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招集:首相官邸

ラブコメ回収まで後12話

 首相官邸、五階。

 日本の政治における最深部へと足を踏み入れた瞬間、僕は自分の心臓がまるで安物のサブウーファーみたいに、ドクドクと腹に響く重低音を鳴らしているのを感じていた。


(……やばい。これ、完全にアニメで見たやつだ)


 選ばれし勇者が、王様の前に呼び出されて「世界を救ってくれ」とか言われるシーン。


 画面の向こうで見ている分には、テンプレ展開だのご都合主義だの好き勝手ツッコミを入れていられたけど――


(いざ自分がやる側になると、全然笑えないんだけど……!)

 

 僕は猫背をさらに丸め、必死に自分の震える膝を抑えた。足元に敷き詰められた深紅の絨毯は、驚くほど分厚く、足音を完璧に吸い込んでいる。

 

 長い廊下を抜け、案内されたのは総理執務室に隣接する小会議室だった。

 

 重厚な防音扉が「ガチン」と静かな音を立てて閉ざされた瞬間、世界から一切の喧騒が消えた。

 部屋の窓には厚手の遮光カーテンが引かれ、昼間であるはずの外部からの光は一筋も漏れてこない。

 落とされた照明の下、長いテーブルの上にある資料の束と、そこに座る「国を動かす大人たち」の顔だけが、映画のワンシーンのように白く浮き上がって見えた。

 

 壁にかかった時計の秒針の音と、冷房の無機質な稼働音だけが、微かに聞こえてくる。

 テーブルの上には、「内閣総理大臣」と金文字で記されたラベルの付いたミネラルウォーター。すべてが、ここが日常とは隔絶された「聖域」であることを物語っていた。

 

「――この度は、私達家族を保護していただき、ありがとうございます」

 

 隣に立つ父、帯刀憲二が、絞り出すような声で挨拶した。

 普段はIT企業の課長として部下を叱咤しているはずの父だが、今はアイロンの効いたスーツの中で体が二回りほど小さく見える。

 反対側に立つ母の恵子も、握りしめた拳を震わせ、姉の凛は、鋭い視線で周囲を睨みつけながらも、その唇は固く結ばれていた。

 

「座ってください。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。時間が惜しい」

 

 テーブルの奥で口を開いたのは、内閣総理大臣――中松重宗なかまつしげむねだった。

 テレビで見るよりも顔の皺は深く、その肩には逃れようのない重圧がのしかかってている。

 部屋には他にも、官房長官、防衛大臣、外務大臣、そして階級章を光らせた自衛隊の幕僚たちが、彫像のような沈黙を保って控えていた。


「帯刀憲二です。そして、こちらが妻の恵子、娘の凛、そして息子の――」

「……かっ、覚悟。帯刀覚悟ですッ」


 父に促され、覚悟は思いきり裏返った声で自分の名を名乗った。

 

 一瞬、盛大に噛んだ。

 

 恥ずかしさで頭が爆発しそうになる。

 僕は、必死に自分へ言い聞かせた。


(落ち着け……。これはあれだ。完全に“勇者召喚後、王城で初対面のシーン”だ)


 選ばれし勇者が、重厚な玉座の間で王様と対面するやつ。

 騎士団長とか宰相とかがズラッと並んでいて、「貴殿こそ世界を救う勇者である」とか言われるイベント。


(つまり今の僕は、テンプレ異世界ラノベでいうところの“召喚された異世界人”ポジション……!

 うん、そうだ。僕は今、召喚されたばかりなんだ……!)


 覚悟はゆっくりと顔を上げ、あえて感情を殺したような――いわゆる「厨二的無表情」を作った。


 アニメで何度も見た「強キャラの立ち姿」を、脳内再生しながら。

 クール系主人公っぽく、ほんの少しだけ顎を引く。


 だが、現実は残酷だった。


 覚悟のTシャツには、肌色成分多めの美少女キャラが大きくプリントされている。しかも、かなり際どいポーズだ。


 重厚な官邸の会議室。

 国家の重鎮たち。

 人類存亡の危機。


 そのど真ん中で、オタクTシャツだけが致命的な存在感を放っていた。

 

「防衛省の事務官から、現在の状況を説明させます」

 

 中松総理の合図で、一人の男が立ち上がった。

 背後の大型モニターに、東京湾の中央に突如として現れた、海面上の光るフィールドと、その上に存在する百体の異質な物体が映し出される。

 

