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裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


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第17話 王都の舞台へ

馬車の窓の外に、石造りの城壁が見えてきた。


積み上げられた壁は、高い。


見上げるほどの高さで、途切れることなく続いている。


門をくぐると、視界が一気に開けた。


石畳の大通り。


何台もの馬車が、途切れることなく行き交っている。


整えられた建物。


均一に並ぶ屋根。


行き交う人々の衣服は、どれも質がいい。


この国の中心。


見慣れた光景。


それでも——


わずかに目を細めた。


——やっと、帰ってきたわ。


ふと視線をやると、ロイクが窓の外に見入っていた。


「でけえ……」


ぽつりと、こぼれる。


思わず、口元が緩んだ。


「ふふ、そんなに珍しいかしら?」


ロイクは、外を見たまま返す。


「珍しいってもんじゃねーよ」


彼の目が、ゆっくりと街をなぞる。


並ぶ建物。


途切れることのない石畳。


無駄なく整えられた街路。


どこを見ても、手が入っている。


「……どれだけの人と時間をかけりゃ、こんなもんが出来上がる」


息が、わずかに漏れる。


「……うちじゃ、まず無理だな」


外の光景に見入るその横顔に、思わず問いが浮かぶ。


「あなた、王都に来たのは初めて?」


「当たり前だろう」


即答だった。


「……領主になる前も?」


わずかに間が空く。


「……ああ」


声が、少しだけ低くなる。


それきり、彼は口を閉ざした。


視線は、窓の外に向けられたまま。


やがて、馬車は大通りを外れた。


人通りが減り、貴族街へと入っていく。


並ぶ建物は、どれも大きい。


装飾が施され、壁は白く磨かれている。


馬車は、その中でも一際大きな門の前で速度を落とした。


重い扉が、ゆっくりと開かれる。


そのまま、敷地の中へ。


まだ、進む。


屋敷は見えているのに、距離がある。


砂利の上を、車輪が静かに転がった。


「……屋敷まで、どれだけあるんだ」


ロイクは、奥を見据えたまま呟く。


「無駄にでけえな。手入れだけで何人いるんだ」


「必要なのよ」


そう返すと、彼は鼻で息を吐いた。


馬車は、屋敷の前で静かに止まった。


扉が外から開かれる。


差し出された手を、迷いなく取った。


そのまま、ゆっくりと降りる。


こつり、と。


足が、石畳に触れた。


いつも通りの感触。


それなのに、ほんのわずかに違和感が残る。


土ではない。

沈まない。


——不思議ね。


たった数日。


それだけのはずなのに。


妙に、身体に残っている。


顔を上げると、ずらりと使用人たちが並んでいた。


一糸乱れぬ列。


視線も、姿勢も、揃っている。


最前列に立つ執事のルドルフが、一歩進み出た。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


深く、頭を下げる。


それに合わせて、全員が一斉に頭を垂れた。


「ええ、出迎えありがとう」


静かに応じる。


「ルドルフも、わざわざ出てこなくてもよかったのに」


「滅相もございません。お戻りをお待ちしておりました。旦那様も、ずっと心配なさっていらっしゃいましたよ」


「そうかしら?」


軽く受け流す。


「それより、急で悪いけれど、客間の準備をお願い」


「どなたか、お客様でも?」


「ええ、とっておきのね」


後ろを振り返る。


ちょうどロイクが、馬車を降りたところだった。


その姿が視界に入った瞬間。


空気が、わずかに揺れる。


ほんの一瞬。


だが、誰一人として、それを表には出さない。


列は崩れない。


視線も動かない。


ただ、ルドルフだけが——


ほんのわずかに、目を細めた。


「……お客様、でいらっしゃいますか」


「ええ。私の客よ。丁重に扱ってちょうだい」


「——承知いたしました」


ルドルフが深く一礼する。


それを合図に、使用人たちの気配が引き締まった。


わずかなざわめきは消え、すべてが元の静けさへと戻る。


ただ、見定めるような気配だけが、かすかに残った。


それ以上は何も言わず、ロイクへと声をかける。


「こっちよ。ついてきてちょうだい」


そのまま、屋敷の中へ足を踏み入れる。


すぐ後ろに、足音が続いた。


大階段へと足を向けた、その時。


「——レイナータ」


上から、声が落ちた。


足を止め、ゆっくりと見上げる。


階上。


父が、こちらを見下ろしていた。


「ようやく帰ってきたか……好き勝手して——」


小言をこぼしかけた父の視線が止まる。


後ろに立つ、ロイクへと移る。


「……ん?誰だ、その男は?」


怪訝に、目を細める。


