全滅:世界連合軍
ラブコメ回収まで後11話
「連合軍の攻撃までの間、帯刀家の皆様には安全確保のため、市ヶ谷駐屯地の地下防空壕――その特別居住区へ移動していただきます」
事務官は淡々と続けた。
「そして覚悟君。君は外出禁止。
SNSを含む一切の外部への情報発信も禁止となります」
「えっ……」
僕は思わず間の抜けた声を漏らした。
「なお、ご家族の方は、SPの同伴があれば外出を許可します」
父さん、がぎゅっと拳を握り、母さんは手を口に当てる。
「……つまり、完全な保護下ということですね」
「はい。国家の特定保護対象となります」
その言葉は丁寧だったが、反対を許さない重い響きを持っていた。
覚悟の頭の中では、別の言葉に自動翻訳されていた。
(要するに、ゲームイントロの強制イベントでは?何か、色々と悲劇的なイベントが起こるヤツだ)
母さんが、おずおずと口を開いた。
「普通の……。普通の生活には、もう戻れないんですか……?」
会議室が静まり返る。
凛が、小さく唇を噛んだ。
父は母の肩に手を置く。
そして――
中松総理は答えなかった。
ただ、深く沈痛な面持ちで目を伏せる。
その沈黙こそが、何よりも残酷な答えだった。
覚悟は、ゆっくり息を吐いた。
(……あー)
胸の奥が、じわっと重くなる。
(これ、完全に日常パート終了のお知らせだ)
平和な学校生活も、ポテチ食いながらの深夜アニメも、ソシャゲ周回も。
全部まとめて――
(終わりましたってことかよ……)
「賢二さん、恵子さん、覚悟君」
中松総理が、まっすぐに覚悟を見た。
「この一週間、我々に協力してほしい。
君の運動能力テスト、および各種適性テストだ。君の中にどんな『可能性』があるのか、それを探し、戦うための準備を整えなければならない。
君の協力と、ご両親の了承が必要だ」
父さんは、手渡された協力依頼文書を震える手で受け取った。
何度も読み返し、何度も唾を飲み込み……やがて、絶望的な重みに耐えかねるように吐き出した。
「……分かりました。私…は了承します。……息子を、守ってやってください。それだけが、条件です」
僕は、ただ黙ってそのやり取りを見ていた。
協力する、といっても、何をされるのか想像もつかない。
何か得体の知れない不安の予感だけが、冷たい汗となって背中を伝った。
※
そして、連合軍の攻撃の日がやってきた。
首相官邸の小会議室。
そこには帯刀家だけでなく、関係閣僚が全員集結していた。
大型モニターいっぱいに、南太平洋の海が映し出されていた。
人類の最果ての海域——ポイント・ネモ。
その海を埋め尽くすように、艦隊が並んでいる。
空母。
イージス艦。
補給艦。
さらに空には、編隊を組む爆撃機と戦闘機。
そして画面には映らないが、水面下には原子力潜水艦隊も集結していた。
アメリカ、中国、ロシア、EU。
人類の軍事力を集めた――文字通りの連合軍だった。
僕は、モニターを見つめた。
(すご……)
オタク知識が勝手に反応する。
(あれ、アメリカの第12空母打撃群じゃん……。B21ステルス爆撃機まで来てる……)
映画のワンシーンみたいなこの光景は、ゼノス帝国によって全世界へと配信されていた。
「攻撃、開始します」
連合軍のオペレーターの声が、モニターから響いた。
通常なら配信されないような通信内容も、筒抜けにされていた。
オペレーターが宣言した次の瞬間。
海面から、白煙が一斉に立ち上った。
潜水艦から発射された巡航ミサイルだ。
さらに空の爆撃機から、誘導爆弾が雨のように投下される。
数十。
数百。
——千に迫る攻撃が、ただ一点へと殺到していく。
海上に浮かぶ、光のフィールド上の黒い影。
東京湾に設置された、星間ゼノス帝国の「窓口」と同じ、黒いロボット端末の群れに、地球人の拳が振り下ろされた。
「……始まった」
誰かが呟いた、次の瞬間。