 それは巨大な黒い結晶体のようでもあり、あるいは折りたたまれた昆虫の脚のようにも見えた。

 星間ゼノス帝国――宇宙からの侵略者が設置した「窓口」と呼ばれるロボット端末。


 東京湾に設置された、百体の端末の前には、各国の外交団や軍関係者が群がっていた。


 官邸の会議室の大型モニターには、その様子が映し出されている。


 スーツ姿の大人たちが、機械の前で必死に何かを問いかけている。

 だが返ってくるのは、感情のない電子音声だけだった。


「ゼノス帝国側からの通告は、一貫しています」


 事務官が、書類をめくりながら淡々と言った。


「我々が帝国側代表者との『代表戦』に応じない場合――帝国は地球に対して武力を行使し、強制的に服従させるとのことです」


 会議室の空気が、ぴたりと止まる。

 誰も口を開かない。


「その場合、地球の総人口のおよそ四十パーセントが失われると試算されています」


 事務官は、まるで天気予報でも読み上げるような口調で続けた。

 母さんが、隣で小さく息を呑んだ。


 四十パーセント。


 数字として聞くと、妙に現実感がない。

 僕の頭の中では、巨神兵が地表を薙ぎ払っているシーンが、勝手に再生されていた。


(いやいやいや。

 四十パーって、ラスボスの「地表焼き払いビーム」クラスの被害だろ……)


 そんな軽口めいたツッコミとは裏腹に、背中に冷たい汗が流れていた。

 事務官の説明は続く。


「なお、対戦者の変更は認められていません」


 その言葉で、僕は「あ、来た」と思った。


「ゼノス側が、全地球人類の中から『対戦相手』として特定したのは――帯刀覚悟君。君です」


 一瞬の沈黙の後、会議室の視線が一斉にこちらへ向く。

 僕は天井を見上げた。


(うん。知ってた。

 知ってたけど、改めて言われるとダメージでかいなこれ)


 胃が、ぎゅっと縮む。


「覚悟君が戦わない、あるいは敗北した場合、地球は帝国に隷属し、資源化されます」


 事務官は、淡々と続けた。

 その言葉に、姉ちゃんが小さく悲鳴を漏らした。

 だが説明は止まらない。


「資源化の内容を説明します。

 地球人については、奴隷となります。

 自由な出産は禁止。自由な結婚も禁止。私有財産は全面没収」


 父さんの眉が、ぴくりと動いた。


「医療は最低限のみ。職業は帝国側の最適化アルゴリズムによって強制的に割り当てられます」

 (……アルゴリズムで、職業を決められる)

 

 なんか、それが一番リアルに怖かった。

 ゲームでいうなら、キャラクターの職業をプレイヤーじゃなくてシステムに決められるやつだ。

 それって、もう「人間」じゃなくて「駒」だ。

 

 そして最後に、事務官は静かに言った。


「端的に言えば――我々は、人類としての尊厳をすべて剥奪されます」


 会議室が静まり返る。

 僕の頭の中では、巨大な壁の向こう側から、巨人が覗き込んでいるアニメのワンシーンが浮かんだ。


 支配された世界。

 管理される人間。

 絶望的なディストピア。


 そして最後に、勇者が立ち上がるやつだ。


(……いや待って、これ、アニメじゃないよ)


 僕はゆっくり瞬きをした。

 画面の向こうの物語でもない。

 この世界の話だ。


 そして――


 会議室にいる全員の視線が、自分を向いている。


(その勇者役が、僕ってことだよね?)


 胃がぎゅっと縮み上がって、吐き気も出てきた。


「……勝てば、彼らは帰るんですか?」


 静まり返った会議室に、凛の声が響いた。

 事務官はゆっくりと頷く。


「はい。覚悟君が勝利すれば、彼らはこの宙域から撤退します」


 一拍置いて、事務官は続けた。


「そして二度と地球を侵略しないことを、星間戦争法に基づいて正式に誓約するとのことです」


 その言葉に、会議室の空気がわずかに揺れた。

 希望、と呼ぶにはあまりに細い糸。

 それでも、確かにそこに存在していた。


 事務官は、すぐに次の資料へと視線を落とした。


「なお――新たな情報があります」


 モニターの画面が切り替わる。


「一週間後。アメリカを中心とした、中国、ロシア、そしてEUの連合軍が、ポイント・ネモに位置するゼノス側の別窓口に対し、攻撃を実施します」


 ざわめきが起きる。


「威力偵察を兼ねた攻撃です。

 人類が保有する軍事力が、どこまで通用するかを確認するためのものになります」


 僕も、思わず息を呑んだ。

 世界の大国が手を組み、未知の敵に挑む。


 アメリカ。

 中国。

 ロシア。

 ヨーロッパ。


 本来なら、胸が熱くなるような展開だ。


 僕の頭の中では、『インディペンデンス•デイ!!』と、拳を振り上げて大統領が叫んでる。

 ここでBGMが盛り上がって、空母とか戦闘機とかが出撃するやつだ。


(いや待って。今の説明を整理すると…..)

 

 世界最強クラスの軍隊が総出で殴りに行って、それで小ボスに勝てるかどうか「様子を見る」って話だよね?


 つまり――


(もしそれで勝てなかった場合、そのラスボスに、僕がタイマンするってこと……?)


 会議室の全員の視線が、また自分に向く。

 僕は、天井を見上げた。


 笑えなかった。

 全然、笑えなかった。


 アニメなら、ここで主人公が決心するBGMが流れるんだろう。

 

 でも今は、何も聞こえてこなかった。

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