特攻:プロポーズ大作戦
ラブコメ回収まで後1話
食卓には、いつもの高タンパク・高カロリーの戦闘前食、そして母さんが焼いた卵焼きが並んでいた。
どうしても、最後に母さんの作ったご飯が、食べたかったのだ。
「……元気ないか、覚悟?」
父さん、憲二が、箸を止めて僕の顔を覗き込んできた。最近、父さんの顔のシワが増えた気がする。
息子に負担をかけている、という気持ちが父さんを内側から蝕んでいるのが、僕には分かってしまう。
「いや、ちょっと寝不足なだけだよ」
僕は努めて明るく笑ってみせた。
嘘だ。
一睡もできるはずがない。
今日、僕は死にに行くんだ。
人類の悪意の結晶――ポータブル戦術核爆弾を背負って、敵を道連れに自爆する。
それが、僕に課せられた使命だ。
「昨日、遅くまで官邸に行ってたじゃない? 何か、変なこと言われたの?」
姉ちゃん、凛が鋭い視線を向けてくる。
姉ちゃんは、僕の厨二設定に付き合ってくれている、唯一の理解者だ。
——流石に、最終回前のフラグに、気がついたのかもしれない。
「……いや、もしかしたら今日で最後だから、しっかりやれって、圧迫されただけ。いつものことだよ」
『最後』という言葉が、自分の喉を通り過ぎる時にひどくざらついた。
すると、それまで黙ってサプリメントを並べていた母さん、恵子が、バタンと音を立ててテーブルに手をついた。
「そんなこと言ったって、覚悟だって精一杯頑張ってるんだから! 無理ばっかり言わないで欲しいわ。
もう、お母さんが文句を言ってやりたいくらい!」
「そうだな……母さんの言う通りだ。覚悟、もし何か酷いことを言われたら、ちゃんと言うんだぞ」
母さんと父さんは、いつも僕の味方でいてくれた。もう、その気持ちだけで十分だった。
「……ホント、大丈夫だから。ありがとう。母さん、今日の卵焼きおいしかった。また、食べたいな…ご馳走様」
僕は立ち上がり、一人一人の顔を目に焼き付けるように見つめた。
これが、最後だ。
明日、この食卓に僕はいない。
その事実が、心臓を冷たい手で握りつぶされるような痛みを連れてくる。
「父さん、行ってきます。母さん、ご馳走様、おいしかったよ。姉ちゃん、いつも助けてくれて、ありがとう」
「……え?」
凛が怪訝そうな顔をする。
僕のあまりに静かな挨拶に、何か不吉な予感を抱いたようだった。
その時。市ヶ谷駐屯地の地下防空壕に、空気を引き裂くような警報音が鳴り響いた。
『――未確認飛行物体、接近中。市ヶ谷地上空まで六百秒。地球代表、帯刀覚悟は至急、指定のエレベーター前へ』
無機質なアナウンスが、僕の終わりを告げにきた。
「……それじゃあね」
僕は背を向け、走り出した。
「カッくん!」
出撃用エレベーターの直前で、凛の声が響いた。
姉ちゃんは全速力で追いかけてきて、肩で息をしながら僕を呼び止めた。
「あれ? どうしたの、姉ちゃん」
「嫌な……感じがして。なんか、カッくん、変だよ。今日」
凛の瞳が、不安に揺れている。
覚悟は一瞬だけ目を丸くし、それから――この世の全てを諦めたような、自分でも驚くほど穏やかな笑顔を彼女に向けた。
「……心配してくれて、ありがとう。姉ちゃん、父さんと母さんを、頼むね」
「――ちょっ、待っ……!」
凛が慌てて手を伸ばす。
だが、その指先が届くより先に、強化セラミックのエレベーターの扉が無情に閉じた。
最後に見えたのは、凛の不安に揺れた表情だった。
閉ざされた密室の中。
覚悟は、扉に額を押し当て、声を殺して泣いた。
ヒーローでも、人類の守護者でもない。
ただの十四歳の少年が、死への恐怖に震えて、嗚咽を漏らしていた。
※
――転送終了
視界が白濁し、次の瞬間には、東京湾に浮かぶゼノス星間帝国の光のフィールドに立っていた。
潮風の匂いと、抜ける様な青空の下。
その中心に、彼女はいた。
「うむ、定刻通りだな。帯刀覚悟。
……今日が、最終決戦だ。存分にかかって参れ」
純白のバトルドレスを纏った銀髪の皇女。