光。
爆炎。
衝撃波。
光と爆炎と衝撃波が、折り重なるように連続した。
海が吹き飛び、巨大な火柱が連続で立ち上がる。
まるで海面に、太陽がいくつも落ちたようだった。
爆発は、何分も続いた。
会議室の誰もが、言葉を失っていた。
そして――
炎と煙が、ゆっくりと晴れていく。
モニターに映ったのは。——何も変わらない光景だった。
黒いロボット達が、そこに立っていた。
一体も倒れていない。
傷一つ、ついていない。
「……え?」
覚悟の口から、間の抜けた声が漏れた。
(嘘だろ)
頭の中で、警報が鳴り始める。
次の瞬間。
ロボットの一体が、ゆっくり腕を上げた。
紫色の光が走った。
それはビーム兵器のような派手なものではなかった。
ただ、空間をなぞるような――一瞬の閃光だった。
その光が、海上の空母を横切った。
——次の瞬間。
巨大な原子力空母が、真っ二つになった。
まるで、熱したナイフでバターを切ったみたいに、抵抗もなく、音すらなく。
ただ静かに――艦体が両断された。
(……あれ、原子力空母だよな)
頭の中で、知識だけが冷静に動いていた。
全長三百メートル。
乗員五千人以上。
人類が作り上げた、最強の海上兵器のはずだ。
(それが……一瞬で?)
次の瞬間、二つに裂けた艦体が、同時に爆発した。
巨大な火球が海面を覆う。
「な……」
防衛大臣が、言葉を失った。
空でも、同じことが起きていた。
紫の閃光が、数回瞬く。
それだけで、戦闘機が爆散する。
爆撃機が、紙くずのように砕ける。
「全機回避――」
オペレーターの叫びが途中で消えた。
突如、海面が不自然に持ち上がり、巨大な水柱が立ち上がる。
その中から、潜水艦が飛び出した。
水深数百メートルにいたはずの潜水艦が、まるで巨大なクジラのように、空へと放り上げられる。
そして空間が歪んだ。
次の瞬間、見えない手が潜水艦を握りつぶした。
深海の高水圧に耐える、強靭な船体が折れ、潰れ、折り畳まれ、潜水艦は、空中で金属の塊になった。
ロボット群の反撃は、そこから加速した。
十数分後。
連合軍は海の上から、消えていた。
誰も、声を出せなかった。
「……ば、馬鹿な、こんな……こんな事が……」
防衛大臣の声が震える。
その時、奇妙な映像が、モニターに映った。
撃沈される直前の艦船や、爆発寸前の戦闘機から光が立ち上がっていた。
無数の光の粒が、空へと浮かび上がり——離れた場所にいた別の艦船へと、吸い込まれていく。
そして、甲板の上に、突然人影が現れた。彼等は、轟沈した艦船や爆散した航空機の、乗員たちだった。
「……え?はっ?助けてくれた…?」
誰かが呟いた。
転移させて救出。
ゼノス帝国は連合軍を、全滅させた。
だが――誰一人、殺していなかった。
モニターの端に、救出された兵士たちの映像が映る。
安堵した顔、混乱している顔。
抱き合って、無事を確かめている兵士もいた。
しかし、一様に彼らの額には、奇妙な光の刻印が浮かんでいた。
『KIA』Killed in Action(戦死)。
会議室の空気が凍る。
その意味は、あまりにも明確だった。
「君たちは、本来ここで死んでいた」
——そう宣告されているのだ。
その直後だった。
世界中のテレビ。
スマートフォン。
街頭ビジョン。
あらゆる画面が、同時に切り替わった。
「な……?」
中松総理が息を呑む。
首相官邸の大型モニターにも、それは現れた。
そこに映っていたのは――一人の美少女だった。
宇宙の星々のように輝く髪が、ゆっくりと宙に広がっている。
透き通るようなコズミック・プラチナシルバーの長い髪。
重力のない空間で、それは神秘的に揺れていた。
幾重もの同心円の紋様が浮かんだ、金色の瞳。
その視線が――画面越しに、全人類を見下ろしていた。
『――地球の人々よ』