「ご紹介しますわ。彼は、ロイク・ヴァルド男爵」


笑みを浮かべたまま、父を真っ直ぐ見据える。


「私が、この国の王にする男です」


「——っ!?」


空気が、張り詰めた。


「……は?王、だと?」


背後から、気の抜けた声が落ちる。


階上では、父が表情を歪ませていた。


「何を、馬鹿なことを言っている……!」


声を荒げる。


「視察に行くと言ったかと思えば、今度は——王だと!?正気か、お前は!」


階段を、踏み鳴らすように降りてくる。


怒りを隠さない足取りだった。


「王は、エドモンド殿下に決まっている!」


「いいえ」


静かに、否定する。


「王太子の選定の儀は、まだ行われておりません。継承順位が高いというだけで、決まったわけではございませんわ」


「屁理屈も大概にしろ!」


声が、屋敷に響く。


「どこの馬の骨とも知れん男が、王になれるはずがない!」


「彼は正統な王族です。血筋において、何の問題もありません」


父が、一瞬詰まる。


「……お前は王妃になるんだ!」


絞り出すように叫ぶ。


「そのために、殿下と婚約したのだぞ!」


「ええ」


あっさりと頷く。


「王妃になりますわ」


迷ったことなどない。


「ですが——王は、相応しい者がなるべきです」


空気が、静かに冷える。


「今のエドモンドに、その器があると——本当にお思いですの?」


「……っ」


父の顔が強張る。


「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか!」


「分かっております」


笑みを、消す。


「私は、本気ですわ」


はっきりと告げる。


いつもは冷たく鋭い青の目が、わずかに戸惑いに揺れた。


「……私は認めん!」


目を逸らし、父が叫ぶ。


「認めていただく必要はありませんわ」


淡々と、返す。


「私は、やるべきことをやるだけですから」


一歩も引かない。


父は、信じられないとばかりに目を見開いた。


声が、わずかに揺れる。


「……レイナータ……お前、どうして……」


言葉が続かない。


父は、その場に立ち尽くした。


私はそれに構うことなく、ロイクを軽くうながす。


「行くわよ」


呆けたままのロイクの腕をとり、父の横を、そのまま通り過ぎる。


止まることなく、階段を上がった。


応接室へ。


扉が、静かに閉まる。


その瞬間——


「おい、どういうことだ!」


ロイクの声が弾ける。


「王だと?そんな話、聞いてねえぞ!」


「言っていないもの」


「お前……!」


言葉に詰まる。


苛立ちが、そのまま顔に出ていた。


「私が、あなたを王にする。それは決定事項よ」


視線を合わせる。


逸らさせない。


「たとえ、あなたが望まなくともね」


「勝手すぎるだろう!」


彼の叫びが部屋に反響した。


「俺には領地があるんだ!」


「王になれば、国全体を背負うことになる。ヴァルド領も、その一部よ。何も変わらないわ」


「変わるに決まってるだろ!ふざけてんのか!?」


「私は本気だと、さっきも言ったわ」


ロイクを真っ直ぐ見据える。


その視線から逃れるように、彼はわずかに顔を背けた。


「王なんてならねえ。……俺には関係ねえ」


噛み締めるように、言い捨てる。


「ええ、今はそれでいいわ」


小さく息をつく。


その場の空気だけが、わずかに沈む。


「では——これからの話をしましょう」


「これからだと?」


ロイクの眉が寄る。


その声に、警戒と苛立ちが混じる。


「ええ。まず、あなたの存在を、王都に覚えさせるわ」


「……それが、なんの関係がある?」


吐き捨てるように言う。


「俺は水脈のために来たんだ。申請や手続き、それだけで済む話だろ」


「そうはいかないわ」


首を横に振る。


「今のまま主張したところで、横から奪われて終わりよ。金と利権が絡む話よ。放っておかれるはずがないわ」


「……」


「敵は国外だけじゃない」


間を置かず、言葉を重ねる。


「力がなければ、水脈も領地も守れない」


ロイクの顔が歪む。


「……それで、どうしろって言うんだ」


舌打ち混じりに、吐き出す。


「社交界に出てもらうわ」


「は?社交界?」


間の抜けた声。


「ちょうどシーズンが始まる頃よ。間に合ってよかったわ」


「待て、社交なんて——」


言いかける。


だが——


「領地のためよ」


その一言で、止まる。


ロイクの口が、ピタリと閉じた。


ゆっくりと歩み寄り、目の前で止まる。


「分かっているでしょう?」


視線がぶつかる。


緑の瞳に、押し殺した熱が滲む。


奥歯が、ぎり、と鳴った。


それでも——


口は、開かなかった。


「すぐに準備するわよ」


ロイクの横を通り過ぎ、扉へ向かう。


背後で、間が落ちる。


ほんの一瞬。


だが——


足音は、すぐに続いた。

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