても、場違いなほど整っている。


この土地の誰とも、違う。


それなのに——


勝手に空き家に住み着き、畑仕事までしている。


泥にまみれることも厭わず。


「……何者だ」


口だけじゃない。


畑に入り、手を動かし、的確に指示まで出す。


……信用していいのか。


——いや。


そんなはずがない。


ああいう連中は、みんな同じだ。


「嬢ちゃん、ずっといてくれないかな?」


「そりゃあ無理じゃよ。あんな別嬪さん、ここにいることさえ夢みたいなもんじゃ」


「……別世界の人間って感じだよな」


「あのニーナさんって人も、きれいだよな」


「おい、あの怖い兄ちゃんにぶっ飛ばされるぞ?」


「へっ、ちげーねえな」


呑気な笑い声が広がる。


——あっさりと、懐柔されやがって。


指先に、わずかに力がこもる。


それを落ち着けるように、深く息を吐いた。


その時。


ふと、視界の端に入った。


煙が上がっている。


細く、長く。


風に流されるでもなく、真っ直ぐに伸びている。


「……なんだ、あれ」


誰かが呟く。


皆も気づいたようで、そちらへ目を向ける。


「あれは……」


「蔵の方向じゃないか?」


その言葉が落ちた瞬間。


背筋に、冷たいものが走る。


ただの煙じゃない。


——それで、ガルディアが許してくれるとでも?


女の声が、頭の奥で重なる。


「まさか……」


喉が、わずかに鳴る。


——もう、始まっているのか。

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