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裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


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第6話 守るだけでいい

朝の光の下、畑にはすでに人が出ていた。


「なるほど。ではこれは?」


「ああ、それはエルド豆じゃな。水が少なくてもよく育つ」


「見た目は地味だが、腹は膨れる」


「豆と芋は助かるからのう」


「小麦は作っていないのかしら?」


「ここじゃ無理だ。水が足りん」


「そもそも、食べたこともないのう」


「……そう」


「お嬢ちゃん、本当に何も知らんのじゃな」


「どこのお嬢様だ?」


小さな笑いが起きる。


老人たちに混ざって、私もつられて笑った。


「おい」


背後から声が落ちた。


「何をしてるんだ」


振り返る。


ロイクが立っていた。


朝の光を背に、影が落ちる。


その顔は、あからさまに歪んでいる。


「あら、おはようございます」


私は、にこりと微笑んだ。


彼は、隠しもせず大きく息を吐く。


「まだいたのか……」


「帰りませんと言ったわ。それに——勝手にしろとも、あなたが」


「……」


「邪魔はしないわ」


「したら追い出す」


「おいおい、旦那。女の子にはもう少し優しくせんと」


「うるさい。少しは警戒しろ」


「問題ないと言うたのはお主じゃぞ」


ロイクは舌打ちした。


「……無駄口叩いてないで、仕事しろ」


「はいはい」


「年寄り遣いが荒いのう」


老人たちは、口々に言いながら、それぞれの持ち場へ戻っていく。


ロイクも、何も言わずその後に続いた。


私は、その背を追う。


進みながらも、周囲からは落ち着いた声が聞こえてくる。


「おい、そっちは水やるなって言われただろう」


「まーた、ロイクの旦那に怒られるぜ」


「ああ、そうだった。あぶねー、あぶねー」


他愛のないやり取りが続く。


その最中も、手は止まらない。


畑は、整えられていく。


同じ作物が、列を作って並ぶ。


同じ種類のものでも、葉の色で分けられている。


濃いものと、色の抜けたものが、混ざっていない。


——意図されている。


ふと、足を止めた。


右手には、セルナの木が並んでいる。


王都でも、そう多くは出回らない果実だ。


甘みと香りが強く、一部では嗜好品として扱われている。


だが、目の前の実は、これまで見たどれよりも艶があり、色も濃い。


ひとつひとつが大きく、深い赤を宿している。


この土地に適した果実とはいえ、こんなふうに育つものなのか。


しかも——低い。


本来は、人の背丈ほどに伸びるはずだ。


だが、枝は途中で揃えられている。


「……そろそろ切り時だな」


ロイクが短く告げる。


「今日中に、この一列は落としておいてくれ」


「はいよ。毎年のこととはいえ、いまだに慣れねえな」


「ああ」


「でも本当に、切った方が実が大きくなるんだから、不思議なもんだ」


「旦那の言う通りにやりゃ、間違いねえさ」


「あの人の判断、外れたことあったか?」


「ねえな」


——切る?


思わず、足を止める。


「……育てるのではなく、切るの?」


ロイクは振り返らない。


「伸ばしすぎると、実が小さくなる」


——聞いたことがない。


……そんなやり方が?


だが。


視線の先では、張りのある実がいくつも揺れている。


……栄養が、満ちている。


「これは売る分じゃ」


鍬を支えにした女が、横から口を挟む。


「実が大きい方が、高値で売れるからのう」


「ここで食べるんじゃないのね」


「当たり前じゃろ」


老婆は、からからと笑った。


「売らにゃ、塩も鉄も手に入らん」


「塩は作れんからな」


「旦那なら、そのうちどっかから見つけてきそうだがな」


「……無茶言うな」


呆れたように言いながらも、ロイクの口元がわずかに緩む。


それにつられるように、小さな笑いが広がった。


——そうか。


これは、生き延びるための作物。


この土地で、飢えずに暮らすためのやり方。


ロイクはすでに、次の畑へ向かっている。


私は、その背を追った。


向かった先は、昨日彼がいた場所だった。


複数の作物が混ざっている。


他の畑がきれいに区分けされている分、ここだけが異様に見えた。


——いや、違う。


無秩序に混ざっているわけではない。


意図的に、混ぜている。


よく見ると、一部の株に、布や縄で印がついている。


「この印は?」


「出来の良かった株だ」


ロイクは、手元の葉を確かめながら答える。


「次も残す」


「……毎年?」


「そうだ。そうしないと、ここでは普通の種はすぐ駄目になる」


——普通の種は、すぐ駄目になる。


足元の株に目を向ける。


病気もなく、傷のない葉。


張りのある茎。


印のついたものばかりが、そこにある。


その中から、さらに残す。


——繰り返してきたのだ。


痩せた土。


水も乏しい。


本来なら、作物が根付くはずのない土地。


だが、ここは違う。


育っている。


——生き残っている。


「……偶然ではないわ」


息を呑む。


「これ……ただ残してるんじゃない」


視線を巡らせる。


「この土地で育つものだけを、選んで残している」


畑一面に、作物が広がっている。


「だから、ここにあるものは——他の土地の種とは違う」


ロイクは肩をすくめた。


「難しいことは知らん。俺はただ、育つやつを残してるだけだ」


彼はまた、別の株へと手を伸ばす。


——それだけで済む話ではない。


言葉が、出なかった。


やはり、この人しかいない。


「……あなたのやっていること、分かっているの?」


「何の話だ」


「ただ作っているんじゃない。選んで、残して——この土地で育つものを作っているのよ」


ロイクの手が、わずかに止まった。


だが、すぐに動き出す。


「大げさだな。育つやつを残してるだけだ」


「違うわ」


思わず、声に力がこもる。


「これは、ただの農作業じゃない。あなたの知識と経験で、この土地そのものを変えているのよ」


ロイクは、ようやくこちらを見た。


眉間に、わずかな皺が寄る。


「……で?」


「ここで終わらせるには、もったいない。あなたには、もっとできることがある」


畳みかけるように、続ける。


「もっと広い土地で、もっと多くの人を救える。その力を、ここだけで使い切るなんて——」


「あんたに何が分かる」


言葉を遮られた。


それまでとは違う、抑えきれない感情の滲んだ声。


「ここはこれでいい。無理に広げる必要もない」


押さえ込むような響きだった。


まるで、自分に言い聞かせるように。


「目の前の分を守れれば、それで十分だ」


「それでは、足りないわ」


「足りてる」


即答だった。


「……どうして?」


「必要ないからだ」


間を置かず返ってくる。


「力があれば、もっと効率的に——」


「力?」


ロイクの表情が変わる。


一瞬で、温度が消えた。


深い緑の瞳が、鋭く細められる。


「……これだから、お嬢様は」


吐き捨てるように言う。


「何も分かってない。権力で畑は育たない。そんなもので、皆を救うことはできない」


視線が、真っ直ぐに突き刺さる。


そこに浮かぶのは、拒絶だった。


「——帰れ」


ロイクは、もうこちらを見ない。


低く結ばれた茶色の髪を揺らしながら、振り返ることなく去っていく。


私は、その背を見つめたまま——


何も言えなかった。


「おい!誰か来てくれ!」


突然、畑の向こうで声が上がる。


張り詰めていた空気が弾けた。


人の気配が、一斉に動く。


ロイクは、すでに走り出していた。


——何が起きたの。

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