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裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


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第8話 駒は揃った

夜明け前。

空が、わずかに白み始める。


乾いた冷気が、肌を刺す。


さわさわと揺れる作物の中。


影が動いた。


かさり。


はあ、はあ、と荒い呼吸が響く。


がくりと膝が折れ、その場に崩れ落ちた。


力なく伸びた手が、乾いた土を掴む。


指先の向こう。


すぐ目の前に、青々とした作物。


「……飯……」


震える手が、それに伸びる。


——次の瞬間。


「そこだ!」


鋭い声。


畑を踏み分け、ロイクが一歩で間合いを詰める。


伸びた腕を、上から踏みつけた。


「っ——!」


体が前に崩れる。


逃げようと身を捩る。


だが——


背後から、もう一つの影が覆いかぶさった。


「動くな」


ジラルドが、背後から肩と腕を一気に捻り上げる。


「っ……!」


地面に押し付けられ、息が詰まる。


必死に足掻くが、腕はびくとも動かない。


「……抵抗するな。怪我をする」


淡々と告げながら、そのまま腕に力を込め、確実に押さえ込む。


はあ、はあ、と荒い呼吸だけが残った。


「よくやったわ、カルヴィ卿」


私が進み出ると、ジラルドは軽く頭を下げた。


だが、腕の力は少しも緩めない。


押さえつけられていたのは——


砂にまみれた、褐色の肌の男だった。


髪は乾ききり、赤茶けて絡み合っている。


骨ばった腕。

肋の形が、服越しにも浮き出ている。


——痩せすぎている。


男の前に立った。


私に気づく様子もなく、視線は地面をさまよっている。


ことり、と木皿を置く。


その音に、男の視線が落ちる。


「食べなさい」


「……?」


「そのままじゃ、何も聞けないわ」


「おい、何勝手なこと言ってるんだ!」


ロイクが叫ぶ。


「カルヴィ卿、もう離していいわ」


ジラルドは一瞬だけ視線を上げ、無言で手を離した。


男は一目散にパンに食いつく。


「はあ、はあ、飯だ……飯……」


男の目から、涙が溢れる。


乾いた頬を伝い、土に落ちた。


それでも、手は止まらない。


ロイクは何も言わず、ただ眉をひそめた。


やがて、男の動きが鈍る。


最後のひとかけらを、口に押し込んだ。


差し出された水を、奪うように掴み、一気に飲み干す。


「はあ……生き返った……」


「満足したかしら」


男は大きく息を吐き、その場に崩れるように力を抜いた。


その様子を見届けてから、私は口を開く。


「——では、話を聞かせてもらうわ」


ジラルドが、無言で腕を押さえ直す。


「……なんだ……あんたは……」


かすれた声。


先ほどまで夢中で食らいついていたというのに、遅れて思い出したように警戒が戻る。


「質問しているのはこちらよ。……あなた、ガルディアの者ね」


「なんで、それを……」


男の顔に動揺が走る。


構わず、続ける。


「国が荒れているのは知っているわ」


視線を外さないまま、言葉を重ねる。


「王位を巡って、争っているのでしょう?」


男は、わずかに目を逸らした。


「……ああ」


「今、王宮を押さえているのは誰?」


「……王弟だ」


吐き捨てるように言う。


「貴族どもと組んで、好き勝手やってやがる。税ばっかり上げて……食うもんもねえ」


「……それで、ここから盗ったのか」


ロイクが、わずかに眉を寄せて問い返す。


「しょ、しょうがねーだろう……!こっちは腹減って、死にそうだったんだ!」


声を荒げる。


「……でも、こんな所初めてだ。こんな畑、見たことねえ……」


かすれた声が、震える。


「……なんで、ここだけ……」


男は呆然と畑を見つめたまま、言葉を失う。


「話はまだ終わっていないわ」


私はしゃがみ込み、男の顔を覗き込む。


「……もう一人、いるわね」


「もう一人?」


ロイクが訝しげに呟く。