リナリア・テトラ・ゼノス。
彼女の黄金の瞳が、獲物を見つけた猛獣のように、僕を射抜く。
「……今日が最終決戦になるか。
それは、やってみなければ分からないでしょう?」
僕は、自分でも驚くほど低く、挑発的な声を出した。
これは僕の声じゃない。
僕の中に作り上げられた「理想のヒーロー」の、最後の上演だ。
「ほう?」
リナリアが面白そうに、片眉を上げた。
「今日は……一矢報いるつもりで来ました。……真っ正面から行きます。受けていただけますか?」
僕は右拳を、自分の顔の前で強く握りしめた。
僕の背中には、溺れる世界が僕という藁に託した核爆弾が、静かに時を待っている。
僕の作戦は、至ってシンプルだ。
彼女の防御フィールドは、鉄壁だ。
だけど彼女が「攻撃」に転じる一瞬だけ、解かれる。
…と、思う。
僕の技術では、その一瞬にカウンターを叩き込むなんて芸当は不可能だ。
だから。
(――わざと、一発受ける)
彼女の打撃を、僕のネオキチンと骨格と人工筋肉で受け止める。
その瞬間、彼女に組み付き、密着した状態でこのスイッチを押す。
「よかろう。貴殿の挑戦、受けて立ってやろう!」
リナリアが獰猛に笑い、構えた。
「ありがとうございます。……リナリアさんも、手加減無用でお願いします」
僕は、微笑んだつもりだった。
怖い。動悸が止まらない。
これから僕がしようとしているのは、ただの自殺だ。目の前の少女を巻き添えにして、消え去ることだ。
(……ままならないな。ホント、僕の人生、ラノベみたいに上手くいかないや)
――神経加速、最大。
――ベルセルク・カクテル、全開。
世界が、青白く、静寂に満ちたスローモーションへと変わる。
「行きます……!!」
僕は突撃した。人工筋肉が爆発的に収縮し、床を蹴る。
一気に距離を詰め、渾身の右ストレートを放つ。
だが、リナリアの防御フィールドに阻まれ、不可視の壁に激突する。
パキッ、と乾いた音がして、僕の右拳の骨が粉々に砕けた。
「ぬるい!」
リナリアが叫ぶ。
彼女のブロックとほぼ同時に、彼女の右フックが、僕の左脇へと突き刺さった。
とんでもない衝突音と共に、肋骨が砕け、内臓がひしゃげる感触が、僕を揺さぶった。
口の端から、熱い鉄の味がする液体が溢れ出した。
だが、僕は。
「――が、ぁあああ!」
悶絶する身体を、戦闘薬で黙らせ、無理やりさらに一歩、前へ踏み出した。
驚愕に目を見開くリナリア。
僕はそのまま、彼女を力いっぱい抱きしめた。
掬い上げるような形になり、僕の頬が、彼女の温かく滑らかな首筋に触れる。
いい、匂いがした。
戦場には似合わない、花の香りが。
「な……っ!? 帯刀、覚悟……!?」
リナリアの顔が、一瞬で朱に染まる。
僕は彼女の耳元で、かすかに囁いた。
「……ごめん」
左手に握りしめた、核の起爆スイッチ。
親指を、押し込む。
――刻が、止まった。
死んだ、と思った。
一億度の火球に焼かれ、僕も、彼女も全部消え去ったのだと。
……けれど、思ったより痛くない。
むしろ、何か柔らかくて、気持ちよくて、なんだか……とても温かい。
『……聞こえるか? 帯刀覚悟』
不意に、声が聞こえた。
あれ? 死後の世界って、誰かの声がするの?
というか、この声、腕の中から聞こえるんだけど。
『聞こえないのか、帯刀覚悟。……返事くらいしたらどうだ?』
僕は、ハッと目を開けた。
生きている。
僕は、リナリアを抱きしめたまま、フィールドの上に立ち尽くしていた。
核爆発は、起きていない。
僕は反射的に、左手のスイッチを何度も連打した。カチカチ、カチカチと虚しい音だけが響く。
「あ、あれ……? おかしいな、不良品か?」
「帯刀覚悟。……核爆発なら、起きんぞ」
腕の中のリナリアが、呆れたような、それでいてどこか苦しげな声を漏らした。
「え?」
「地球全土に『核反応無効化フィールド』を展開している。
今、この惑星におけるあらゆる攻撃的核分裂反応は、無効化されている」
僕は、固まった。
核が、無効?
