表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

終焉:バイバイ日常

ラブコメ回収まで後13話

 リナリア・テトラ・ゼノス。

 銀河で最も美しい『侵略者』が、僕の部屋を占拠していた。

 といっても、彼女が物理的に部屋に上がり込んできたわけではない。

 僕のノートパソコン、ベッドに放り出したスマホ、そして消していたはずのテレビ。

 ありとあらゆる液晶画面が、色とりどりに変化する、コズミック・プラチナシルバーの髪をなびかせる彼女の姿で埋め尽くされていた。

 

 宣戦布告のメッセージは、無慈悲なループとなって流れ続けている。


『――以上、星間戦争法に則り、我々は惑星の全所有権を懸けた「一対一の個体間代表戦」の、地球側代表者に……「帯刀覚悟」を指名する』


 リナリアが僕の名前を呼ぶたびに、僕の寿命が数年ずつ削れていくような気がした。

 

「……覚悟。覚悟、そこにいるのね?」

 

 三回目のループが中盤に差し掛かった頃、ノックもなしに部屋のドアが開かれた。

 

 入ってきたのは父さんと母さんだった。

 中堅IT企業の課長として毎日胃を痛めている父さんは、今にも倒れそうなほど顔を青くしている。

 母さんは震える手でハンカチを握りしめていた。

 

「覚悟、今の……何なの。どういうことなの? どうして宇宙人があんたの名前を……」


「……僕の方が、聞きたいよ」

 

 僕はベッドの上で膝を抱えたまま、消え入りそうな声で答えた。

 

 僕が何をしたっていうんだ。


 昨日だって、深夜アニメの実況ツイートをして、ソシャゲのデイリーミッションをこなして寝ただけだ。

 宇宙人の逆鱗に触れるような、大層な陰謀を企てた覚えなんてこれっぽっちもない。

 

 なのに、モニターの中の皇女様は、僕こそが地球の運命を握る『代表』だと言い張っている。

 

 それから一時間後。

 玄関のドアが、壊れそうな勢いで開く音がした。


「ちょっと! 覚悟、いるんでしょ! 説明しなさいよ、このバ覚悟!」

 

 友達と遊びに行っていた姉の凛が、血相を変えて飛び込んできた。

 普段は「キモオタ」だの「二次元の住人」だのと僕を馬鹿にしている彼女だが、今ばかりは瞳に隠しきれない不安と混乱を浮かべていた。

 

「覚悟、あんたね……外がどうなってるか知ってるの!? あんたのフルネームと家の住所が、世界中で連呼されてるのよ!

 マンションの下、もう野次馬で埋め尽くされてるんだから!」


「……だから、僕の方が聞きたいんだってば」

 

 姉ちゃんの剣幕に押されながらも、僕は窓の外を盗み見た。

 

 オートロック付きのマンションとはいえ、エントランスの前にはどこから集まったのか、黒山の人だかりができていた。スマホを掲げて僕たちの部屋を撮影する者、大きな声を出す者、隣同士で会話する者。

 

 それは、十四歳の少年が受け止めるにはあまりに重すぎる、悪意と好奇心の津波だった。

 

 混乱が極まったのは、さらにその一時間後。

 

 前触れもなく、東京湾の上空に『それ』は出現した。

 

 雲を割り、空間を歪めて現れたのは、巨大な黒い球体だった。

 レーダーにも一切反応せず、物理法則を無視して静止するその直径十キロの質量は、人類の好奇と恐怖の象徴となった。

 

 空に新しい映像が流れる。

 

 リナリアの立体画像が、今度はその巨大な球体――ゼノス星間帝国の母船を背にして立っていた。

 

『地球人の諸君。この球体は、我々『ゼノス星間帝国』の母船である。

 我々は、貴殿らの問いに答えるため、今、使者を遣わした』

 

 リナリアが指差した先。

 東京湾の海面に、直径一キロメートルにも及ぶ光り輝く『床』が、まるで海上に咲いた蓮の花のように出現した。

 その幾何学的なプラットフォームの上に、百体の人型ロボットが転送されてくる。

 無機質で、けれど洗練されたデザインの機械人形たち。

 

『これら百体の端末が、貴殿らの質問に対する窓口となる。

 また、地球上で最も孤独な地点――貴殿らが、到達不能極「ポイント・ネモ」と呼ぶ洋上にも、同様の拠点を設置した。

 もし、貴殿らが武力によって我々を試したいと言うならば、そこで存分に試すがよい』

 

 リナリアは、挑戦的な、けれど慈悲深い笑みを浮かべた。

 

『ただし、攻撃を受ければ、帝国は相応の反撃を義務付けられている。

 もし「ポイント・ネモ」の端末に戦いを挑む者がいるならば……家族に別れを告げてから来ることを勧める』

 

 宣戦布告から半日。

 

 リナリアの映像が突然消え、スマホやテレビ、インターネットがようやく僕たちの手に戻ってきた。

 けれど、それは本当の地獄の始まりに過ぎなかった。


「……無理。もう無理、対応しきれない……」

 

 父さんのスマホが、鳴り止まない通知音で熱を持っている。

 僕のスマホなんて、とっくにバッテリーが切れて、文鎮にしたままだ。

 

 クラスメイト、親戚、知人、あるいは見知らぬ誰か。

 

