降臨: 侵略者彼女
ラブコメ回収まで後14話
その日は、あまりにありふれた、どこにでも転がっているはずの日曜日だった。
僕、帯刀覚悟は、自分の聖域である四畳半の自室で、ポテトチップスの袋を開けながら深夜アニメの録画を消化していた。
画面の中では勇者が絶体絶命のピンチを迎え、「俺の本当の力を見せてやる!」なんて熱い台詞を吐いている。
僕はそれを眺めながら、「いいよなあ、勇者は。どんなにボロボロになっても最後には勝てる設定なんだから」と、誰に聞かせるでもない独り言を漏らしていた。
十四歳の僕にとって、現実の悩みといえば明日の小テストの範囲や、最近少しだけ増えたニキビ、そして「自分にも何か特別な力が目覚めないかな」という、痛々しい空想くらいのものだった。
異変は、唐突に訪れた。
まず、画面の中の勇者が静止画になった。バグかと思ったが、次の瞬間、部屋中の電子機器が悲鳴を上げた。
スマートフォンの画面が、ノートパソコンのモニターが、そして消していたはずの電子辞書までもが、一斉に発光し始めたのだ。
そして次の瞬間、この世のものとは思えない程の美少女が、画面に写し出された。
驚いて椅子から転げ落ちた僕の耳に、重層的な、けれど透き通るような美しい『声』が飛び込んできた。
『ご機嫌よう地球人。我々は宇宙人だ。静粛に。
余の言葉を、貴殿らの言語へと翻訳して伝達する』
それは日本語だった。けれど、同時に英語でもあり、中国語でもあり、あらゆる既知の言語が多層的に折り重なっているような、奇妙な響きを持っていた。
窓の外から、悲鳴にも似たどよめきが聞こえてくる。僕は這いずるようにして窓に駆け寄った。
そして、空を見上げて――絶句した。
空が、塗り替えられていた。
東京の曇り空を覆い隠すように、巨大なホログラムが投影されていた。
それは空そのものをスクリーンに仕立て上げたかのような、圧倒的な規模の映像。そこに映し出されていたのは、画面に表示された少女だった。
後に『今世紀最高の美少女』と、全世界から持て囃されることになるその姿は、あまりにも神々しく、異質だった。
まず目を引くのは、その髪だった。
星雲の輝きを糸にしたようなプラチナシルバー。
腰まで流れる髪が重力を無視して揺れるたび、ラベンダーやエメラルドの光がプリズムのように走り、視界を幻惑する。
そして瞳。
同心円模様を宿した金色の視線が、冷たい理知と威厳を湛えて地上を見下ろしていた。
お約束のような、エルフみたいにピンと尖った耳。
純白のドレスのような金属の衣が、華奢な四肢を包んでいる。
美しすぎて、恐ろしい。
人間が作り上げたどんなCGも、どんな美少女アニメの作画も、彼女の存在感の前では落書きに等しかった。
『我々は、遍く星々の管理者、ゼノス星間帝国の使者である』
彼女が唇を開く。
小さな動きなのに、その言葉は鼓膜ではなく、脳の奥深くに直接刻み込まれるような感覚を伴った。
『余は、ゼノス星間帝国第六十四皇位継承者、リナリア・テトラ・ゼノスである。
偉大なる皇帝、ウラノス・ギガ・ゼノス第千三百七十六代皇帝陛下の命の下、地球人類に対して、宣戦を布告する』
宣戦布告。
その物騒な単語を聞きながら、僕は彼女の艶やかな声に聞き惚れていた。
けれど、リナリアと名乗った少女は、感情の起伏を感じさせない冷静なトーンで言葉を続けた。
『この戦争は、銀河の理に則り、『星間戦争法(Interstellar Warfare Act)』に基づいて公正に行われる。
我々は、無秩序な殲滅を望まない。資源を尊び、知性体の存在を守るのが帝国の誇りである』
彼女は淡々と、けれど拒絶を許さない威厳を持って、その『法律』の内容を読み上げていった。
『第一条、資源保全の原則に則り、我々は広域破壊兵器による無差別殲滅は行わない。
惑星の物質は我々の共有資源であり、戦争の決着は、最小単位で行われねばならない』
彼女――リナリアが、金色の瞳でこちらを見つめた。
その瞬間、まるで本当に自分を見られたかのような気がして、僕の頬が熱くなる。
……いや、落ち着け。
我ながら、自意識過剰すぎる。
『……第五条、生存権の付与と代表戦に則り、我々は文明レベルに格差がある地球人に対して「生存権」を与える。
これに基づき、我々と貴殿ら地球人は、惑星の所有権を懸けた「一対一の個体間代表戦」にて勝敗を決する事になる』
代表戦。
一対一。
……信じられない。
地球の命運を賭けて、異星人の侵略者とタイマンで戦う?
