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過酷:改造手術

ラブコメ回収まで後10話

 目の前に置かれた一枚の書類が、僕の人生の「終わりの始まり」を告げていた。

 

 正式名称は『国家存亡危機事態における特殊身体拡張処置に関する同意書』。

 端的に言えば、僕という人間を解体し、地球を救うための「最終兵器」と造り変えるための許可証だ。

 

「……覚悟。本当に、いいんだな?」

 

 父さん、憲二の声は掠れていた。

 普段はもっと毅然としているはずの肩が、今は見る影もなく落ちている。

 その震える手は、無力感で、ペンを握ることさえ拒絶しているようだった。

 

「いいよ。だって、僕しかいないんでしょ」

 

 僕は、あえて不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

(嘘だよ! 全然よくないよ! 本当は今すぐこの部屋の窓から逃げ出したいよ! なんで僕なの? 運動神経ゼロのオタクだよ? 腕立て伏せ四回もできないんだよ!?)


 内心では、叫びたかった。

 怖い。逃げたい。助けてくれ、と。


 でも、それを全部押し殺して、僕は“厨二病全開のペルソナ”を被った。

 そうでもしないと、恐怖で心臓が口から飛び出しそうだったからだ。


「……深淵の理に触れるには、代償が必要なだけさ。これは『契約』だよ。父さん」


 わざと芝居がかった声で言う。

 まるで、悪役転生した主人公みたいな台詞だった。


「あんた、こんな時まで……っ」


 姉ちゃん、凛が、唇をきつく噛んだ。

 そして、まっすぐ僕を睨みつける。

 その瞳には、隠しきれない感情が渦巻いていた。

 不安。恐怖。そして、どうしようもない怒り。


 その怒りは、僕に向けられているわけじゃない。

 こんな契約を、まだ中学生の弟に背負わせる世界に向けられていた。


 凛は、政府の提案を押し切って言った。


 改造される僕の、看護と付き添いを自分がやる、と。


「……私がやる。覚悟は一人じゃ無理だよ」


 誰よりも強い声だった。


 一方で、母さん――恵子は。

 もう椅子に座っていられなかった。


 両手で口を押さえ、静かに泣いている。

 声を出さないようにしているのに、肩が小刻みに震えていた。


 止めたい。

 でも、止めればこの子は、全世界から臆病者と攻撃される。

 生きて帰ってこないかもしれないと、分かっている。

 それでも「行くな」と言えない。


 半身を失う、そんな顔だった。


 僕の前に置かれた同意書。

 そこには、冷たい文字が並んでいる。

 でも、母さんにはきっと。

 これは僕の死亡診断書にでも、見えているんだろう。


 ペンを握る手が震えた。


 それでも、僕はサインを書いた。

 地球の未来と引き換えに。

 僕たちは今、その「死」に、名前を書いたのだった。




 

 それからの一ヶ月、僕は「痛み」の中にあった。

 

 手術は全部で五回。

 人道という概念をゴミ箱に捨て去ったような、凶悪な強化改造だ。

 

 まず行われたのは、骨格と筋肉の補強だ。

 成長期の骨に沿って、ネオキチン合金をレーザーで焼き付けていく。

 さらに、バイオカーボンファイバーを編み込んだ人工筋肉が、既存の筋肉に混ぜ込まれた。


 麻酔が切れるたびに、全身に激痛が走る。

 まるで万力で身体を握り潰されているみたいだった。


「痛い……痛い……痛いぃぃぃ!」


 成長痛を万倍にしたような痛みだ。

 逃げ場なんて、どこにもない。


 僕はベッドの上でのたうち回り、泣きながら叫んだ。


「出てこいストライク! でないと……でないと傷が疼くだろうがぁ!」


 半分泣きながら、半分本気で叫ぶ。

 こんな時でも、頭の中に浮かぶのはアニメのネタだった。


「カッ君、またオタクネタ?誰が、ガンダムよ」


 ため息まじりに言いながら、凛がベッドの横に座る。

 そして、僕の額に触れて、そっと笑った。


「ほら。痛み止め」


 差し出された薬を、震える手で受け取る。

 凛はそのまま、水のコップを僕の口元まで持ってきてくれた。


「……ほら、ゆっくり。こぼすよ」


 完全に子ども扱いだ。

 姉ちゃんは、昔はこんなだったな…

 お互い、大きくなってからは変わったけど。

 小さい頃は、僕が転んだ時も、熱を出した時も、いつも隣にいた。

 でも、不思議と嫌じゃなかったな。

 

