表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第5話 間違いない

御者の手を借りて馬車を降りた。


視界に入った瞬間——


違う。


ここまでの道中は、砂が舞い、草すらまばらな荒地だった。


だが——


目の前だけ、色が違う。


低い柵で囲われた一角。


その内側だけが、はっきりと緑を帯びている。


作物が、整然と列をなし、葉を茂らせていた。


奥には、わずかに高くなった土地。

そこに、木造の屋敷が建っている。


畑と家々が、それを中心に配置されていた。


——町として、成り立っている。


人の姿も見える。


ほとんどが老人だ。


細い腕で鍬を握り、ゆっくりと土を耕している。


日に焼けた肌。


中には、この地特有の、わずかに褐色を帯びた肌も混じる。


強い日差しに晒されてきた証。


その顔に、諦めの色はない。


ただ黙々と、手を動かしている。


異様なほど、普通だった。


その時。


空気が、ぴたりと止まる。


——気づかれた。


畑にいた者たちが手を止め、数人がわずかにこちらへ体を向ける。


だが、誰も声を上げない。


騒がない。


ただ、見る。


値踏みするように。


……警戒されている。


それだけではない。


立ち位置や、間の取り方が揃っている。


まるで——


最初から決められているかのように。


私は一歩、踏み出した。


空気が、わずかに張り詰める。


背後で、ニーナが息を呑む。


私は構わず、正面を見た。


「……この地の領主に、お会いしたいのだけれど」


数人が、わずかに目を合わせた。


言葉はない。


だが——通じてはいる。


一人が、静かに鍬を置いた。


「……こっちだ」


短く、それだけ告げて歩き出す。


迷いのない足取り。


私はすぐに、その背を追った。


「お嬢様、お足元が——」


ニーナの声がかかる。


だが、足を止める理由にはならない。


そのまま、畑へ踏み入った。


靴が土に沈む。


——柔らかい。


この土地ではあり得ない感触だった。


乾ききっているはずの地面が、わずかに水を含んでいる。


作物が、隙間なく植えられている。


間隔は、すべて同じ。


一列も乱れていない。


——管理されている。


進むにつれて、視線が増える。


囲まれてはいない。


だが、距離が詰まらない。


逃がさない位置を保っている。


畑の列が途切れ、少し開けた空間に出た。


目の前の畑だけ、どこか妙だった。


作物の種類が混ざっている。


他が整然と分けられている分、異質に浮いている。


その中央。


一人の男が、しゃがみ込んでいた。


周囲と同じ姿のはずなのに——


ただ一人だけ、違う。


視線が、そこで止まる。


……目が、離せない。


——この男だ。


「……領主様」


案内してきた男が声をかける。


わずかに、言い淀んだ。


呼び慣れていない声音だった。


男は、土に触れていた手を払うこともせず、ゆっくりと立ち上がった。


細身の体躯に、無駄はない。


積み重ねられた労働が、そのまま形になっている。


陽に焼けて色を変えた肌。


低く結ばれた土色の髪が、肩口で揺れる。


次の瞬間——


深い緑の瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いた。


鋭く。


逃がさないとでも言うように。


その視線を、正面から受け止める。


「あなたがロイク・ヴァルド男爵?」


男はわずかに眉を寄せた。


私の靴に、目を落とす。


白かった靴は、砂にまみれ、色を変えていた。


「……こんな場所を歩く靴じゃないな。何の用だ」


「視察です」


「視察?」


ロイクは黙った。


探るようにこちらを見る。


私も、目を逸らさない。


やがて、彼は興味を失ったように視線を外した。


「さっさと帰れ。ここは、遊びに来る場所じゃない」


そう言い捨てて、背を向ける。


「……仕事の邪魔だ」


背後から声が飛ぶ。


「おい、いいのか」


振り返りもしない。


「ああ、問題ない。見れば分かる」


それで終わりだった。


もうこちらを見ることもなく、再び畑へと足を向ける。


「皆も、仕事に戻ってくれ」


その一言で、集まっていた視線が外れる。


人々は何も言わず、それぞれの持ち場へ散っていった。


「そこは後回しにしてくれ。育ちが遅い。まだ触らない方がいい」


ロイクは歩きながら、短く指示を飛ばす。


「はいよ!」


声を上げた男が、すぐに隣の畝へ移る。


「……あれ?」


一人の老人が、声を上げた。


「どうかしたか?」


ロイクはすぐに歩み寄る。


「さっき水をやったのに、なんだか……しなってきてて」


老人の足元。


若い苗が、わずかに力なく傾いている。


ロイクはしゃがみ込み、土に指を差し入れた。


一瞬、触れる。


「……やりすぎだな」


「え?」


「水が多すぎる」


土を軽く崩す。


「空気が通ってない。このままじゃ根が腐る」


私は思わず口を開いた。


「……この土地は乾いているはずでしょう。水を多くしても問題ないのでは?」


ロイクが、一瞬だけこちらを見る。


「関係ない。根が弱い時期は、水が一番の毒だ」


立ち上がり、畝を指差す。


「水はやらなくていい。土を崩して、風を通せ」


「ああ、分かった」


「弱りきってるものは、隣に移せ」


「え、この状態でか?」


「ああ。遅れると全部だめになる」


老人は慌てて動き出す。


ロイクは、すでに次の列へ向かっていた。


指先で、葉の縁をなぞる。


「……冷えてる」


「どういうこと?」


私の問いに答えないまま、周囲へ声を飛ばす。


「日が落ちる前に覆ってくれ。布でも藁でもいい」


「全部にか?」


「この列だけでいい。今夜は霜が来る」


指示された者たちは、迷わず動く。


——無駄がない。


「……判断が早いのね」


ロイクは一瞬だけこちらを見る。


「遅いと、全部駄目になる」


それだけ言って、すぐに次へ向かった。


当然、という顔。


誇るでもなく、見せつけるわけでもない。


ただ、やるべきことをやっているだけ。


——この荒れた土地で。


誰にも頼らず。


それでも、崩さない。


人を動かし、土を読み、全体を保つ。


ただの農民ではない。


統べる側の人間。


——この人だ。


私は、声をかけた。


「少し、お時間をいただけるかしら」


ロイクは足を止めない。


「まだいたのか。さっさと帰れ。こっちは忙しい」


その背に向かって、続ける。


「この土地と、あなたの将来の話です」


「興味ない」


取り合う様子もない。


「話を聞いていただけるまで、帰りません」


その言葉に、足が止まった。


ゆっくりと振り返る。


わずかに眉を寄せ、面倒そうにこちらを見る。


「……何を企んでいる。こんな場所に、あんたみたいな人間が。一体、何の用だ」


射抜くような視線が、突き刺さる。


それでも、私は微笑んだ。


「——やるべきことがあるんです」


沈黙が落ちる。


風が、乾いた土をさらった。


やがて——


ロイクは小さく息を吐く。


「勝手にしろ。だが、俺は忙しい。お前に構ってる余裕はない」


それだけ言って、再び作業へ戻っていく。


私は、口元だけで微笑んだ。


「ニーナ、馬車を返しておいて」


「え……本気ですか、お嬢様……」


「ええ」


畑を見据える。


「ここで暮らすわ」


その言葉に、迷いはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