シャレにならない。
どんな、無理ゲーなんだ。
相手になる奴、勇者過ぎるだろ…..
僕は呆然と、部屋の鏡に映る自分の情けない姿を見た。
猫背で、ヒョロガリで、ポテトチップスのカスを服につけた、地味な中学生が写っている。
冴えない自分を見ることで、冷静になった僕は、再び画面の中の美少女を見つめる。
……いかん、綺麗すぎてクラクラしてくる。
『……第十四条、代表選定の特例に則り、地球のように統一政府が存在しない場合、我々が任意に代表者を指名する権利を有する。
その為、本戦争に係り、我々はその権利を行使する』
リナリアの金色の瞳が、まるで数億の人間の中から、僕を射抜くかのように細められた。鼓動が早くなるのが分かる。
『……同条項細則、対等条件の定義に則り、我々はすでに地球側の代表者を選定している。
方法は、発達段階の一致を条件とした――
全地球人からの無作為抽出。
いわゆる、ランダム抽出だ。
帝国の代表者である余は、十四歳相当である。
故に、地球側の代表もまた、同等の個体である必要がある』
十四歳。
……僕と同い年だ。
嫌な予感がした。
心臓の鼓動が、耳の奥で爆音のように鳴り響く。
僕はただのオタクだ。
昨日もガチャで爆死した、どこにでもいる不運な男子だ。
そんな僕の人生に、宇宙規模のイベントなんて起こるはずがない。
そんなの——アニメの設定だけで十分だ。
『以上、星間戦争法に則り、我々は惑星の全所有権を懸けた――「一対一の個体間代表戦」の、地球側代表者を指名する。
選出された個体は、以下の通りである』
一拍の静寂。
次の瞬間。
世界中の通信回線、あらゆるモニター、そして空一面の巨大ホログラムに、ある住所と名前、そして顔写真が表示された。
『日本国、東京都文都区、四の六の九十九在住――「帯刀覚悟」』
リナリア・テトラ・ゼノスの、無機質で、透明な声が響く。
その一言が、僕の平穏な日常を木っ端微塵に打ち砕いた。
「……あ、……え?」
僕は、開いたポテトチップスの袋を手にしたまま固まっていた。
網膜に焼き付く『帯刀覚悟』という四文字。
画面いっぱいに表示された、僕の顔。
……うん。
地味だ。超モブっぽい。
モニター越しに僕を見下ろしているのは、宇宙で一番美しい侵略者。
その姿が、眩しすぎる。
(……待て待て待て、僕?
いま、帯刀覚悟って言った?
ランダム?
確率どうなってんの?
SSRどころじゃないよね⁉︎
無理、無理、無理、無理、無理、無理、無理、無理、無理ィ!!)
内心の恐怖が、ツッコミを追い越して加速していく。
けれど、リナリアの声は無情にも告げた。
『指名された代表者、帯刀覚悟。
貴公には、神聖なる星間戦争法の下、地球の運命という名の「生存の機会」が委ねられた。
いかなる理由があっても、代表者の変更は認められない。
代表戦の開始は、今から半年後。日本時間、三月十五日、正午。
その時刻に貴公が戦場に現れなければ、その時点で地球の所有権は我々のものとなる。
戦場で貴公に相見える時を、楽しみにしている』
それが――
僕の平和なオタクライフの終焉。
そして。
地球という星を背負わされた、何者でもない僕の。
地獄のような日々の、幕開けだった。