 ありとあらゆるツールから、「本当にお前なのか?」「どうして選ばれた?」「地球をどうするつもりだ?」というような問い合わせが殺到していた。

 

 マンションの周囲は、もはや群衆というよりは暴徒に近い集団に埋め尽くされていた。

 上空ではニュースヘリが爆音を立てて旋回し、強力なサーチライトが僕たちのリビングを執拗に照らし出す。

 警察の群集整理がなければ、今頃ドアを破って誰かが侵入してきていただろう。

 

「覚悟。……食べなさい。少しでもお腹にいれないと」

 

 母さんが、震える手で作ったおにぎりを差し出してくる。

 けれど、誰もそれに手を伸ばそうとはしなかった。

 

 夜通し鳴り続ける呼び出し音。

 マンションを囲む怒号。

 僕たちは、たった数時間で自分たちの居場所を奪われ、世界中から指を差される『生贄』へと成り下がっていた。

 

 夜が明けようとする頃。

 ついに、インターホンが鳴った。


 音だけは、今までと変わらない、どこにでもある電子音。

 けれど――たぶん、訪問者は僕たちの知っている誰かではない。


 ヨレヨレのシャツのまま、父さんがモニターを確認する。

 決死の覚悟のような顔で、ゆっくりと玄関のドアを開けた。


 そこに立っていたのは――

 表情を消した、黒スーツの男たちだった。


「――帯刀覚悟君ですね。および、ご家族の皆様」


 男たちのリーダー格らしい人物が、懐から手帳を取り出す。


 ……警察手帳だ。

 初めて見た。まさか、こんな形で見ることになるなんて。


「警視庁警護課のタナベです。

 明け方から申し訳ありませんが、首相官邸までご同道ください」


 一拍置いて、男は静かに続けた。


「……拒否権はありません。

 現在発生している事案は、日本――いえ、人類の存続に関わる大事件です」


「む、息子は……息子はどうなるんですっ!」


 母さんが、僕を抱きしめたまま、黒スーツたちへ必死の形相で叫ぶ。


「……お母さん、落ち着いてください」


 タナベと名乗った男は、声を低く保ったまま言った。


「現時点では、まだ何も申し上げられません。

 ただ、このままここに居続けると、ご家族の安全を保障できないと判断されました。

 今回の移送は――皆さんの安全確保が目的です」


 そのとき。

 階下から、野次馬か誰かが、大声で叫ぶのが聞こえてきた。

 部屋の中に、重苦しい沈黙が落ちる。


「……わかりました」


 父さんが、静かに頷いた。

 黒スーツの男たちに深く頭を下げ、それから僕たちを見る。


「よろしくお願いします。

 恵子、凛、覚悟――急いで荷物をまとめなさい」

 

 三十分後、僕達は貴重品と身の回りのものだけ持って、マンションのエントランスに降りた。

 

 そこには、群衆を力ずくで排除した、ゴツい装甲車みたいな護送車が待ち構えていた。


 僕たちは、男たちに促されるまま玄関を出た。

 その瞬間だった。

 ——閃光。

 視界が、真っ白に焼きつく。


「こっちです!」「代表の少年は!?」「覚悟君! 一言!」


 怒号とシャッター音が、嵐みたいに押し寄せてくる。

 住宅街のはずなのに、そこはもう戦場みたいだった。


 カメラ。カメラ。カメラ。


 門の外には、信じられない数の報道陣が押し寄せていた。

 マイクを突き出す人、脚立に乗る人、カメラを構えたまま前へ突進してくる人。

 フラッシュが、何度も何度も爆発する。

 目が痛い。頭がクラクラする。


 ——なんだこれ。


 僕はただの中学生だ。

 昨日もソシャゲのガチャで爆死して、ポテチ食いながら寝落ちしただけの、どこにでもいるオタクだ。


 そんな僕の人生に、

 こんな宇宙規模イベントが起きるはずがない。


 だから――


「……くっ。この『因果』の収束からは、逃げられないというのか……」


 僕は震える足で歩きながら、暴走する力を抑え込むように、左腕を右手で強く握りしめた。


 ただの強がり、ただの現実逃避

 こんな現実、まともに受け止めてたら、壊れちゃうよ。


「覚悟君!」「宇宙人との代表戦についてどう思いますか!?」


 フラッシュがまた炸裂する。

 世界が白く瞬く。

 その時、隣から呆れた声が飛んできた。


「……はいはい。カッくんの闇の力ね」


 姉ちゃん――凛だった。


「信じてないな?」


 僕は睨む。

 姉ちゃんは肩をすくめた。


「信じてたら、今頃逃げてる」


 そして、少しだけ僕の腕を引き寄せて言う。


「ほら、前見て歩きなよ。転ぶよ」


 その声は、相変わらず落ち着いていた。

 まるで――僕がまた厨二病を発症した、いつもの朝みたいに。


 警護の黒スーツたちが人垣を押しのけ、

 車のドアが開く。


 フラッシュの嵐は、まだ止まない。


 僕は、フラッシュの光の海を流されるまま歩き、半ば押し込まれるようにして車に乗り込んだ。


 ——逃げ場は、もうどこにもなかった。

 

 護送車の扉が閉まり、激しいエンジン音とともに、僕たちの家族は『日常』から完全に切り離された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