鈴を転がすような、氷のように冷たい澄んだ声が、全世界に響いた。
ゼノス星間帝国皇女。
リナリア・テトラ・ゼノス。
彼女は、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべながら――
死神のように冷徹に告げた。
『貴殿らの挑戦に敬意を表し、一度は見逃そう。だが、二度目は無い』
金色の瞳が、微笑の形に細められる。
『今日、戦死した者達よ。次は命は無いと思え』
僕は、息ができなかった。
(……これ、ラスボスのイベントムービーだ)
星間帝国皇女。
圧倒的戦力。
世界への宣告。
(いや、設定盛りすぎだろ……)
現実逃避のように、そんなことを考える。
そうでもしないと、正気を保てなかった。
リナリアの視線が、ゆっくり動いた。
カメラを見ている——いや。
覚悟を見ている。
少なくとも、覚悟は自分が見られていると感じた。
顕微鏡で未知の微生物を観察するような。
知的好奇心に満ちた視線だった。
『代表戦までの間、存分に挑戦してくるがいい。核兵器とやらの使用も構わない』
その言葉に、会議室がざわめく。
『だが申しておく。貴殿ら地球人が我々に勝利する方法は――代表戦を制する事だけだ』
リナリアは、まっすぐ覚悟を見た。
『我らが帝国の征服史に、貴殿がどのような勇戦を添えてくれるのか。
期待しているぞ、帯刀覚悟』
その笑みは、どこか楽しそうだった。
そして通信は、そこで途絶えた。
最終戦争後の荒野みたいな静寂が、会議室を支配していた。
誰も、声を出せない。
中松総理大臣は震える手でミネラルウォーターを飲み干した。
父、賢二は椅子に座ったまま、力が抜けたように膝へ手をつく。
母、恵子は顔を押さえ、小さく嗚咽を漏らしていた。
姉、凛だけが――不安そうな目で、覚悟を見ていた。
僕は、自分の左腕を握った。
細い。
白い。
ただの、ひ弱なオタク中学生の腕だった。
(……無理だ。あんなの、勝てるわけがない)
心の中で、はっきりと言葉になる。
宇宙人なんてレベルじゃない。
(あれ、絶対、女神キャラじゃん……神様レベルだろ…)
手が震える。
歯が、カチカチと鳴る。
逃げたい。
今すぐ帰って、布団に潜って、全部夢でしたってことにしたい。
だけど――
視界の端に、凛の顔が映った。
泣きそうな顔だ。
父の俯いた背中。
母の震える肩。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
(……だめだ…ここで僕が逃げたら)
姉も。
父も。
母も。
そして――
地球の人、みんな奴隷になるんだ。
覚悟は、ゆっくり息を吸った。
怖い。怖い。泣きそうな程怖い。
でも。
それでも。
逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
(シンジ君も、こんな気持ちだったのかな?)
ほんの少しだけ――
逃げない勇気が、胸の奥に残っていた。
僕は、誰にも悟られないように。
口の端を、わずかに吊り上げた。
強がりの笑み。
オタクな僕が作れる、精一杯のヒーローの顔だった。
「……面白い」
低く、芝居がかった声で言う。
「銀河帝国の皇女様が、僕をご指名か」
喉が震える。声が上擦る。
それでも続けた。
「……上等だよ」
家族に聞こえるように。
「地球を賭けたゲーム――受けて立ってやる」
会議室に響くように。
その瞬間。
強烈な吐き気がこみ上げた。
視界がぐらぐら揺れる。
呼吸が浅くなる。
(やばい、めっちゃ怖い。帰りたい。今すぐ帰ってアニメ見たい)
それでも。
覚悟は、笑顔を崩さなかった。
それが今、家族を安心させる唯一の方法だと思ったから。
その日。
人類の命運を懸けた計画が、正式に決定された。
帯刀覚悟改造計画。
地球の未来は。
たった一人の、オタク中学生に託されたのだった。