……それって。
自爆しなくていいどころか、日本に核の雨が降る心配もなくなったってこと……?
理解が追いつかないまま、胸の奥に張りついていた何かが、ふっとほどけた。
……助かった?
膝から力が抜けそうになるのを、どうにか堪えながら、僕はただリナリアを見つめた。
「……済まないが。そろそろ、離してもらえないだろうか」
リナリアの声が、震えている。
「貴殿の……その、気持ちは嬉しいが。少々……恥ずかしいのだが?」
僕は慌てて彼女を離した。
目の前のリナリアは、銀色の髪を乱し、顔を耳の先まで真っ赤に染めて、潤んだ瞳で僕を睨みつけていた。
「うぇっ!? あ、し、失礼しました!!」
至近距離で向かい合う僕と、彼女。
核爆発後の様な沈黙が流れる。
リナリアは、コホン、と不自然な咳払いをした。
「……昨晩、私の副官が、貴殿の自爆特攻と、母艦への核攻撃の情報を入手してな。
予め、核反応を封じさせてもらった。貴殿ら地球人の目論見は失敗だぞ。
それにしても、人間爆弾とは……はぁ、本当に地球人は、過激なことを考える」
彼女は、怒っているというより、呆れたような顔をしていた。
そして。
彼女はさらに真っ赤になり、泳ぐ視線を僕に固定しようと必死になりながら、とんでもないことを口にした。
「……そ、それはそれとしてな。我がゼノス星間帝国では……異性の、首筋に触れる行為はな。
……その、……『求婚』を意味していてな」
「…………はい?」
理解が追いつかない。
特攻。
核。
プロポーズ?
単語の飛躍が、僕の処理能力を遥かに超えていた。
「先程、貴殿に抱擁された時な。……貴殿の頬が。私の、首筋に。……触れたであろう?」
記憶がフラッシュバックする。
触れた。
確かに、感触があった。
「……貴殿にそのような意図が無かったのは、分かっている。特攻の為の作戦であったのだろう?……だが」
リナリアは、覚悟を決めたように僕を真っ正面から睨みつけた。
その金色の瞳は、今や恋に落ちた乙女の熱量を帯びて輝いている。
「私は。……貴殿が良ければ。……あれを『求婚された』と考えても良いと思っている」
「……え?」
「帯刀覚悟。貴殿は私に……求婚するか?」
脳が、沸騰した。
プロポーズ?
誰が?
僕が?
誰に?
目の前には、銀河最高の美少女が、頬を染めて、僕の答えを待っている。
この子に…?
自爆の恐怖。助かった安堵。戦闘薬の副作用。そして、目の前の究極美少女。
いかん、なんかクラクラしてきた。膝もカクカクしてる……あれ?
気を取り直して、目の前のリナリアを見る。
星雲を溶かしたみたいなプラチナシルバーの髪が、ふわりと揺れるたびに虹色の光をこぼす。
同心円を宿した金の瞳は、冷たいのに、どうしようもなく惹きつけられる。
すっと伸びた尖り耳も、白い衣に包まれた細い手足も、全部がずるいくらい綺麗で――息が止まるほどだった。
うん…息が苦しい。
何、この可愛い生き物。
あーもぅ……本音でいいか。
「はい、結婚してください」
僕の口は、僕の意思を無視して、勝手に動いた。
リナリアの顔が、ぱあっと花が開いたような笑顔に変わった。
「はい! 喜んで!!」
ああ……、デレた。最高に綺麗だな。
なんか、視界が白くぼやけて、夢みたい。……あれ、気が遠くなってきた?
僕は、彼女のその笑顔を見ながら、ゆっくりと後ろに倒れていった。
……あ、そういえば。
さっきリナリアさんにボディブローくらって、肋骨と内臓、ボロボロだったんだっけ。
死ぬほど痛い。死ぬほど苦しい。
(……あー、やっぱり僕、死ぬんだ……。でもまぁ、まさか三次元で嫁ができるなんてね。最後に、いい夢が見れたな……)
意識が遠のく中、僕はリナリアの叫び声を聞いた気がした。
けれど、なんだか、最高に清々しい気分だった。
我が生涯に一片の悔い無し。
僕は、世紀末覇者の様に、右拳を突き上げた。
仰向けに、倒れたままだったけれど。