「王位を争っている者が」


男の肩が、びくりと揺れた。


やがて、小さく息を吐く。


「……ああ。殿下がいる」


その声だけが、わずかに柔らいだ。


「……あの人は違う。食いもんも分けてくれるし……ちゃんと、俺たちの話も聞く」


一瞬だけ、遠くを見るような目になる。


「あの人が王になってくれたら……」


「……なら、そっちに行けばいいだろ」


ロイクが、理解できないというように言う。


「……行けない」


男は俯いた。


「全部、王弟の差し金だ。逃げようにも、道は全部塞がれてる」


拳が、わずかに震える。


——道は塞がれ、民は疲弊。


食料、そして水。


……想定通りね。


「その殿下はどこに?」


「……西の外れだ。砦のあたりにいるって噂だ。王都に戻られる日を、ずっと待ってる」


ロイクが鼻で笑う。


「……逃げてるだけだろう。王弟が制圧するのも、時間の問題だな」


「いいえ。そうはならないわ」


ロイクが視線を向ける。


「どういうことだ?」


朝日が昇り、影が足元へと伸びていく。


それを見届けるように、私はゆっくりと立ち上がった。


「……妙だと思わない?」


「妙?」


「王都は飢えている。流通を握っているのは王弟。なのに、一部には行き渡っている」


「……つまり……食料は……」


ロイクの表情が、わずかに引き締まる。


私は小さく頷いた。


「貴族は、畑を耕さないでしょう」


視線を上げる。


朝の光が、畑をゆっくりと照らし出していた。


「民がいなければ、国は成り立たないわ」


俯いたままの男に、静かに問いかける。


「あなた、行くあては?」


「そんなもんねえ。どうせ戻ったって……食いもんもない。田畑も、家も何も……行くあてなんて」


「なら、ここで働きなさい」


「は?何いってんだ、勝手に」


ロイクが顔をしかめる。


「別に構わないでしょう?人手は多いに越したことはないわ」


ロイクとの距離を詰め、彼にだけ届く声で続ける。


「それに放っておけば、また襲ってくるわ」


「……」


「それと——彼には、まだやってもらいたいことがあるの」


「やってもらいたいこと?」


私は男へと視線を戻す。


「あなた、この辺りの地理には詳しい?」


「え?ああ、まあ……」


「連れていってほしい場所があるの」


私は、ロイクへ視線を移した。


「——あなたも」


その目を捉えたまま、続ける。


「あなたにも見てほしい」


***


足場の悪い岩場を、四人で進む。


乾ききった土が砕け、足元で音を立てる。


ひび割れた地面。

まばらな草。


作物など、到底育ちそうにない土地だった。


「……おい、本当にこっちで合ってるのか?」


ロイクが振り返る。


「間違いねえ。だが……」


男は足元を確かめるようにしながら、首を傾げた。


そのすぐ後ろに、ジラルドがぴたりとついている。


逃げ場はない。


「こんなところに、何があるってんだ」


私は答えない。


やがて——


崖の縁に出た。


眼下には、ひび割れたままの荒れ地が広がっている。


だが。


その一角だけ。


わずかに、土の色が違っていた。


乾ききった地の中で、そこだけが、沈んだ色をしている。


私はゆっくりと息を吐く。


「……やっぱり、まだ見つかっていない」


「やっぱりって……?さっきから、一体なんなんだ?」


ロイクの声を背に受けながら、歩み寄る。


崖沿いに降り、例の場所へと向かう。


しゃがみ込み、土に指を差し入れた。


「ほら」


指先を持ち上げる。


湿り気を帯びた土が、わずかに崩れ落ちた。


「分かる?」


差し出されたそれを見て、ロイクの表情が変わる。


「これ……!?お前、なんで……これは……」


「シー」


人差し指を唇に当てる。


「まだ秘密。これは、最後に使うわ」


私は立ち上がる。


「駒は揃った。——次は、あなたよ」


ロイクを見据える。


その深い緑の瞳が、探るように揺れた。


「……覚悟は、できている?」

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