「カッ君、ほんと弱いよね」


 くすっと笑いながら、凛が僕の髪をぐしゃぐしゃにする。

 その手つきは、すごく優しかった。


「でもさ」


 姉ちゃんは、少しだけ真面目な顔になる。


「弱いくせに、格好だけはつけるんだから」


 そう言って、僕の手を軽く握った。


「……だから、私が見てないとダメなんだよ。カッ君は」


 その声は、からかっているみたいで。

 でも、少しだけ震えていた。





 次の改造は、神経の伝達速度を加速させる手術だった。

 脊髄に、光ファイバーインプラントが並走して埋め込まれる。

 

 手術中、背骨の中を何かが這い回るような感覚がした。

 痛みというより、自分の体の内側を、知らない何かに書き換えられていくような、ぞっとする感覚だった。


 脳から送られる電気信号は、その光回路を通ることで極限まで高速化される。

 理論上、神経伝達は光速に限りなく近づく。


 視神経には、ARディスプレイが直結された。

 敵の位置や戦術情報が、視界の中に直接表示されるようになる。


 だが、問題もあった。

 情報量が増えすぎると、脳が処理しきれず“沸騰”してしまうのだ。


 その対策として、僕の首の後ろには排熱ポートが埋め込まれた。

 強制冷却用の装置で、過熱した神経系の熱を外部へ放出するためのものだ。


「……加速装置っ!」


 実験の時、僕は思わず叫んだ。

 視界のすべてが、急にゆっくり動き始める。


「おぉ……姉ちゃんがスローモーションに見える」


 ベッドの横に立つ凛の動きが、映画のスローモーションみたいに遅い。

 手を振るだけでも、やけに時間がかかって見える。


「すご……」


 言いかけたところで、頭が急に熱くなった。


「あれ? アチっ……熱くなってきた」


 次の瞬間。

 首の排熱ポートから、白い蒸気が勢いよく噴き出した。


「シューーーッ!」

「うわっ、カッ君!?」


 凛が慌てて一歩下がる。

 そして、蒸気を見ながら目を丸くした。


「……カッ君、湯沸かし器みたいだね」

「ひどくない!?」

「よかったじゃん、昔のマンガみたいだよ」

 

 僕が抗議すると、姉ちゃんはくすっと笑った。

 けれどすぐに、心配そうな顔に戻る。


「大丈夫? 頭痛くない?」


 そう言って、僕の額にそっと手を当てる。

 子どもの頃から、熱を出した時にいつもやってくれた仕草だった。


「……うん。ちょっと熱いけど、平気」

「ほんと?」


 凛は少しだけ眉をひそめる。

 それから、僕の首の後ろの排熱ポートを覗き込んだ。


「一応、冷え冷えシート貼っとくから」


 そう言って、僕の額に貼ってくれた。


「カッ君が壊れたら、父さんも母さんも、私も悲しむんだから」


 その言い方は、ちょっとぶっきらぼうだった。

 でも、誰よりも優しい声だった。




 

 最後に、胸部へ装置を埋め込む手術が行われた。

 名前は、化学的メンタル制御装置。

 通称――『ベルセルク・カクテル』。


 僕が極度の恐怖や絶望を感じた瞬間、装置が自動で作動する。もちろん、自分の意思でも動かせる。

 

 合成アドレナリンと強力な鎮静剤が、動脈へ直接注入される仕組みだ。


 恐怖を塗り潰し、感情を鈍らせる。

 そして精神を、戦闘に最適な状態へと強制的に切り替える。


 簡単に言えば、僕を「迷わない戦闘機械」に変える装置だった。

 

 手術のあと、テストが始まる。

 胸の奥が、ほんのり熱い。


「いくぞ……バーサークだッ、URYYY!」


 ついテンションが上がって、僕は叫んだ。

 無駄にポーズまで決める。


「やめなよキモいよ、カッ君」


 間髪入れずに、姉ちゃんのツッコミが飛んできた。

 横で腕を組み、冷たい目で僕を見ている。


「え、ひどくない? 今の超カッコよかったでしょ」

「全然」


 凛は即答した。

 一ミリも迷わなかった。


「というか、それ何の特撮?」

「ちがう! 漫画!」


 僕が抗議すると、凛は小さく吹き出した。

 肩を震わせながら笑っている。


「ほんとカッ君、どんな改造されてもカッ君だね」


 そう言って、凛はベッドの柵に肘をついた。

 そして、少し身を乗り出して僕の顔を覗き込む。


「怖くない?」


 急に、優しい声になった。


 僕は一瞬だけ言葉に詰まる。

 でもすぐに、わざとらしく肩をすくめた。


「へーきへーき。ほら、バーサーク装置あるし」


 強がりだった。

 ホントは、少し怖かった。

 

 さっき、バーサークした時、自分が自分でなくなるような、知らない自分になりそうな、その感覚が。

 

 気持ち悪かった。

 

 そんなの、姉ちゃんには全部バレている。


「……そっか」


 凛は小さく頷く。

 それから、そっと僕の頭を撫でた。


「じゃあカッ君が暴走したら、私が止めるから」

「え」

「昔からそうでしょ?」


 姉ちゃんは少し笑う。

 その笑い方は、昔とまったく同じだった。



 

 

 術後、わずか数日でリハビリが始まった。

 まだ微熱は下がらず、体はずっとだるいままだ。

 全身に埋め込まれた人工筋肉も、休む暇なく軋んでいる。

 加速装置を使えば熱が上がるし、バーサークは薬が切れると、めちゃくちゃ気持ち悪くなった。

 

 少し動くだけで、体中から悲鳴が上がる。


 それでも、僕に療養の時間は与えられなかった。

 代表戦まで、残された時間が少なすぎるからだ。


「……いってぇ」


 僕は廊下の手すりにしがみつきながら、よろよろ歩く。

 一歩進むだけで、太ももと背中が焼けるように痛む。


「カッ君、リハビリお疲れ様。大丈夫?」


 姉ちゃんが横から声をかけてきた。

 手には冷えたペットボトルが握られている。


「はい、水分補給。倒れたら怒るからね」


 そう言って、僕の手に押しつける。

 キャップは、もう開けてあった。


「……ありがとう」


 一口飲むと、体の奥まで冷たい水が染み込んでいく。

 それだけで、少しだけ生き返った気がした。


「すごい痛いのを我慢してた!」


 僕は胸を張る。

 そして、妙に誇らしげに言った。


「僕は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」


 姉ちゃんは一瞬きょとんとした。

 そして、すぐに呆れた顔になる。


「またオタクネタ?」

「名シーンだからね、これ」

「じゃあ私も言う」


 姉ちゃんは軽く咳払いをする。

 そして、やけに真面目な顔で言った。


「頑張れ!! 頑張ることしかできないんだから」

「それもオタクネタじゃん!」

「うん。昨日調べた」


 凛は、ちょっと得意そうに笑う。

 その顔を見て、僕は思わず吹き出した。

 リハビリは、相変わらず地獄だった。

 体は痛いし、呼吸もすぐ苦しくなる。


 それでも、姉ちゃんが隣にいると、少しだけ耐えられた。


 凛のサポートは、時に優しく。

 そして時に、容赦なく厳しかった。


 だけど、そのおかげで僕は壊れずに済んでいた。

 ギリギリのところで、まだ「人間」でいられていた。

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